あの丘で、ひとり静かに考えていた。

優しい風が頬を撫でるが、自然とこぼれる一筋の涙。


社長との関係を切りたい。
それが本心だと思う。


彼に関わることで、私の生活は変わってしまった。

職場ではイジメに遭い、マスコミにしつこく追い掛けられ、悟天に殺され掛ける。

そんな私を、社長は助けてくれなかった。
言わなかった私がいけないのかもしれないが、気づけない方もバカである。




では、社長のあの言葉はどうだろうか。

彼は一目惚れと言った。
あのような環境も容姿も整った人が私に一目惚れをした、と。

残念だが、素直に喜べるはずがない。

そこまでして私をつなぎ止めたいのだろうか。苦しめたいのだろうか。
なんて悪趣味の野郎なんだ。


でも、


「同じの買えばいいのに」


このリングにこだわる理由は、なんだろう。


ほんの少しだけ、彼を信じてみたい気になった。

けど偽りだとしたら、もう心は粉々になる。




じゃあ、もし私が社長の本心に気づけなかったとしたら……。

違う。私は間違っていない。
本当に愛してくれるなら、こんなに苦しめるやり方は間違っているんだから。



「もう、わからないよ」



実家に帰ろう。そして、そこに社長が現れたら、信じてみよう。



「突然ですがここで問題です」


背後から聞こえた声に、時間が止まったような感じになった。
振り向くことができなければ、動き出すこともできない。


「大丈夫、殺さないからそのまま聞いて」



声の主は悟天だろう。
速まる鼓動は抑えきれず、震えが止まらない。陽気な声が、怖かった。



「オレがナマエにこだわる理由は次のうちどれでしょう。
1.彼女と上手くいかない鬱憤を晴らすターゲット
2.心の拠り所であるトランクスを奪われたから
3.トランクスが本気だからつい嫌がらせをしたかった
4.ナマエに嫉妬していたから
5.トランクスとナマエは不釣り合いだから
さあ、どれでしょう」


急なクイズ形式に、焦りと混乱状態になる私。
全てが意外な内容で、なかなか頭に入ってこなかったが、なんとなく、1番ですか? と聞いてみた。
すると悟天は手をクロスして、ぶっぶーと返す。
ここでようやく向き合うことができた。



「正解は全部でした」

「……はあ」


問題の内容をいまいち覚えていない私は、全部と言われてもピンとこなかった。

しかしこれだけは分かる。
私は相当悟天に嫌われているらしく、満面な笑顔の悟天に対し、引きつった笑い方しかできない。


するとそこへ、空から社長が登場した。
それに驚くタイミングを逃し、悟天の発言に驚く。のも逃す。


「あ、早かったねトランクス。もう少しでオレ、ナマエに無理やり襲うところだったんだ」

「例え悟天でも、次言ったら殺す」

「冗談に決まってんじゃん」



泣く子も黙る、と言うやつだろうか。その場が凍り付くほど、社長の眼は怖かった。
悟天は相変わらず明るい声だったけど、何を思ったかはわからない。


「ナマエ」

「はい!」

「返事が聞きたい。場所変えるぞ」


突然名前を呼ばれ、つい元気良く返事をしてしまった。
それに対し社長は少し吹き出すと、柔らかい笑顔のまま私を抱き上げたのだ。

いわゆる高い高いってやつで、身長もあるから意外と怖い。もう降ろして、と言う言葉を発する前に、放り投げられたのだ。どこにって、空に向かって。


「やっぱり嫌われてるじゃないですかー!!」


あり得ないぐらい宙を舞い、涙を流しながら落下した。
呆気ない死だなと、悟る。

でもそれを、彼が阻止したのだ。

その細い腕で、何トンもしたであろう私を。
しかも横抱き。こんなにも虚しいお姫様抱っこは望んでいなかった。



「だれがだれを嫌うって?」

「社長が私にですよ。だったらあの時、殺された方が楽だった」

「それがナマエの返事か?」

「え?」

「オレよりも、死を選ぶ。それでいいのか?」



やっぱり、社長の気持ちがよくわからない。
どうしてそんなに切なそうな顔をするの?
どうして今にも泣きそうな顔をするの?

私には、わからないよ。







「返事、決めました。本気で私を愛していると証明するのなら、もう、この関係を終わりにしましょう」




逃げる答えでごめんなさい。

だけど私は、確信が欲しかっただけなの。



贅沢な女だね。と小さくこぼす悟天に、言葉を無くした。

胸を張ることでもなければ、謝ることでもないから。



「あぁ、わかった。ナマエの最初で最後のワガママだ。迷惑掛けてすまなかった」












ギュッと抱きしめられた腕は、静かに解けた。


「社長、ありがとうございました」





突然の結婚宣言。
全てはただ、強引にでも私を側に置きたかったから。


どちらかが少しでも素直になれたら、結末はきっと変わったかもしれない。


短いような長いような夫婦関係は、静かにピリオドが打たれたのだった。


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