最後の抵抗

『さぁ、もっと近う寄れ』

『ですがアナタ』

『なに、今更恥ずかしがることはなかろう。ワタシの妻なのだから』

『はい』


高価な宝石が指にはめられている中でも、大きなダイヤモンドの輝きには勝てない。

手招きされた男の隣に立つと、ガラス張りの窓から国中を見渡せる。

高い城から見下ろす国は、今日も血が飛び交っていた。


『素敵な景色だろう、ナマエ』

『はい。アナタの妻である事が、生き甲斐でございます』



たった数年でも国は変えられる。
そう、トップに立つ者によって、一瞬に地獄化とさせもできるのだ。



国民は、死と隣り合わせの生活に怯えていた。

血で赤く染まったリボンに、怯えていた。







「…ぅ…っ……うぅ…!」

「お嬢様。ナマエお嬢様!」

「……桃…じい?」

「随分とうなされておりました。悪い夢でも?」



顔ははっきりと見えなかったが、ナマエと呼ばれた女性。
そしてあの男の妻であることもわかる。


国民たちが血や涙を流しているのに、二人は笑っていた。
まるで、人を物扱いするような目で。


「お嬢様、嫌な夢を思い出す必要などございません。と、言いたい所ですが、お嬢様にとって悪いお話です」

「……えぇ、そろそろ限界だとわかっていたわ」

「では、一度お戻りになると」

「私も二人に話があるしね」


桃じいが来たのは両親の命令。
内容はもちろん、唯一私がお金を稼げる話……ベジータさんとの婚約についてのみ。


時間だけを伝えると、相変わらずの独特な移動の仕方で桃じいは帰っていった。

両親に会うのは数年振りだが、婚約に関して首を縦に振るつもりはない。


思い通りにはいかせない悪あがきをしてやる。
だから明日に備えて、私は今度こそぐっすり眠った。



* * * * *


「だから結婚しないって何度も言ってるでしょ!」

「どうしてこんなにも反抗的なのかしら。あなたには他にどんな価値があるって言うのよ! 我が一族の恥だわ!」

「お母様の娘として生まれたこと自体が恥よ!!」

「ナマエ!!」

「……ごめんなさい」


売り言葉に買い言葉。
お母さんと顔を合わせるなり言い合いは始まり、それを止めたのはお父さんの怒鳴り声だった。
はっとなって我に返ると、不思議とショックを受けているお母さんに疑問を持つ。
物としか見ていなかった娘に否定され、どうしてショックを受けるのか。私にはわからない。


「出直しますが、何度言われようと首を縦に振ることはありません」




大きな屋敷に、高価な置物。
仕える人たちの服だって、いくらするのだろうか。
そんな中、場違いの私がぽつんと居る。


実家なのに未だ迷ってしまう広さで、けれど私は優しい音楽が聞こえてくる方へと足を運ばせた。

心地良いメロディー。でもどこか、悲しい。




それから私は、急いでータさんの自宅へ向かった。

用があるのはおじ様とおば様に。
私の親が折れないのなら、相手に折れてもらう方が早い。


「今の言葉、本当か?」

「身勝手な言動をお許し下さい。しかしこの事は前から考えておりました。我が財閥の問題にベジータ様を巻き込んでしまい、解放するには今しかなかったのです。それにベジータ様には、私なんかよりもっと素敵な女性とお付き合いするべきですから」

「ナマエさんは……それでいいの?」



ベジータさんと別れてしまう事じゃない。
別れた後、親に何を言われるかが心配である。

どうやらおば様には全てバレているらしい。
けれども私は、落ち着いた声ではいと返事をした。


「婚約の話は、なかった事に」



これでいい。
これでいいんだ。


なのに何故震えるのだろう。
前へ進むのが、こんなにも怖いのだろう。


私にはもう、価値がない。


支えとなっていたベジータさんも、自ら手放してしまった。



もし過去をやり直せるなら、戻りたい。

(でもどの時代に戻れば幸せになれるのかが、わからなかった)
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