社長&会長の許可付きで会社を休んだ。

こんなにもぐっすりと眠れたのは、いつ振りだろう。



「……ん…」


耳元で微かに聞こえる笑い声。
まぶたを開けると、社長は愉快そうに笑っていた。


「マヌケな顔。よだれ垂れてるし」

「…あ………失礼しましたー!!!」



目がカッと開いたと思う。
何がどうなっているのか、嬉しいような悲しいような、全て記憶に残っているからであって。


横になっている社長を飛び越えて、部屋を出た。
無我夢中で走り回った。
早くひとりになりたくて、自分の部屋に引きこもりたくて。



結果。迷子になった。



「広すぎなんですよこの家ーー!!」

色んな恥ずかしい思いが押し寄せて、今すぐにでも死んでしまいたいぐらいだ。


でもまだ私は生きます。

まともな恋愛がしたいがためにね。


「あ、あのっ」


とある部屋から出てきた、髪の毛が逆立った黒髪の男性。

私は猛烈に感動して(この家に来てから黒髪を見ていない)つい勢いで声を掛けてみた。


首に掛けたタオルで額の汗を拭う。そんな仕草がかっこいい。


「ダレだ貴様」

「ただの通りすがりです」




頭の上にはクエスチョンマークがたくさん浮かんで見える。ってぐらい、不思議そうな目で私を見下ろす。

これでもこの家の坊ちゃんの嫁(設定)ですが、知らないならそれでいい気もする。

しかし、社長の顔は意外と広くないのですね。
なんだか少し、勝ち誇った気になれた。





「あっ!」


知らない人について行っちゃいけません。
と、小さい頃から耳にタコができるほど教わった言葉。

一応この家に関係のある人=危なくない人

なんて勝手に都合良く解釈し、男性の後ろをてくてく歩くこと約数分。

目的地である私の部屋に無事到着。

こうやって歩いてみると、社長の部屋との距離はそれなりにあるんだなと今頃知った。

男性の手を取って、ぶんぶん上下に揺らし感謝の言葉を伝える。

最後まで私のことを不思議そうに見ていたあの男性。

大丈夫。知らないのはお互い様だから、それでいいと思う。





* * * * *


「私の初恋?」

「そ。ちょっと興味があるんだ」



やっぱりよく分からないにこにこ笑顔の孫悟天。


彼との距離は人間3人分のスペースをとり会話を進める。



普通に外歩いていたら目の前に悟天が舞い降り「ナマエの初恋っていつ?」と聞かれたのが事の始まりだ。




前回のようにキスまがいの事をされては困るので、一応身構えとく。

それでも私は素直に答えていた。



「小学校2年生……田舎の小学校って、年が近い子少ないんだよ。だから異性と意識した時は人数が限られていて、消しゴム拾ってくれた子が初恋。名前は忘れた、その程度の恋よ」

「そっか。それとさ、そんなにボクから離れなくてもいいんじゃない?」

「チャラい都会人はどうも苦手らしくて」



ほぼ本心。

苦手なものは無理に克服せず、避けて通るのも時には必要だ。


悟天は笑っている。
でも、目が笑っていない。


私が社長に関わる人間だから、目を付けられているの?

だとしたら目的はなに。




「悟天はさ、私のこと、嫌いなの……?」


恐る恐る訊いてみる。
すると悟天はすごく驚いた顔をして、次に、優しく微笑んでこう言った。


「よくわかったね」



身体中が凍りつきそうで、頭で考えるよりも、先に足が動いていた。


これ以上悟天に関わってはいけない。
それよりも、怖い。



「旦那の名前でも呼べば? あぁでも、本当の夫婦じゃないんだっけ。ナマエはただ、利用されてるんだよね。それともナマエが、トランクスを利用しているの?」

「違う……違う……」



これ以上走れなくなった足は、立つこともできないぐらいに震えていた。

私と社長しか知らない関係性を、悟天は知っている。


「ナマエ、田舎育ちの貧乏なんでしょ? トランクスから離れないのは、お金に困ってるからだよね。それに加え、キレイな顔立ちした男だもん。一石二鳥じゃん。
下心あるのは、キミの方だよね」


耳を塞いで、何度も違うと言い聞かせる。
私はただ巻き込まれているだけ。

脅されているから、逃げれないの。



「なんかさ、うざいんだよ。でも、トランクスの名前を呼んだらどうなるんだろうね。トランクスは、どっちの味方になるのかな」




こちらに向けられた手のひらから、黄色い光の塊の様なものが生み出された。

それはすぐに飛んできて、私の右横をすれすれに、地面は深くまで掘り起こされ、煙が立っている。


当たっていたらと思うとゾッとした。
否、わざとハズしたに違いない。


「次はハズさないから」


余裕の笑み。
間違いない。
彼は私を本気で殺そうとしている。

根拠はないけど、ただの勘だけど……。


私は立ち上がり、急いで走り出した。
途中躓いたりして距離を縮められたりもしたけれど、最初から、逃げようなんて無茶な話だったんだ。



「――っっ!!」



背中に感じる、言葉にならない痛み。
悲鳴を上げる力すら入らず、皮肉なことに、意識があるのが悔しい。



「助け求めたら? それではっきりするかもよ」


這いつくばる私を見下ろす彼は、何に対して怒っているんだろう。
何に対して悲しんでいるんだろう。


影を落とす表情からは何も読み取ることができず、その場を離れた音だけがしっかりと耳に届いた。




そこでようやく、私の意識も途切れたのだ。


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