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after1

 
今日、初めて研磨くんの家にお泊りする。いや、初めてってわけでもないんだけど。恋人になってからは初めてだから全然心持ちが違うのである。ありとあらゆるシミュレーションをしてめちゃくちゃ入念に準備をしてきた。そう、入念に。
ピンポンを押すことにさえ緊張する。意を決して人差し指を構えた時に、鍵空いてるから勝手に入ってきてって言われてたのを思い出した。

「お、お邪魔しま〜〜す……」

ガラガラと引き戸を開けると、玄関に研磨くんのものではない靴が置かれていた。大きな男物の革靴だ。女物のハイヒールじゃなくて良かった。
お客さんが来てるのかな。それともご家族?そういえばここのお家で研磨くんのご両親と会ってない。深夜にもいなかったし、お仕事が忙しいんだろうか。研磨くんには手土産はいらないって言われてたけど一応用意した。印象が良いに越したことはないし。

「あれ、みょうじちゃん?」
「あ、黒尾さん!」

手前の部屋からひょこっと顔を出したのは黒尾さんだった。会うのは高校ぶりだったけどあまり変わってなかったからすぐにわかった。スーツ似合うな、かっこいい。
黒尾さんは研磨くんの幼馴染だ。高校の時、研磨くん経由で知り合って何回か話したことがある。

「研磨ァ〜〜どゆこと?んん?」
「……彼女」
「マジかー!」

私と研磨くんの関係を理解した黒尾さんは大きく口を開けて喜んでくれた。そういえば高校の時黒尾さんに「研磨のこと好きなの?」って聞かれた気がする。あの時は何て答えたんだろう。あまり憶えてないけど好きだとは言った気がする。
それにしても研磨くんの口から出た「彼女」という響きに感動した。涙出そう。

「黒尾さん今何してるんですか?」
「あ、申し遅れました。こういう者ですー」

黒尾さんが研磨くんの家にいること自体は疑問に思わないけどスーツをビシっと着て訪れてることには違和感を感じた。
おどけた口調で差し出された名刺を慣れない手つきで受け取る。名刺には馴染みの無い単語ばかりで、結局黒尾さんが何をしてるのか私にはわからなかった。

「?? すごいですね!」
「よくわかってないでしょ。バレーは楽しいスポーツですよーって広める人」
「なるほど」

小学生みたいな感想しか出てこない私に、黒尾さんは小学生でもわかる説明をしてくれた。さすが黒尾さんだ。広報課?みたいな認識でいいのかな。

「今日は動画の打ち合わせに来たんだけど……彼女来るなら言えよ」
「午前で終わるって話だったじゃん」
「動画?」
「アレ……もしかしてみょうじちゃん知らない感じ?」
「……」

黒尾さんは研磨くんとお仕事の打ち合わせをしていたらしい。大人になった今、幼馴染というだけでなく仕事上での繋がりもあるのかと感心すると同時に、「動画」という単語が引っかかった。

「コヅケンって聞いたことない?」
「あります」

コヅケンとは、今の日本に知らない人なんていないんじゃないかってくらい有名なユーチューバーである。実際動画を見たことはないけどネットニュースで取り上げられることも多いし、塾の生徒達が話題にしてるのをよく聞く。

「コヅケン」

未だ状況が理解できない私になんともいえない笑みを向けて、研磨くんを指さす黒尾さん。「コヅケン」と言って、研磨くんを指さす黒尾さん。

「……え!?」

コヅケン?研磨くん?んんん?コヅメ、ケンマ……?
え、ちょっと待って。今私ものすごい衝撃の事実を暴露されてるのでは。

「聞いてない!!」
「詳しく聞かれなかったし……嘘は言ってない」

最初に会った時、研磨くんはIT系の仕事をしてるって言ってた。嘘は言ってない……のか……?何で私はもっと詳しく聞かなかったんだ。あの時も確か「頭良さそう!」みたいな小学生みたいな感想しか出てこなかった気がする。
コヅケンって確かユーチューバーであると同時にプロゲーマーであって会社の代表取締役でもあったような……?同い年でこんなすごい人いるんだへぇーと、食パンをかじりながら思ったような……?

「あと手土産いらないって言ったじゃん。ここ俺の家だし」
「……は!?」
「おいおい、どんだけ伝えてないのよ」

この平屋のおうちは仕事場も兼ねた研磨くん個人のおうちなんだと黒尾さんがわかりやすく説明してくれて、手土産として持ってきたプリンの入った紙袋をナチュラルに奪われた。
確かに付き合う時にこれから知っていけばいい、なんて話をした。それにしても情報量が多すぎだよ研磨くん。

「こっちはいつでも扶養に入ってくれて構わないから」
「!」

CEOの言葉のなんと心強いことか。
尻すぼみで「もうしばらくは正社員で頑張ろうと思います。」と伝えたら、研磨くんが楽しそうに目を細めた。



( 2021.11 )
( 2022.7 修正 )

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