×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
01

 
「ぎゃふん」……そんな言葉、私の口から出てくるなんて思いもしなかった。

年が明けて1月2週目の土曜日。その日はめちゃくちゃ寒くて、前日に降った雪がまだあちこちに残っていた。数学の補習を受けるために登校していた私は、帰り道で盛大にこけた。
特に走っていたわけじゃない。理由を挙げるとしたらスマホをいじっていたから注意散漫になっていたのかもしれない。それにしても我ながら絵に描いたようなこけ方だったと思う。「すってんころりん」とか、そんな滑稽な効果音がお似合いだった。
突然の出来事に私は成す術もなく尻もちをついた。手をつくこともできなかった私の目には快晴が広がった。雲ひとつ無い快晴だ。
……恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。どうか誰にも見られていませんように。願いを込めてゆっくり起き上がった、その先にいたのは無慈悲にも知らない男の人だった。

「……」
「……」

いつからいたのかはわからないけどばっちり見られてた。今もなお思いきり見られている。無表情で見られている。羞恥心が一気にこみ上げてきて、私は1秒でも早くこの場から逃げたくて立ち上がった。

「ぎゃふん!」

そして凍結した地面で足を滑らせまた転んだ。今度は前のめりに転んだ。あ、やばいこれ絶対パンツ見えてる。もしかしたらさっきもパンツ見えてたかもしれない。え、うそ、恥ずかしすぎる。
しかもよりによって今日の私のパンツは毛糸のモコモコパンツ。腹巻と一体化になっているものすごく温かいヤツで、正面には羊の顔、お尻側には羊のしっぽが付いている。今朝がめっちゃ寒かったのと、補習も限られた人で午前中だけだったからこれで来てしまった。まさかこんなことになるなんて。JKとして何か大事なものを失ってしまった気がする。

「……」

今度こそ滑らないように慎重に起き上がって、振り返らずに走った。私の見間違いでなければ、男の子が着ていたジャージに稲荷崎って書いてあった気がする。
月曜日、学校行くの嫌やなあ。


***


そして月曜日。土曜日の精神的ダメージで重たい足を引きずって登校した。教室に辿り着くと、何やらざわざわと騒がしい。

「侑惜しかったなー!」
「2位やってすごいやんか!」
「うっさい、同情なんかいらんねん」

ざわめきの中心に居たのは宮侑くんで、何故かご機嫌ナナメだった。触らぬ神に祟りなし、怖いから近づかないでおこう。

「どしたん?」
「バレー部、春高全国2位やって」
「へー、すごいね」

全国2位なんてすごいことなのに侑くんは満足してないみたい。うちの男子バレー部はなかなかの強豪校らしく、確か夏くらいにはテレビの取材が来ていた。
私も友達と一緒に何回か応援に行ったことがある。ルールはよくわからんけどなんかすごいなあって思ったのは覚えている。あと、真っ黒の弾幕と真っ黒のユニフォームが印象に残っている。
そういえば、土曜日の男の子は背が高かった気がする。

「……」

私はそれ以上考えないようにした。


***

 
パンツ事件から早3ヶ月。寒い冬が終わり、桜が散り始めた頃に入学式が行われ、私は2年生に進級した。あの時は死ぬほど恥ずかしいと思ったけど、そんな気持ちも時間が解決をしてくれた。高校を卒業する頃には笑い話として友達に話せる日が来るかもしれない。
パンツを見られた相手は多分男子バレー部のスナくんっていう人だと思う。友達とバレー部の試合を観に行った時にあの時と同じ姿を見つけた。といっても私と彼に接点はないし、私自身目立つ生徒でもないからきっと彼の記憶には残っていないだろう。クラス同じにならなくて本当に良かった。おかげさまで今日まで平穏に過ごせている。

「みょうじちゃんまた同じクラスやーん」
「あ、うんよろしく」
「え、嫌なん? みょうじちゃん俺と同じクラス嫌なん?」
「そんなことないよ!」

侑くんとは今年も同じクラスだった。特別仲良しってわけでもないけど、こうやってフレンドリーな侑くんに声をかけられることは度々ある。正直少し苦手かもしれない。だって、侑くんは隙あらばこうやって私をいじってくる。私はモノをはっきり言えないし、関西人として特にうまい返しも出来ないから本当に困る。

「おい侑ー、バレー部呼んどるー」
「おー角名やん」
「!」

スナくん……その名前にドキリとした。珍しい名前だから多分この学校に一人しかおらんと思う。振り返った侑くん越しに見えたんは黒髪細目の男の子……スナくんや。
一人勝手にハラハラしながら侑くんと会話するスナくんを盗み見る。大丈夫、私のことなんて覚えてるはずないんだから。

「……!」

そんなことを考えていたらがっちりと視線が合ってしまった。スナくんは感情が読めない目でしっかりと私を見てきた。まさか、覚えとるわけないよね。私は逃げるように視線を逸らした。


***(角名視点)


春高決勝戦の帰り道、女子のパンツを見た。
語弊がないように説明すると決して故意に見たわけじゃない。俺の視界の中で女子が盛大にこけて、その結果スカートの中が見えてしまっただけだ。
女子のスカートの中なんて思春期の男子にはたまらないのかもしれないけど、残念ながら現実はそんな色めき立つようなものじゃなかった。だって、毛糸のパンツには流石に欲情できないでしょ。
だけど何故かパンツを見られて泣きそうになった女子の表情と、羊のしっぽが描かれた毛糸のパンツが忘れられなかった。制服からして同じ高校だってことはわかっていた。
そしてパンツを見てから3ヶ月後。俺の記憶の中にいつまでも残っていた毛糸のパンツの女子が、侑と同じクラスのみょうじさんと一致した。パンツを見られたことはしっかりと憶えているらしく、俺の顔を見る度にビクビクと怯えるその姿はまるで草食動物のようだ。

「侑あの子と仲良いよね」
「ん? あーみょうじちゃん? いじるとおもろいねん」
「ふーん」

話したことなんてないけど侑がいじりたくなるのもわかる気がした。テンパった時とか驚いた時、挙動不審で面白いんだよな。
今も俺と侑が話してるのを不安そうにチラチラ見てくる。転んでパンツ見られたこと、侑に言われないか心配しているんだろう。視線を合わせるとすぐに逸らされた。

「みょうじちゃーん!」

俺たちの関係性を知らない侑が無神経にもみょうじさんを呼んだ。みょうじさんはわかりやすく驚いて、警戒心丸出しで近づいてきた。何だろう……パンツの羊の印象が強いせいか、もはや縮こまって近づいてくるみょうじさん本人が羊っぽく思えてきた。

「こいつ角名。知っとる?」
「え、えっと……」
「初対面だよ。よろしく」
「あっ、うん……!」

別にあのことを他言するつもりはない。それを示したらみょうじさんは安心したようで、肩に入っていた力が抜けたように見えた。警戒心を解いてもらえたのなら何より。

「じゃあ俺戻る。ミーティングの件銀にも伝えといてよ」
「おー」
「……じゃあね、"ひつじさん"」
「!?」

去り際に意地悪をしたら真っ青な顔で見上げられた。俺はニヤける顔を見られないように踵を返す。これからもっと仲良くなれたらいいな。



( 2018.9-10 )
( 2022.5 修正 )

[ 5/127 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]