手に入れたい心


女という生き物が嫌いだった。

些細なきっかけかもしれないが、一度見方を変えてしまえば、そういう風にしか見えなくなる。

とは言え、ホストとして働きだした頃は、まだ心と言えるものが確かにあった。

嘘を付いて金を騙し取る。
人間が人間にすることじゃないって、確かにその時はそう思ったんだ。

だがその心さえも、壊れた。


「今夜は寂しくて眠れそうにないの。お願いカカロット。私を慰めて」


金と体をホストに捧げる女の心情に理解ができなかった。

でもそれは、自分自身にも言えること。

金の為に、心以外を客に売り捌く。

そう気づいてしまって、何かがぷつんと切れたんだ。


クズがクズから金をもらうのは、同じクズ同士、許される行為なのだと。

そこからの成長は本当に一瞬で、気づいた時にはナンバー1


オレに近寄る女は皆バカな生き物だと、そう括っていた。
バカな女は扱いやすいから、すぐ金になるから、オレを……否定しないから……


それがどうだろうか。
オレはそのバカな女に、オレの生き方を、オレ自身を、壊されかけている。

ただの興味本位と大金目当てで近づいたそいつは、オレから何も欲しがらなかった。
だと言うのに、一番売る訳にはいかない、売るつもりもなかった心が、あいつの手の中にある。


だったらこのまま、心のないまま生きて行こうか。
そうも考えたが、どんな考えでも最後にはあいつの……ナマエの顔が浮かんでくる。

憎たらしくって、オレの前じゃ笑いもしない。
だがそれは最初から諦めもついていた。
カカロットの前じゃなくても、悟空であれば、ナマエの笑った顔が見れる。

だからよかったんだ。カカロットでは得られないものは、悟空で補えばいいって。

なのに、

「くそっ!!」


やり場のないこの気持ちはなんだろうか。
ガラス越しに見える姿は間違いなく悟空だ。

しかし先ほどのナマエの表情は、怯えていた。

正確に言えば、無理やり作った笑顔と、裏返った声、その場から早く立ち去る後ろ姿。証拠と言えるものが揃ってしまえば、決めつけられる。

ーー悟空がナマエに、嫌われた

その瞬間に、全てがどうでもよく思えた。

「痛いっ、離して! 離してってば!!」

「……」

「やめてよ……離して……」


ちょっとやそっとじゃ人が近寄らない、とある地下1階の部屋にナマエを投げ付けその上に跨った。

この場所で女を抱こうとするのは2人目か。

1人はチチという、オレの心と体を癒してくれる存在。

チチはオレを好きだと言ってくれた。
傷ついたカカロットを癒し、悟空を愛す。

そう言ってくれたのに、チチに対しての愛情が芽生えなかった。

その事も伝えたのに、それでもチチは構わないと笑ったんだ。

悲しそうなオレを見るのは辛いからって。

本当は、チチを抱いた後が何よりも虚しくて、辛くて、それでも依存してしまう自分が、一番嫌いなんだ。


「あの時の、怒ってるの? 確かに約束破った私が悪いけど」

涙目で訴えてくるナマエの声で意識が戻った。

おかげで、オレの頭はナマエしかいない。


「なら約束を破った悪い子には、お仕置きしねえとな」


無駄な抵抗を試みるも、所詮は男と女。
女が男に組み敷かれたら、そう簡単には抜け出せない。
ならば次は、その口だ。
ただでさえ普段人が利用しない場所に、恐怖で上手く声も出せず、そして、まだ一度もオレの名を呼ばないその口を噛み付くように塞いだ。

「んぁっ……ぃや……カカロット……」


どうしてナマエはこのタイミングでオレの名を呼ぶのだろうか。
慣れないキスで酸素を欲しているはずなのに、微かに空いた瞬間で、オレの名を苦しそうに、でも甘えるかのように呟いたんだ。

とことん痛めつけてやるつもりが、ドロドロに愛してやりたいと思ってしまう。
やっぱり、ナマエの手にオレの心を握られてるとやりづらい。

「お金……にならない……性行為……バ……カな……の?」


あまりにも苦しそうに肩で息をするから、少し休ませてやろうと思ったらこの減らず口だ。

ナマエにとってのカカロットはそういう生き物であると認識していて、間違ってはいないのに、何故だか腹が立つ。

だとしたら、カカロットそのものが信じられないんだろう。


「愛する女を抱きたいと思うのは当然の事だろ」

耳を触れるか触れないかで撫でてやると、大きく肩をビクつかせて早くに達していた。
嫌いな男に感じてしまうとは随分とまぁ淫乱なことで。
耳が弱いとなれば、そこを重点的に攻めてやりたいと思うのは間違ってなどいない。
耳朶を甘噛みしてみたり、耳の穴に指を入れてみたり、どうやら首も弱いみたいで、首筋を舐めればより一層ビクビクと震えた。


「嫌いなオレに抱かれるのは気持ち良いか?」

その一言が失敗だったらしい。
ハッと我に返ったナマエは、いつの間にか自由になっていた右手でオレの頬を叩いた。

「せめて気持ち良くなってもらいたかったが、そうか、そんなに痛いのがいいのか」

あぁまただ。
またナマエの怯えている眼に、オレが映っている。

最初はこの眼を可愛いと思っていたのに、いつ日かこの眼が怖く感じるようになった。

だって、オレを拒絶する眼だから。


「知らねえよ。分かんねえよ……抱く以外に、どう愛してやればいいんだよ」


ボヤけた視界に一つ瞬きをすると、そこには困り顔のナマエがいた。
もう一度手が伸びてくると、今度は叩かれるどころか優しく頬を撫で、目に溜まる涙を拭ってくれた。

一度そうされると欲が出てしまい、離れるナマエの手首を掴み自らその手を頬に当てる。

怖い思いをしていたはずなのに、ナマエよりもオレの手の方が震えていて情けなかった。


「オレを嫌いになる絶好のチャンスだったはずだろ」

「あなたのことが大嫌いなの。これ以上、どう嫌いになればいいか分からないわ」


言葉とは裏腹に、柔らかく、そして優しく微笑みかけてくれた。

きっとこの女はバカなんだ。

嫌いなやつに最高の笑顔を見せたら、隙ができた心に入り込むのは当然のことだろう。

「ほんと、バカな女だ」



(心に入り込めても、その心が手に入らない)
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