狙った獲物
ロッカーを力任せに閉めるその姿は、珍しく苛立ちが感じとれた。
仕事中はいつもの天真爛漫な笑顔を封印するが、だからといって人は簡単に変われない。
だが、ふたつの人格を使いこなせる人間だって存在するのである。
「珍しいな、お前でも苛立つことがあんなんてよ」
「オレはターレスが嫌いだけどな」
「相変わらず可愛くねえガキだ」
ドアに背を預けるターレスは余裕な笑みを浮かばせ、対するカカロットは視線だけを送り睨みつけた。
ナンバー1とナンバー2。険悪な仲ではあるが、他にも特別な理由はあるそうだ。
良きライバルという美しい関係などありえず、互いに似た部分があるのが気にくわなかった。そしてそれを自覚していることが気に入らない……。
しかしそれもあってか、このホストクラブは繁盛しているのだ。
まったく別の2人。だけどどこか似ている。
「あの小娘……ナマエって言ったよな。ナンバー1のお前が目につける理由はなんだ」
「わかっておきながら聞くのか?」
「時にはオレの予想も外れるさ」
ターレスの笑みは消えることなく、それがまたカカロットを苛立たせた。
ナマエが隠している正体を知りながら、何も知らないと言う惚けた姿に余計イライラさせる。
けれどもそこまで単純ではないカカロットは、いつもより低いトーンで怒りを静めた。
「金の匂いがすんだよ。それもかなりの」
「嗅覚が優れているのは認めるさ。だが、良過ぎるのはいけないな。これターレス様のアドバイス」
「んなのいらねえよ」
カカロットはダーツの矢を投げ、数メートル離れたボードに命中させた。
そこには何枚か写真が貼られているのだが、どれも顔の部分に穴が集中していて元の顔立ちがわからなくなっている。
「食われねえよう、せいぜい頑張んな」
「オレがそんなヘマするかよ」
矢に刺さった写真は、カカロットがターゲットにした女性を意味する。
顔がわからなくなった写真は、どん底に落ちるまで金を搾り取ったことを意味した。
つまりど真ん中に貼られた写真に刺さった矢は、現在のターゲットということだ。
ナマエが笑う横顔の写真を、カカロットは冷たい目で見つめていた。
「なにが庶民だ。お前もバカ女たちと同類じゃねえか」
* * * * *
「今日は弁当なんか? 珍しいな」
「昨日ちょっと贅沢しちゃって。節約です」
「ふぅん」
ベジータさんを食事に誘った私がバカだった。
私のお財布はやせ細り、手に持つおにぎりがお昼ご飯。
決して綺麗とは言えない三角おにぎりは塩味。
何だかんだ言って、これが一番うめぇんだよちくしょー。
「けどよ、小遣いとかもらってんだろ?」
「まぁ、無いわけじゃないんですけどね……私もバイトしなきゃなぁ。悟空くんはバイトしてますか?」
「オラか?んー、あれもバイトって言うんかな?」
「やってはいるんですね」
悟空くんがアルバイトだなんて想像できない。
確かに笑顔は最高だけど、お客様は神様って感じじゃないし、制服やエプロンか……想像できん。
「悟空くんの働く姿、見てみたいです」
「案外バレてたりしてな」
「えっ、職場で見たんですか?!声掛けてくださいよー」
悟空くんはマニュアルの接客ができなさそうだから、裏方で働いてる可能性あり。
そうすれば悟空くんのみが気づける…か。
ちなみに私が行く場所はスーパーやコンビニ、駅や洋服屋さんぐらいであって、いまいちピンとこないや。
「楽しいですか?」
「……ナマエよ、ホストクラブっちゅうのに行くんか?」
「急になんですか……へ、えっ? ほっ、ホストクラブ?!」
声が裏返ってしまい、なぜその単語が出てきたのか、そして悟空くんがその単語を知っていたことなどなど、一つの驚きに複数の驚きが混じっていた。
けれどそんな事には構わず、ほらよと手渡されたのは一枚の小さな紙。
私の所からひらひら落ちたらしいそれは名刺で、洒落た感じに「カカロット」の名と連絡先が書かれてあった。
もらった記憶がないのに。
「ちょっと意外だな」
「ち、違いますよ!それにもう、二度と行かないと決めたんですから。金欠ですし、第一、この人は好きになれないんです」
「ふぅん。まっ、人の好き嫌いもあるしな。でも、そいつの気持ちはわかんねえぞ。一回ぐらい連絡してやれば?」
「他人事みたいに言わないでください。それと何度も言いますが、ホストクラブでお金使ってる場合じゃないんですから」
人を金を集める道具としか見ないあの眼。
お金が集まらなければ、ゴミ扱いしかしない。
みんな同じなんだよ、カカロットって人も、両親も。
だからキラキラ輝く、汚れを知らない純粋な悟空くんの眼は、好きなんだよね。
「でもいつか、この人に直接会ってガツンと言わなきゃ気が済まない。偶然会ったら言ってやろうっと」
「ははっ、案外早いかもな」
「せめて心の準備ができてからでお願いしたいです」
その時の私はまだ知らない。
早く気づくべき事に気づけないでいた。
彼に狙われた今、どん底まで堕ちなければ開放してくれないのだ。
(矢に刺さった私の写真は、何も知らずに笑っている)