03
「はーー……彼女欲しい」
「それな」
比較的人気の少ない学食の隅で課題をやっていたら話し声が耳に入ってきた。なんとなく見覚えがある。多分同じ学部の奴らだ。
「吉田さん美人だよなー」
「無理だろ。もっと現実的に考えようぜ」
「んー……みょうじさんとか?」
「あー……」
しょうもない話題を耳に入れたくなくて場所を移動しようと思ったその時、知ってる名前が聞こえて留まってしまった。
「いい子そうだよな」
「男慣れしてなさそう」
何でもないよくある男同士の会話だし、こいつらは別に的外れなことは言ってない。アイツはいい奴だし、男慣れしてなさそうってのは客観的に見ていて俺もそう思う。
「チョロそうだよな」
「うん、すぐ騙されそう」
「ワンチャンいけるかもな」
ただ、なんか腹立つ。これ以上低俗な会話を聞きたくなくて俺は席を立った。言う方も言う方だけど、言われる方も言われる方だ。普段からチョロそうな振る舞いをしてるアイツにも非がある。
「あ、佐久早くん!」
「……」
学食を出たところでイライラの元凶と遭遇した。ほんとコイツ何なの……俺をイラつかせる天才かよ。確かにこの能天気な顔を見せられたらチョロそうだと思われても仕方がない。
「テスト明けの日曜日暇かな?」
「ハァ?」
「木兎さんから試合のチケット貰ったんだけどどうかなと思って」
「どこと?」
「アドラーズ!」
「行く」
何で休日の予定を聞かれなきゃいけないんだと思ったら試合観戦に誘われた。アドラーズといえばリーグ戦で必ず上位に食い込むチームで、若利くんが入ったところだ。反射的に頷いてしまったけど、果たして誘う相手は本当に俺でいいのか。
「赤葦もいんの?」
「ううん、どうしてもバイト抜けられないんだって」
「ふーん」
赤葦来ないのかよ。じゃあ俺とコイツふたりで行くの?彼氏以外の男と休日に出かけるとか、浮気になんねーのかよ。
……後で修羅場になっても知らねぇ。俺はアドラーズを見たかっただけだ。
***(夢主視点)
「3番の人のサーブすごかったね!」
「うん」
木兎さんからまた試合のチケットを貰ったものの、残念ながら赤葦くんはバイトで来れなかった。一人で行くのが心細くて佐久早くんを誘ったら食い気味で行くと言ってくれて嬉しかった。
佐久早くんはあまりはしゃいだりしないイメージで、まあ実際そうなんだけどバレーを観る目は輝いてたしプレーに対して質問すると饒舌に答えてくれた。やっぱりバレーが大好きなんだなと少し可愛いと思った。口に出したら怒られるから言わないけど。
「木兎さんいるかな」
試合が終わった後は選手達がファンサービスをしてくれるらしい。Vリーグのことはよく知らなかったけど、こうやってファンと選手が触れ合える機会があるのってすごくいいことだと思う。木兎さんがいたら一声かけていきたいな。
「俺アドラーズの方行きたい」
「え、木兎さんに挨拶してからにしようよ」
「嫌だ。あの人めんどくさい」
「でもっ、チケット貰ったんだからお礼言わないと!」
「……」
アドラーズの方に行きたがる佐久早くんの腕を掴んで阻止した。気持ちはわかるけど、まずはチケットをくれた木兎さんにお礼を言うのが先だと思う。佐久早くんは眉間に皺を寄せてめんどくさそうだ。でも、私だって譲れない。
「あ! みょうじー!」
「木兎さん、お疲れ様です!」
「……」
軽く揉めていると木兎さんの方から来てくれた。佐久早くんの眉間の皺が一層深くなったことには気付かないフリをした。
「おお佐久早!ブラックジャッカル入る気になった!?」
「いや……」
木兎さんのテンションに圧倒される佐久早くん。さっき先輩に対して「めんどくさい」と言ってのけた通り、その表情はわかりやすく「めんどくさい」と訴えていた。多分こうなることが予想できたから嫌がったんだろう。
「あっ、サイン書いてあげる!」
「え、この前貰いましたよ」
「この前のは試作品!昨日超かっけーのできたから書かせて!」
「じゃあ、えーと……」
サインはこの前もらったから今日は色紙を持ってきていなかった。鞄の中を探して苦し紛れに手帳を差し出すと、木兎さんは意気揚々とサインを書いてくれた。媒体が何であろうと書ければ満足みたい。可愛いデザインの表紙に油性ペンででかでかと書かれてしまったけど、まあいいや。
「佐久早も……」
「俺はいい」
「遠慮すんなって!手でもいいよ!」
「……」
そして次の標的は佐久早くんに。バッサリと断ったものの木兎さんには通用しなかった。手に書かれるのは綺麗好きな佐久早くんはすごく嫌がりそうだ。
「あのっ、佐久早くんの分はこれにお願いします」
「オッケー!」
何か代わりになる物を探して、私は鞄からポケットティッシュを差し出した。これで佐久早くんの手は護られたし木兎さんは満足げだ、良かった。
***(佐久早視点)
結局木兎のせいでアドラーズの方には行けず、帰路に着くことになった。まあいいや、あっち人混みすごかったし。
「っくしゅ」
「……」
駅の構内を歩いていると隣から小さなくしゃみが聞こえて思わず眉間に皺が寄った。
「はッ……ごめん!」
「……やる」
「いいの?ありがとう」
常備してるマスクを一枚渡した。コイツがつけると俺と同じ大きさのマスクには見えない。ぶかぶかで効果ないのでは。そういえばいつも買うマスクの隣には女性用として一回り小さいサイズのマスクが売っていた気がする。あれはこういう奴のために生まれた商品だったのか。
「佐久早くんと一緒にいる時はマスクした方がいい?」
「……別にいい。俺がしてるし」
「ほんとに?」
人混みの中に行くとわかっていてマスクを付けない奴の神経はわからないけど、他人にまで強制するつもりはない。俺がつけてる時点で予防にはなってるわけだし。
「人が多いところはマスクしといた方がいい」
「そ、そっか」
人が多いところではいつ誰に菌を移されてるかわからない。特に電車は通気性悪いし最悪だ。
「……」
「……?」
さっきまでアホみたいに喋ってたくせに急に黙り込んでしまった。見下ろしてみると耳が赤い。もしかして本当に風邪引いてるとかじゃねぇだろうな。
「つまり、コレはその……私のことを心配して……」
「……!?」
そわそわと期待を込めた目で見上げられた。さっきの自分の言葉を思い返してみて、確かにそう捉えられてもおかしくないということに気付いた。
「……違う」
「やっぱ佐久早くんはやさ……」
「返せ」
「や、やだよ。もう私の菌ついてるよ」
「捨てるから」
「捨てるの!?」
コイツの、好意とか感謝を真っすぐ伝えてくるところが苦手だ。照れくさいことをいちいち口に出して言ってくるの本当やめてほしい。むかつく。
「ふふふ、ありがとう」
「……」
一枚たった数円のマスクを俺にとられまいと押さえながら笑うコイツを、可愛いと思ってしまった自分にもむかついた。
( 2020.3-7 )
( 2022.7 修正 )
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