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after1

 
「なんか今日、木兎ふわっふわしてね?」
「……」

合宿1日目、早速黒尾さんにバレた。まあ、黒尾さんが言う通り今日の木兎さんは誰が見てもふわっふわしていた。みょうじさんと付き合うことになって昨日の今日だ。気分が舞い上がってしまうのは仕方がないのかもしれない。

「何かあったの?」
「本人に聞いてください。喜んで教えてくれますよ」
「いや本人に聞いたらめんどくさいやつじゃん。この前言ってた子と付き合えたとか?」
「はい」
「えっ、マジで!?」
「はい」
「マジか……!」

人の恋愛事情をペラペラ話すのはよくないとは思ったものの、みょうじさんのことは前の合宿で自ら話していたため簡単に予想がついたようだ。木兎さんに彼女ができたことを知ると黒尾さんは驚いた後、少し悔しそうな顔をした。

「ヘイヘイ木兎集合〜!」
「ん?」
「彼女できたんだってェ?」
「えっ、何で知ってんの!?赤葦言ったなー!」
「木兎さんがわかりやすすぎるだけです」
「そうか!」

そんな話を黒尾さんと廊下でしていたら、ちょうど風呂から木兎さんが戻ってきた。俺が勝手に口を滑らせたことに対して怒る素振りを見せたものの、それは大した問題ではないらしい。

「彼女どんな子?可愛い?」
「可愛い!!めっちゃ好き!!」
「清々しい程のノロケだ」

むしろ言いたくて仕方がないんじゃないだろうか。

「で、どんな子なの?」
「え? 優しい!声が綺麗!字も綺麗!」
「あーうん、そういうことじゃなくてさあ……」

木兎さんは食い気味に答えてくれたけど、黒尾さんが聞きたいのはきっとそういうことじゃない。容姿のこととか具体的な性格のことを言えばいいのに。

「ちゅーした?」
「えっ!」
「付き合い始めたのは昨日ですよ」
「そうなんか」
「ちゅー……したい……」
「……」

ぼうっと呟く木兎さんに一抹の不安がよぎる。
木兎さんの弱点のひとつ、欲望に忠実すぎるところがある。勢いに任せてTPOを弁えずに告白してしまったのがいい例だ。
恋人とキスしたいと思うのは何も悪いことではないけれど、ちゃんと段階を踏まなければただの変態野郎と平手打ちを食らっても文句は言えない。

「木兎さん、焦ってはいけません。まずはデートをしましょう」
「デート!どこがいいかな!?俺魚釣りしたい!」
「女の子と魚釣りはアウトです」
「え、何で?楽しいじゃん!」
「魚釣りは今度黒尾さんと行ってください」
「オイ」
「わかった!」
「行かないよ?」

多分、十中八九、木兎さんに彼女ができたのは今回が初めてなんだろう。木兎さんは女子との付き合い方がわかっていない。俺もそこまで理解できてる自信は無いけれど、初デートで魚釣りは一般的ではないことくらいわかる。下手したら幻滅されて振られかねない。

「動物園とかでいいんじゃない?」
「動物園かー!パンダ見たい!」
「ちゃんとエスコートしろよー?」
「エスコート?」

動物園だったら木兎さんもみょうじさんもふたりとも楽しめるだろう。問題は木兎さんがちゃんとエスコートできるかだ。普段の木兎さんを見ている限り、パンダやらゴリラやらに夢中になってみょうじさんを振り回してしまうのが容易に想像できる。

「いいですか木兎さん。みょうじさんは木兎さんと違って歩幅が小さいです。テンション上げすぎて置いていってしまわないように手を繋いでください」
「わかった!」
「赤葦の保護者感に磨きがかかってきたな」

保護者と言われるのにもそろそろ慣れてきた。なんとでも言えばいい。もし初デートがうまくいかず振られでもしたら、その影響は計り知れない。

「それから体力も木兎さん程ありません。こまめに座らせてあげたり、お手洗いを気にしてあげたりしてください」
「おおう……」
「赤葦、木兎そろそろ覚えられないよ」
「ちゅーは?いつしたらいい?」
「……」

今の木兎さんは何よりも「キスしたい」という欲望が勝ってるようだ。気持ちはわかるけど……そんながっついたら引かれてしまうんじゃないだろうか。

「チャンスがあるとしたら帰り道ですかね。ただ、焦ってはいけません。強引にしたらみょうじさんは嫌がります」
「わ、わかった!」

間違っても自分勝手に無理矢理キスするなんてことがないようにしっかりと言い聞かせる。「みょうじさんが嫌がる」というフレーズはしっかりと理解したようだ。女心はわからないにしてもみょうじさんを悲しませたくないって意思は強いからきっと大丈夫だろう。

「じゃあデート誘ってくる!」
「今から!?」

木兎さんは行動力があるというかフットワークが軽すぎる。これは木兎さんの長所かもしれない。早速携帯を握りしめて部屋を出ていった。

「あっ、みょうじさ……じゃない、なまえ!GWの最後の日デートしよう!」

しかし木兎さんの声が大きすぎるせいで話してる内容は丸聞こえだ。みんな反笑いで耳を傾けている。

「うん、動物園行こうぜ!」

声のテンションからして、きっと今木兎さんは満面の笑みを浮かべているんだろう。幸せそうで何より。初めてのデートもどうか上手くいきますように。当日、俺までそわそわしてしまいそうだ。

「パンダ見て、手ェ繋いで、ちゅーしよ!」
「「「!?」」」

木兎さん……それは言っちゃダメです。


***(夢主視点)


「見て見て!パンダ寝てる!」
「ほんとだ!かわいー」
「あ!もう一匹いた!」

今日は木兎くんと初デートで動物園に来ている。昨日までずっと合宿だったのに、私の手を引いて忙しなく動き回る木兎くんは疲れを感じさせない程元気いっぱいだ。可愛いパンプスと迷ったけど、スニーカーにしてよかった。

「アッごめん疲れた!?座る!?」
「ううん、大丈夫だよ」

正直言って木兎くんはスマートにエスコートができるような人ではない。こうやって自分のペースで女の子をぐいぐい引っ張ってしまうのはあまり良く思われないかもしれない。
確かにいつもよりたくさん動いてはいるけど文句を言う程でもないし、疲労感より楽しさの方が勝ってるから私は気にならない。何より私のことを気遣ってくれる木兎くんの気持ちだけで嬉しい。あとは、せっかく繋いだ手を離したくないっていうのもある。動物を見てる時は大丈夫だったのに、一度意識してしまうとどんどん私の心臓は煩くなっていった。

「手ェ繋ぐのドキドキすんね!」
「!!」

そこに木兎くんが追い討ちをかけてくるものだから、もう爆発してしまうんじゃないかと思った。


***


「当たった?」
「ハズレだ!」

動物園を満喫した後は木兎くんオススメの駄菓子屋さんに連れていってもらった。いつぞや想像してみた通り、木兎くんと行く駄菓子屋さんはすごく楽しかった。小さい頃はこのお菓子が好きだったとか、よく見ると当たりが透けて見えるとか、駄菓子トークが止まらない。
駄菓子を食べながら歩く道中で、私はどうしてもそわそわと落ち着かなかった。何故ならばデートの約束をした電話で「ちゅーしよう」って言われたから。あんなこと言われて気にしないなんて無理だ。さすがの木兎くんも動物園や駄菓子屋さんでキスしようとはしなかった。というか多分楽しくて忘れてたんだと思う。
木兎くんとの電話のすぐ後に、赤葦くんから「木兎さんにはがっついてはいけないと教えておくので気にしないでください」という連絡が来た。当たり前のように赤葦くんに状況を把握されてるってことも恥ずかしくてしょうがなかった。

「……」
「……」

家に近づくにつれて木兎くんの口数が減ってきた。きっと木兎くんも意識している。木兎くんらしくガッとこないのは、赤葦くんに言われたことを気にしてるんだろうか。

「じゃ、じゃあ……」
「あ……」

そうこうしているうちに家に着いてしまった。繋いでいた手を離すと、木兎くんの眉毛が悲しそうに下がった。今日一日とても楽しかったのに、最後に見る木兎くんの顔がこの表情っていうのは嫌だ。

「えっと……うち、犬いるけど見てく?」
「え! うん!!」

動物園にいた時のような笑顔を見たくて、飼っている犬を口実に使ってしまった。家の庭に木兎くんを招き入れてすぐ近くにある犬小屋へ案内する。愛犬のマルは私に気が付くと尻尾を振って飛びついてきた。

「ワン!」
「おお、人懐こいなー!」
「うん」

マルは私にわしゃわしゃされて満足した後、木兎くんにも飛びついた。木兎くんはしゃがんでマルの相手をしてくれている。確かにマルは人見知りをあまりしないけど、初対面の人に飛びつくのは初めて見た。木兎くんはきっと動物に好かれるタイプだ。

「……木兎くん」
「ん?」

私も木兎くんの隣にしゃがみこんで、じっと木兎くんを見つめた。木兎くんと同じ高さで視線が合うなんて新鮮だ。
私が何故この至近距離で見つめてくるのか木兎くんにはわからないらしく、首を傾げた。もう忘れちゃったのかな。

「ちゅうは、しないの……?」
「!!」

自分の心臓が今までにないくらい煩く鳴ってるのを感じながら、思い切って言ってみた。私なりに精一杯誘ってみたつもりだ。
木兎くんがしたいと思ってくれたんだったらさせてあげたいし、キスをしたいって気持ちは私も同じだ。付き合うことになったんだから、キスを我慢する理由なんてない。

「へへ、すげー好き!」
「……うん。私も好き」

木兎くんの唇が優しく触れて離れた後、目を開けると満面の笑顔を浮かべた木兎くんがいた。うん、その顔が見たかった。木兎くんとの初デートは最高に幸せな気分で終わることができた。



( 2019.2 )
( 2022.7 修正 )

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