「今日は早いんですね。おかえりなさい」

「早めの帰宅に不満そうな顔だな。安心しろ、手を出す気はねえよ」

ネクタイを緩めるトランクスとすれ違えば、少し疲れが見えるなとナマエは思った。
その後に言われた言葉にカチンときて、勢いのまま無駄に一回転をするも、半回転してトランクスの方へと向き返す。

「不満そうなのは社長じゃないですか!」

基本弱気でトランクスに対しては溜め込むタイプのナマエだが、強気の日だってあるのだ。
もちろん、投げ掛けた言葉の先に、トランクスの姿などどこにもないが、それでもナマエはすっきりした気持になった。

「自分は愛されてるなど、そんな甘っちょろい考え通用しないぞ! 私だって、冷めるときは冷めるんだから!!」

ふふんと鼻で笑うが、すっきりした気持ちの中に、再びどろどろとした感情が溜まり込んだのだった。
そう、2人は両想いのはずなのに、未だに会社のトップと下っ端の関係が続いていた。
事実的にはまだまだ続く関係性ではあるが、恋人らしい行為があまりないのだ。
はっきり言えば、ナマエがトランクスを好きになる前の方が、トランクスの感情も多少はナマエに向いていた様な気がすると、ナマエは感じていたのだ。

「仕事、忙しいんだろうな。社長だもんね」

ゴルフばかり行ったり若い姉ちゃんを隣に置いてお酒を楽しんでるわけではなく、本当に仕事が大変なのだろう。
ブルマさん曰く、社長はサボり癖があると言っていたが、やるときはやる男とも言っていた。



うんうんと1人で納得し、これは仕方がないことだと自分に言い聞かせるナマエ。

そしてその姿を、曲がり角で身を潜めるトランクスは腕を組みながら伺っていた。


「オレだって冷めそうだよ」

壁に背を預け、力を抜くとずるずると座り込んでしまった。
頭を抱え、髪をくしゃりと握る。

「オレは何がしたいんだろ」
一言で言えば、ナマエについて悩んでいた。
すれ違いざまに吐き捨てたセリフ。
本音ではないと言えば嘘になるが、本気ではないことは確かだった。

ここ最近仕事の量も増え、社長室から逃げ出す余裕すら与えられなくなっている。
だからこそ、トランクスはナマエとの時間を欲していた。
たが、問題はそのナマエである。

言ってしまえば無理やり手に入れた女。
時間と自由は拘束できたが、肝心の心がダメなのだ。

坊ちゃん育ちのトランクスにとって、手に入れられないものはなかった。
だが、一番欲しいものが手に入らない。
お前が欲しい、とはっきりとたった一言を言えばいいだけなのに、どうやらプライドが邪魔をするらしい。

自分だけが愛しているみたいで、重いのだ。

できることならば、2人の愛が同じぐらい、もしくはナマエの方が少し重いのが理想的らしい。

色々と面倒、いや、厄介なこだわりを持っていた。


そして、2人の心がすれ違うまま数日が経ったある日のことである。


「トランクス!」

会社の資料室でたまたまトランクスを見つけたナマエは、同意を得ずに背中に抱きついた。

2人っきりのときだけ許された呼び方。

けれどナマエにとっては、愛おしいと思うときの、特別な彼の名前である。


「場所をわきまえろ。それ以上調子に乗ったら」

「わかってるよ。でもここ最近、会ってるはずなのに、心が満たされないから。自分勝手なのは承知してるけど、こうでもしないと、トランクスに触れられないから・・・」

消えてしまいそうな小さな声に、トランクスの口角は上がった。もちろんナマエには見えてないが、我慢しただけはあると優越感に浸っていたのだ。
押してダメなら引いてみろ。時間は掛かったが、見事にナマエが甘えてきた。

「2人っきりだし、ここのロック解除は音が響く。つまり、スリルだと思わねえか?」

気づいたときには、ナマエは机の上に押さえ付けられていた。

久々に見上げる、自信たっぷりなトランクス社長の顔。
勤務中に持ってはいけない感情だが、何もかもが久しぶりなのだ。
ぞくりと身体を刺激する感情に、ナマエは心が負けそうになっていた。

「やっぱこうでなくっちゃ」

唇が触れ合うか触れ合わないかの距離感。
ナマエは目をぎゅっと瞑るが、まだかまだかと待っている。


しかし。


「バーカ」


待ち望んでいた甘い言葉や行為はなく、バカの一言。

当然唇が重なることもなく、ナマエに覆いかぶさっていたトランクスは躊躇いもなく離れてしまったのだ。

「日中からヤラシイやつ。どんだけ溜め込んでんだよ。あぁでも、満たせるのはオレだけだもんな」

「い、いろんな期待させておいて、さっ、最低です! 確かに社長は私以外でも処理できるかもしれませんけどね、わ、私だって社長以外にも1人や2人・・・」


顔を赤く染めながら、嘘の言葉を巧みに並べるナマエの姿を、目を細めて愛おしく見つめるトランクス。そして久々に、心から笑ったのだ。

「随分と不満そうだな、ナマエ」

「よく言うよ、トランクスだって、ちょっと残念なくせに」


決して表に出していない感情を指摘され、悔しいと同時に喜びを感じた。


トランクスは優しくナマエの頭を撫でた後、そのままドアを開き去ろうとした。


「もう少しで仕事も落ち着く。空いた時間、たっぷり埋め込んでやるから楽しみにしてろ」

まっすぐナマエを捉え、そう、言い残したのだった。


1人残されたナマエは、まるで気を吸い取られたかのように座り込んだ。




速まる鼓動が、静かな資料室の時を刻むのだった。


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