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02

 
翌朝、私はすっきりと目を覚ました。どれだけ飲んでも翌日に酔いは残さないのが私の取柄のひとつである。

「……夢か」

しかし変な夢を見た。研磨くんが私に言い寄るなんて。研磨くんへの淡い恋心は卒業式の日に清算したと思っていたのに、私ってけっこう未練がましい女だったのかもしれない。

「やっと起きた」
「!?」

ふと顔を横に向けたら研磨くんがいた。着ているジャージは音駒高校のものだ。わかるわかる、ジャージ部屋着にするよね私もしてる。なんてどうでもいい事を考えてから状況を把握した。
そうだ、はっきりと記憶に残っているアレは夢なんかじゃない。街コンの帰りに研磨くんに会って、居酒屋で飲んで、研磨くんの家にお邪魔して……なんやかんやあって一夜が明けたわけだ。その「なんやかんや」にいかがわしいことが含まれないことを祈る。きっと大丈夫、私の理性はあれくらいのアルコールじゃ崩れないはずだし、研磨くんがそんなことをするはずがない……と、思う。多分。

「あ、あれー?私寝ちゃった?やだー!」
「ねえ、昨日のことどこまで憶えてる?」
「!」

精一杯おどけてみせたけど研磨くんが私のノリに乗ってくれるわけがなかった。
どこまで憶えてるかと聞かれたら、研磨くんに「俺の扶養に入ればいい」という爆弾発言をされて意味がわからなさすぎて吐きそうになって、ベッドに横にならせてもらったところまで憶えている。質の良いマットレスのおかげで秒で落ちたからいかがわしいことはなかったはずだ。

「え、と……私何かやらかした?もしかしてゲロ吐いた!?」
「キスしたの憶えてないの?」
「えっ、キスはしてないと思う!!」
「憶えてるみたいだね」
「アッ」

あんなことを言われた後どうやって接すればいいかわからない。しらばっくれたら秒でバレた。私が研磨くんを出し抜けるはずがなかった。

「あの、私今日も街コンがあるので……」
「ふーん……行くの?」
「そりゃ、予約したし……」

今月は婚活強化月間のため毎週末は予定がびっしり入っている。
別に私が街コンに行こうが合コンに行こうが研磨くんには関係ないはずなのに、細められた研磨くんの目は気に入らないと訴えているような気がして何故かうしろめたくなった。

「行ってもいいけど、昨日のことは忘れないでね」
「は、はい……」

何で研磨くんにそんなこと言われなきゃいけないのよ!とプリプリ怒ることもできず、私は他人行儀な返事をして逃げた。


***
 

結局研磨くんの顔がチラついて街コンには全然集中できず、ご飯を食べて帰るというただの食事会に終わった。「忘れないでね」って何よ。何なのよあの色気は。あんな研磨くん知らない。忘れられるわけがない。
別に結婚相手に多くを望んでるわけじゃない。普通の結婚がしたい……20歳を過ぎた頃からそう思っていたけどそもそも"結婚"そのものが普通のことではなかったのだ。そのことに気付けたのは20代後半に差し掛かった時だった。
研磨くんに「俺の扶養に入ればいいじゃん」って言われたわけだけど、私と研磨くんがケッコンするのは想像できない。あ、でも扶養って別に婚姻関係じゃなくてもいいのか。んん?もしかして結婚とかじゃなくて、研磨くんは単に同情して言ってくれた可能性がワンチャンあるのでは。だとしたら恥ずかしすぎるんだけど。まあ、連絡先知らないしもう会うことはないだろう。

「みょうじさん、メシ行きません?」
「え!たまくんが誘ってくれるなんて珍しい!行く!」

以上のことを職場で悶々と考えていた私を、後輩のたまくんが食事に誘ってくれた。上司の誘いであろうと淡々と断るあのたまくんが誘ってくれるなんて感動だ。私は二つ返事で頷いた。たまくんが私のこと好きだったらどうしよう。


***


「あ、いた」

どこに行って何を食べるのか聞いても頑なに教えてくれなかったたまくんが向かったのは、お店じゃなくて駅だった。そして「いた」と呟いたたまくんの視線の先には研磨くんの姿があった。

「ありがとう」
「いえ。じゃあ俺彼女と待ち合わせてるんで」
「えっ何で!?てかたまくん彼女いたの!?」
「失礼します」

いろんな驚きでツッコミが忙しい。たまくんは私の質問をスルーして行ってしまった。さっきまでたまくんが私のこと好きだったらどうしようなんて浮足立っていたけれど、なんだかんだいつものたまくんの対応に安心した。

「世間って狭いよね。球彦は部活の後輩」
「え、えーー……」

たまくんが音駒高校出身でバレー部だったなんて聞いてない。自分のことを話さないにも程がある。明日説教してやる。

「何食いたい?」
「……ラーメン」

どうやら研磨くんとご飯に行くことは決定らしい。研磨くんらしからぬ強引なやり方にきゅんとしてしまった自分がいて悔しい。
私の色気のない答えに研磨くんは笑って頷いた。高校の時はそんな笑顔見せてくれなかったくせに。ずるい。


***
 

しょっぱいものを食べた後は甘いものが食べたくなる、これ自然の摂理。みたいなことを零したら研磨くんちの冷凍庫にハーゲンダーツがあると聞いて、私は再び孤爪家にお邪魔していた。
私ってものすごくちょろい女なのでは?と自分でも思うけど、ラーメンを食べてる最中もここに来るまでも、研磨くんはビックリする程普通だった。あんなこと言ってきたくせにと文句の一つも言いたくなるけれど自らあの話題に触れることは出来なかった。
もしかして夢だったのかもしれない。あの無気力日本代表の研磨くんが女の子に対してガツガツくるなんて、普通に考えたらありえないもん。青春時代の思い出が蘇ってワーってなって、勝手に都合よく脳内変換していたのかもしれない。

「そういえば街コンどうだった?」
「別に、何もなかったけど」
「ふーん」

街コンのことを聞かれて正直に答えたらニヤニヤされた。「お前なんぞに何かあるわけがないだろう」って言われてるみたいで悔しい。

「帰る」
「泊まってもいいよ。送るのめんどいし」
「いいよ、駅近いし大丈夫」
「……本当に帰るの?」
「うん。ごちそうさま」

何もないとしても泊まるのはよくないことくらい、酔いがまわってない今ならわかる。
研磨くんは私と一緒に立ち上がって見送ってくれるのかと思いきや、私が手に持ったバッグをひったくって抱きしめてきた。後ろからまわされた研磨くんの腕ではなく、床に放られたバッグに視線がいったのは無意識の防衛本能だろうか。

「な、何を……」
「帰したくないって言ったつもりだったんだけど」

いや言ってない。帰したくないなんてそんな胸キュンフレーズ言われてない。私は研磨くんみたいに頭良くないんだから、はっきり言ってもらわないとわからないよ。

「……ねえ、本気?」
「うん」
「私だよ?」
「ふふ、うん」

自分で言うのもなんだけど研磨くんは私みたいな煩い女、絶対好きにはならないと思ってた。付き合えるなんて思ってなかったからこそ、高校の時に一方的な告白をしてけじめをつけたつもりだったのに。
こんな女でいいのかという意味を込めて聞いてみたら珍しい笑い声が洩れて、ぎゅっと抱き締める力が強くなった。だから、それじゃあわからないってば。

「適当に付き合ってやっぱり合いませんでした別れましょう、みたいなこと、研磨くんとしたくない」
「大丈夫なんじゃない?みょうじさんのことそれなりに理解してるつもりだよ」

こんな急展開信じろって方が難しいと思う。研磨くんだって人間だし、久しぶりに会ってテンションが変になってるだけかもしれない。冷静になって私という女を見た時に、「やっぱ違う」なんて思われたくない。
素直に思ってることを伝えると研磨くんはあっさり否定した。その声はいつも通り淡々と落ち着いている。

「みょうじさんも俺のことわかってるでしょ?」
「わ、わかんないよ。高校の時とは違うもん」
「まあ……そうだね。その違いを楽しむってのもいいんじゃない?」

私はこんな研磨くん知らない。高校生の男の子ではなくて大人の男性となった研磨くんはなんかいい匂いするし、髪の毛もサラサラしてるし、あったかいし……全部、何も知らなかった。もっと知りたい。今の研磨くんのこと。

「どう?」
「いい、かもしれない……ッ!」

私が絆された瞬間、言質は取ったと言わんばかりにキスをされた。ずるい。唇を塞がれてしまったら、もう撤回できないじゃん。

「……好きって言って」
「好きだよ。付き合って」
「うん」

まさかこんな形で婚活を終えることになるとは。
一生聞くことなんて無いと思っていた研磨くんの「好き」を何度も何度も噛み締めて、26歳となった彼の温もりをこの身にインプットさせた。



( 2021.10-11 )
( 2022.7 修正 )

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