×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
佐久早@

 
「みょうじさん結構飲んでたけど大丈夫?」
「はい」

上司の昇進祝いの飲み会は21時でお開き。二次会はきっぱり断って逃げることはできたものの、経理課の先輩に捕まってしまった。この人は女子社員の間でチャラいと有名で、事あるごとに女性社員を持ち帰ろうとするらしい。

「もし良かったら2人で飲み直さない?」
「やめときます。結構飲んじゃったし……」
「そっかー大丈夫?どこかで休憩してく?」
「いえ、帰ります」
「でも電車乗れる?ちょっと休んだ方がいいんじゃないかな」

あ、これやばいやつだ。「休憩」という怪しい単語が聞こえて身の危険を感じた。きっぱり断ってるつもりなのに先輩は酔っ払ってるせいか全然聞き入れてくれなくて、結構強い力で腕を掴まれてしまって逃げられない。

「大丈夫って言ってんじゃん」
「!」

先輩の腕を振り払う勇気が持てないでいた私の代わりに、先輩を引き剥がしてくれたのは佐久早くんだった。選手達は社内でも有名な存在だ。長身の佐久早くんに気圧されたのか先輩はあっさりと引いてくれた。助かった。

「……何でもっとはっきり断らないんすか」
「はっきり断ったつもりだったんだけど……」
「あんなの全然ダメ」

私なりにはっきり断ったつもりだけど結果的に先輩は引いてくれなかったから、佐久早くんの言う通り「全然ダメ」だったんだろう。少し棘のある言い方ではあるが佐久早くんなりに心配してくれてるんだと思う。

「それとも満更でもなかった?」
「は……」
「誰にでも股開くのかよ」
「な、はあ!?」

佐久早くんは口が悪いというかオブラートというものを知らない。それにしても今の発言は酷い。ビンタ一発貰っても文句を言えないくらいだ。

「アイツがオッケーなら俺もオッケーだよな」
「えっ、ちょっと!」

よくわからない解釈を口にして佐久早くんは私の腕を引いて歩き始めた。佐久早くんの長い脚による一歩は私の倍くらいあって、私はリードを引かれる犬みたいに小走りになってしまう。
佐久早くんに引かれるがまま進んでいくと、段々とネオンの灯りがついた建物が多くなってきた。まさかとは思ったけど……嘘でしょ。

「佐久早くん正気!?おお落ち着こう!酔ってる!?」
「酔ってるのはアンタだろ」

佐久早くんのテンションは至って平常。仰る通り、アルコールで体が熱いのは私の方だ。


***


「……」

結局佐久早くんの手を振り解くこともできずホテルに来てしまった。佐久早くんが選んだのは業界でも大手の清潔感あるところで、何の迷いもなく高い部屋を選んだのにはぎょっとした。私こんな広くて豪華でよくわからないものがたくさんある部屋、初めて入った……。
佐久早くんは入って早々シャワーを浴びに行った。この隙に逃げようかとも思ったけど後のことを考えると怖くてできなかった。
今の状況を良いか良くないかで言えばもちろん良くない。付き合ってない男女がこんな場所にいるのは絶対良くない。佐久早選手に憧れるちびっ子達に見せられたもんじゃない。これも私がはっきり断らなかったのがいけないんだろうか。いやでもただ純粋に酔っ払った私を休ませるためっていう可能性もゼロでは、ない。

「シャワー浴びてきて」
「わ、私はいい。このまま寝るよ」
「……」

シャワーから出てきた佐久早くんは付属のバスローブを身に着けてとんでもない色気を醸し出してきた。心臓に悪すぎる。こんなんじゃまたアルコールがまわってしまう。

「汚い女抱く趣味ねぇから」
「は!? 別に誰も抱いてほしいなんか……!」
「他の男の菌がついたみょうじさんは抱きたくねぇ」
「!?」

ねえ佐久早くん、それだと抱きたい前提で話が進んでるような気がするんですけど。
何も言えないでいると「下着つけなくていいから」と追い打ちをかけられて、私はフラフラと覚束ない足取りでシャワールームに向かった。


***


……結局最後までしてしまった。あんな色気で迫られて断れる女がいるんだったら教えてほしい。

「……」

佐久早くんは隣で布団を被って静かに寝ている。勝手なイメージだけど低血圧そうだ。そーっと動いても起きる気配はない。
とりあえず帰ろう。どんな顔して何を話せばいいかわからないし、今は少し時間が欲しい。自分の中で整理して落ち着いてから謝ろう。私が悪いのかとも思うけど、結局は受け入れてしまったんだから同罪だ。
佐久早くんを起こさないように布団から出て、ソファの片隅に置いた昨日の服に袖を通した。お金は……5000円くらい置いてけばいいかなと思って料金表を見たら驚愕した。謝罪と反省の気持ちも込めて1万円を机の上に置いておくことにした。

「……何してんの」
「!」

洗面所で最低限の身なりを整えて戻ってきたら佐久早くんが目を覚ましていた。今まで見たことないくらい眉間の皺が深い気がする。

「わ、ちょ、来ないで!」

その不機嫌な顔のままこっちに来た。もちろん全裸である。

「この金何?」
「何って……」
「何で服着てんの?」
「だって……」
「俺に何も言わずに帰ろうとしてたの?」
「!」

聞いてくるくせに答えを聞く気が無いのか、私の言葉を待たずに次々と問い詰められる。精神的に圧迫されると同時に物理的にも距離を縮められる。後ずさったらソファにふくらはぎが当たって、肩を軽く押されただけで尻餅をついてしまった。

「や、やめてよ……!」
「……」

覆いかぶさってきた佐久早くんを私の全力で押し返す。はっきり言わなきゃ。「はっきり断れ」って説教してきたのは佐久早くんだ。

「私、佐久早くんと身体だけの関係になる気ないから……!」
「俺だって身体だけのつもりねぇから」
「えっ」
「そんなつもりで抱いてねぇ」
「!」

じゃあどういうつもりで抱いたの……その答えは昨日既に貰っていたのかもしれない。
昨日の佐久早くんは乱暴な言葉とは裏腹にくらくらするほど大事に抱いてくれた。まるで「好きだ」と言われてると錯覚する程のキスもたくさんしてくれた。思い出さないようにしてたのに、佐久早くんの切なそうな顔を見たら昨日の行為が鮮明にフラッシュバックした。

「……言わなきゃわかんないの?」
「普通、わかんないよ……」
「……」

もしかして、と期待を持ち始めた途端心臓が煩く脈を打つのを感じた。多分佐久早くんは言葉で愛情を伝えるのは苦手なんだろう。それでも言ってほしい。じゃないと、私もブレーキをかけてしまうから。

「好きだから、俺のこと好きになって」
「!」

ほんのりと赤い佐久早くんの口から出てきた、子どものお願いのような告白はいとも簡単に私の心臓を打ち抜いた。こんなガタいのいい大人がそんな可愛いこと言うなんてずるい。

「……はい」
「!」

正直、今まで佐久早くんのことをそういう対象として本気で考えたことはない。だって私なんかが佐久早くんとどうこうなるなんて想像できなかったから。
でも実際身体を重ねて、こんな熱い視線を送られたら断る理由は見つからなかった。軽率だと言われてしまうかもしれない。でも、愛せると思った。

「ほんと?言ったな?」
「う、うん」
「……」

慎重な佐久早くんは私の肯定をしっかり確認した後、何故か洗面所に向かった。え、このタイミングでシャワー?と思ったらけっこう長めのうがいの音が聞こえた。

「!?」

そして戻ってきた佐久早くんにめちゃくちゃにキスをされた。口の中がミントの清涼感でいっぱいになる。そういえば朝起きた時の口内は雑菌が蔓延っていると聞いたことがある。これから佐久早くんとキスする時は、今まで以上エチケットに気をつけなければと、荒々しいキスを受け入れながら思った。



( 2020.5-7 )
( 2022.7 修正 )

[ 80/127 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]