コンビニの副店長
「おはようございます」
とは言っても、実は22時。
この挨拶と同時に、私のアルバイトは始まる。
勤務は夜の22時から早朝の5時まで。いわゆる深夜のアルバイトだ。
昼間は学校があるし、何より時給が良い。
家からもそう遠くはないし、何かと好都合だったりした。
コンビニエンスストア「ブロッコリー」は、その名の通り野菜のブロッコリーがトレードマークのコンビニである。
副店長のブロリーさんは、背が高くて長髪で、細過ぎず太過ぎない鍛え上げられた筋肉がとにかくすごい。
普段は常に眠たそうにしているが、緑色のエプロンが無駄に良く似合う無口な好青年である。
「…………タッチ」
「お疲れさまです」
ブロリーさんが大きな手のひらをこちらに向けて、バトンタッチをすれば私がレジ当番。
人差し指一本でレジを打つより、品だし等の力仕事の方がブロリーさんにとっては適任だからね。
「……すごく眠そう」
裏から運ぶ重そうなダンボールを軽々と運び、それでもあくびをしてうとうとと歩くブロリーさんにこっちがヒヤヒヤしてしまう。
お客さんもいないし、手伝うか。
「これはこっちの棚ですよね?」
こくり。これまたゆっくりと首を縦に振るブロリーさん。相変わらず無口な人だなと思ってしまうが、色々なギャップを感じつい笑ってしまった。
名札に付いているうさぎさんのストラップ。
幼稚園児からもらったらしいけど、これがなかなか似合っていて可愛らしい。
「では、後は頼むぞ」
「はい」
「オヤジ、今日の売上金」
「お疲れ様でした、パラガス店長」
説明が遅れたが、ここの店長はブロリーさんのお父様、パラガスさんだ。
親子で経営をしていて、店長は主に裏で事務作業を行っている。
何でも
「ブロリーが居れば、特に深夜は安心だからな」
とのこと。
確かにここは眠らない街(事実ホストクラブもある)として有名である。
だがその輝かしい店の裏側では、とある組織たちが動いているとの話しを耳にした。
そうなれば、この店は色んな人が訪れるだろう。
もしかすると、その組織の関係者も来るかもしれない。
ならばそこにブロリーさん、てなわけだ。
* * * * *
「ぎょえぇぇええ!!!」
ブロリーさん愛用の目覚まし時計を、これでもかってぐらい顔に近づけた。
何度確認しても、それが真実。
本来の休憩時間は30分。
軽い睡眠のつもりが、1時間もオーバしていたのだった。
「ごめんなさいブロリーさん!言い訳させてもらうと、目覚ましが機能してなくて!お願いですからクビだけはお許しを!!」
「気持ちよさそうに寝ていた」
「へ?」
「睡眠の妨害は、よくない」
怒られるの覚悟で仕事場に戻ったが、ブロリーさんは相変わらず眠たそうな顔のまま、「時計を止めたのはオレだ」とさらっと暴露した。
珍しくよく喋り、しかも自分の事を話してくれるのは意外だったが何だが嬉しい。
どうやら過去、当時幼稚園のお昼寝の時間に事件はあったとのこと。
ブロリーさんがすやすやと寝ていると、突然隣の子が泣き出してしまったらしく、それ以降は妨げで快眠どころじゃなかったらしい。
一度ならまだしも、それは毎日続いたらしく。
「お気の毒ですね」
「だから自然に起きるのを待っていた」
「できるだけ、寝ないよう頑張ります」
「ならオレは寝る。上がる前でも起きなかったら、起こしてくれ」
「行ってらっしゃい」
大きなあくびをして、休憩に入ったブロリーさん。
これまた愛用の羊のぬいぐるみを抱きしめて、あっという間に夢の世界へと旅立った。
「あ、いらっしゃいませ!」
バイトが終わるまであと少し。
日も登り始めていて、外は明るくなってきている。
通勤時間に合わせた商品の補充は、すでにブロリーさんが終わらせてくれていた。
私がやるべきことは、次のアルバイトさんが来るまでレジを担当すること。
「ありがとうございました」
アルバイトを始めて数日経ったが、この朝方にかけての時間が一番慣れずにいる。
気のせいか、ただの被害妄想か。誰かに、じろじろ見られている気がして……。
自意識過剰だなと笑ってくれる人が居れば、安心できるのだけど。例えば、ベジータさんとか。
『誰かに見られている? ハッ、貴様程度の女を相手にするほど、世間は暇じゃないだろうな』
ダメだ。ベジータさんで想像したら心が保てない。
「おい」
「すみません、いらっしゃいま……せ…」
「なんだよ」
そりゃ確かに近いし、時間帯的にもどんぴしゃかもしれないけど、だからってなんでカカロットって人が来店しているんですか!
「……120ゼニーです」
「ほらよ」
できるだけ目を合わせず、缶コーヒーのバーコードを読みとる。
お酒のあとはコーヒーですか。
本当に眠らないのですねさすがナンバー1。
って……
「小銭はありませか」
「つりはいらねえよ。早くしてくれ」
「なっ……」
万単位の札を出されていい迷惑なのに、つりはいらねえだと?
ナンバー1様はコインを持ち歩かず、さらに120ゼニーのコーヒーを……バカにしやがって。
「ならつりはお前にやるよ。それでいいだろ」
「よくない! だいたいあなた、お金の貯め方がいくら汚くたって、あなたが稼いだお金でしょ?! 金銭感覚が狂ったか知らないけど、大事に使いなさい!! 私はね、生まれて初めて自分で稼いだお金に感動しているの! 親の汚いお金じゃない………失礼しました」
ハッとなって、なぜこんなにもムキになったのだろうと俯いた。
何を言われようが、しっかりとおつりを彼に渡し、テープを貼った缶コーヒーを手渡す。
いくら苦手な相手でも、今はお客様。
無愛想な応対にクレームがきてもおかしくないが、作り笑顔などできない。
急な発言にごめんなさい、と心の中で呟いて、上がりの時間が訪れるのをただ待ち続けた。
(働くことの大変さを、やっと知ることができたのに)