規律を乱した歯車
「おつかれさまでしたー」
「久しぶりだなナマエ」
「ひぃっ!」
カカロットとの口約束を破ってから数週間後のこと。
バイト上がりに絡まれました。
「たたたターレスさんじゃないですか。私じゃなかったらどうするつもりだったんです?」
「このオレ様がそんなヘマしねえよ。で、言いたいことわかるよな?」
俗に言う壁ドンでジリジリ迫り来るターレスさんの威圧。とてつもなく怖かった。
クエスチョンがわからないものにアンサーは出せない。が、心当たりはある。
「カカロット、ですかね?」
「何だ、やっぱあったのか」
先ほどまでの緊張感を一瞬で無くし、きょとんとした顔に苛立ちを覚える。
「鎌をかけましたね」
「まぁそう怒るなよ」
頬に空気を溜めて怒ってますよアピールをするも、親指と人差し指で押し込まれ空気が抜けていった。
もちろんそれで終わるかと思っていたのに、頬の柔らかさに感動したのか軽く摘んだり引っ張ったりとターレスさんは私で遊んでいる。
呂律が回らなくてもさっさと本題に入ってくださいと訴えて、ようやく本日の目的に入れたのだった。
「数週間前に、カカロットが上機嫌で出勤して来たんだよ。しかも1番高いスーツなんか着ちゃってさ、特別なイベントもないただの営業日にだぜ。んでオーナーにVIPルーム使わせてくれって頼み込んでたからよ、さぞかしすんげーお姫様でも引っ掛けたのかと思いきや」
「そのお姫様は店に来なかった、と」
私の言動があのカカロットをそうさせるはずなどないので、ただの偶然ですよと笑ってみせた。
けれども負けじと引かないターレスさんは、より一層距離を詰めて耳打ちをする。
「相手はナンバーワンだぜ。金があるかないかの嗅ぎ分けぐらい朝飯前だろ」
最後には軽く息を吹きかけられ虫唾が走り、頭よりも先に動いた体はターレスさんの頬を目掛けて手を上げていた。
しかしその手も虚しく簡単に捕らえられると、何故かターレスさんは嬉しそうにこう告げたのだ。
「脈ナシなんだな」
私がターレスさんに対して?
そう答える間もなく、手の甲に口付けされた私はいよいよ正気でいられなくなるのだった。
(ホストのキスは安物なのねと開き直れるほど慣れてしまった自分が悲しい)