04
「う……」
今日、所属しているボランティアサークルのイベントに参加して打ち上げと称した飲み会にも初めて参加してみた。
私達1年生はまだ未成年だからお酒は飲まないという約束だったのに、私が頼んだウーロン茶にお酒が入っていた。店員さんが間違えてウーロンハイを持ってきてしまったらしい。お鍋で軽く火傷した舌を冷ますために一気飲みをしてしまって、変な味がしてそこで発覚した。
未成年なのにお酒を飲んでしまったという罪悪感はあったものの、その場は楽しく過ごせて二次会には参加せず駅まで歩いてる途中で気持ち悪くなってきてしまった。なんだかくらくらする。このまま電車に乗るのは危ない気がして、ちょうど近くにあった小さな公園のベンチで少し休むことにした。
「何してんの」
「あ、佐久早くん……」
ベンチの背もたれに体重を預けて冷たい空気を吸い込んでいる私を佐久早くんが見下ろしていた。私が飲み会に浮かれてる間も佐久早くんは走り込みをしていたみたいだ。
「酒飲んだの?」
「ウーロン茶頼んだんだけど、ウーロンハイだったみたいで……」
「……」
ああ、また呆れられてる。佐久早くんには私のだらしないところを見られてばっかりだ。
「……どうやって帰んの」
「電車で……」
「乗れんのかよ」
「ちょっと休憩してから行くよ」
「……チッ」
舌打ちされた。せっかく最近仲良くなれてきたと思ってたのに、こんなんじゃ嫌われちゃうかなぁ。
「水分とった方がいい。俺の飲みかけでいいなら」
「! ありがとう、ちょっと貰うね」
「全部やる」
「あ、うんそうだよね……ありがとう」
私がどんなにアホでもやっぱり佐久早くんは優しい。ロードワーク中に買ったであろうペットボトルのミネラルウォーターを私にくれた。まだ全然減ってないのに申し訳なさすぎる。
「迎え呼べばいいじゃん」
「んー……」
誰かが迎えに来てくれるんだったらすごく助かるけど、お母さんは運転が苦手だしお父さんはきっともう晩酌を始めてしまっている。
「アイツ……赤葦、呼べばいいじゃん」
「赤葦くん……は、申し訳ないよ」
そこまで家が近いわけでもない赤葦くんに頼るのも申し訳ない。
「スマホ貸して」
「あっ……」
佐久早くんは何故かイライラした様子で私のスマホを奪った。ロックはかけてないから簡単に操作されてしまう。誰かに電話をかけてるみたいだ。取り返そうと立ち上がる気力もなくて、私はぼうっと眺めることしかできなかった。
「地図送るから、この酔っ払い引き取りに来いよ」
多分赤葦くんと話してるんだと思う。佐久早くんは一方的に要件だけ伝えて切ってしまった。
「赤葦くんに電話したの?」
「多分来るだろ」
「いいのに……」
「うるせぇ」
辛辣な言葉を口にしながら佐久早くんは私の隣に腰を下ろした。赤葦くんが来るまで一緒にいてくれるらしい。やっぱり佐久早くんは優しい。
***(佐久早視点)
夜に大学周辺を走っていたら、小さな公園でアイツが一人ベンチに座ってるのを見つけた。背もたれに体重を預けて空を仰ぐ顔は青ざめててどう見ても具合が悪そうだった。
声をかけるとサークルの飲み会でウーロン茶と間違えて酒を飲んでしまったと説明された。アホすぎる。
立ってられないくせに一人で電車で帰ろうとするコイツに腹が立って勝手に携帯を借りて赤葦を呼んだ。彼氏なんだから気兼ねなく呼べばいいのに。
「……」
「……」
水を飲ませてからは多少は気が紛れてどうでもいいことを喋っていたのに、急に静かになった。横目で見るとぼーっと遠くを眺めていて嫌な予感がした。
「おい……吐くとか言うなよ……」
「え、と……大丈夫。大丈夫なんだけど、一応トイレの近くに……」
「は!?」
アイツはバツが悪そうに立ち上がってふらふらと歩き出した。その足元は覚束なくていつ転んでもおかしくなかったから、俺も立ち上がって腰を支えた。
「い、いいよ。菌ついちゃうよ」
「うるせぇ。歩けてねーじゃん」
「……佐久早くん優しい」
俺は別に優しくなんかない。本当に優しい奴だったら、こういう時もっと気の利いた言葉が出てくるだろうし自分が送り届けると申し出るはずだ。
「やっぱ一回トイレ行って吐いてこい」
「えっ」
俺を優しいと思って疑わないコイツの笑顔に、耳が熱くなるのを感じた。今はマスクをしていない。自分でもどうなってるかわからない顔を見られたくなくて、無理矢理トイレに押し込んだ。
「佐久早……?」
そこに赤葦が来た。ちょうどいいタイミングだ。自転車で来たみたいだから後ろに乗せていける。
「アイツ酒飲んで酔っ払って、多分今吐いてる」
「マジか。大丈夫そう?」
「さあ。自分の彼女の面倒くらい自分で見てくんない」
「え……」
思ったよりも赤葦は落ち着いていた。彼女が体調悪くて、しかも他の男と一緒にいるんだからもっと焦るとかしろよ。あまり心配してないのか、俺を警戒すべき相手だと思ってないのか……どっちにしろむかつく。
「赤葦くん、本当に来てくれたの?」
「あ、うん。心配だったし」
「佐久早くんありがとう。本当、佐久早くんがいてくれて良かった」
「そういうのいらない。近づかないでくれる」
「あ、吐いてないからね!?」
「……」
「本当だよ!?」
すぐに出てきたから吐いてないとは思うけどトイレに入った時点で菌はついてるだろうから距離はとっておく。
「佐久早」
「?」
赤葦も来たしもう俺はお役御免だ。帰ろうとしたら赤葦に呼び止められた。
「勘違いしてるみたいだけど、俺達付き合ってないよ」
「……は?」
……いや、嘘だろ。
「な、みょうじ」
「赤葦くんは親友だよ!ふふふっ」
同意を求められてアイツも平然と頷いた。何で得意げなんだよ。親友って何だよ、そんなの男女で成立するわけねーだろ。
「……どうでもいいし」
赤葦とコイツの常識離れした関係性にイラっとして公園を後にした。寮に向かうまでの足取りが自然と速くなる。ふたりが付き合ってないと知って安心したなんて、絶対何かの間違いだ。
***
「佐久早くん、昨日は大変ご迷惑をおかけしました……!」
「うん」
2限の授業が終わったタイミングでアイツに深々と頭を下げられた。否定はしない。実際迷惑だったし。
「あの、そのお詫びと言ったらなんですが、今日のお昼奢ります」
「……スタミナC定食大盛り」
「うん!」
「と、購買でプロテインジュース」
「うん!」
高校の時もそうだったけど、コイツは律儀だからお礼とかそういうのはきちんとする。多分そうしなきゃ気が済まない性格なんだと思う。遠慮してもどうせ食い下がるだろうから容赦なくリクエストすると満足げに頷いた。本当にコイツって損な性格してる。
「……行くぞ」
「うん!」
ふたりで飯食うことに抵抗はねぇのかよ。赤葦との関係といい、こいつの距離感というか男女の感覚っておかしいのかもしれない。
「……何だよ」
さっきの授業が早めに終わったから隅の席を取ることができた。約束通り奢ってもらった生姜焼きを食っていると隣から不躾な視線を感じた。自分が頼んだうどんはまだ全然減ってないくせに人を見てる余裕なんて無いだろ。
「佐久早くんってバレーとご飯の時以外マスク取らないから、レアだなあって思って」
「……だからってじろじろ見んじゃねぇ」
「あとね、お箸の使い方上手だなあと思いました」
「いちいち言わなくていい」
「佐久早くんが聞いたのに!」
俺を見てる時も俺と話してる時も終始にこにこしてるのが不思議でならない。何がそんなに楽しいんだか。俺と一緒にメシ食っても楽しくないだろ、普通。
( 2020.3-7 )
( 2022.7 修正 )
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