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after2

 
なまえと付き合って2年目の春、同棲を始めた。
俺の職場となまえの職場の間にある築3年のマンションの3階。間取りは2LDK。なまえはやけにIHとバストイレ別にこだわっていたけど俺は築浅でWi-Fi環境さえ整っていればよかった。

「お、すごい片付いてる」
「でしょ!」

新しい家で過ごすのは今日で3日目だ。引越しのために2日間休みをとったけど、2人分の荷解きをするには少し足りなかった。
練習を終えて帰ってくるとリビングにあった段ボールは全部なくなっていて部屋の隅に畳まれていた。
生活感が見えない感じに仕上がった部屋を感心しながら見渡していくと、俺の部屋から持ってきた本棚の上になまえの部屋にあったインテリア小物が飾られているのを見つけた。2人で暮らしてるって感じがして無意識にニヤける。

「……何見てんの?」
「卒アル」
「俺のじゃん。懐かしー」

新しく買ったローテーブルに広げられていたのは稲荷崎高校の卒業アルバムだった。これを目にするには実に卒業式ぶりだ。確か兵庫から引っ越す時に段ボールに突っ込んで、そのままクローゼットの中に眠っていたと思う。

「倫太郎全然変わんないね」
「まあ……8年前だし」
「8年ってけっこうだよ。小学生が中学生になれるよ」
「はは、確かに」
「侑くんこの頃からイケメン!」
「はいはい」
「ジェラシー?」
「別に?」

と言いつつも勝手に次のページをめくった。
今こうやって見返してみるとやっぱり人並みに懐かしいと思う。高校生活は地元を離れて稲荷崎で過ごしたわけだけど、多分稲荷崎に行って侑や治と出会っていなかったらきっと俺は社会人でもバレーをやろうとは思わなかっただろう。
8年っていうのは名前が言った通り小学生が中学生になれるだけじゃなく、人をノスタルジーな気分にさせるには十分な年月だと思った。

「なまえのは無いの?」
「……無いよ」
「嘘だね。なまえは絶対写真とかアルバムとか捨てられないタイプ」
「……」

じとっと見つめるとわざとらしく視線を逸らされた。この反応は図星だ。俺でさえ卒業アルバムを捨てずに持っていたんだから、なまえはヘタしたら中学とか幼少期の写真も捨てられずに保管してそう。

「見せたくない。高校の私なんかもっさりしててダサいもん」
「いいじゃん、見たい」
「だーめ!ご飯食べよ!」
「えーー」

結局なまえはアルバムを見せてくれなかった。
探し出してやろうと思ったけどアルバムの在処は荷解きをしたなまえにしかわからない。いつか絶対見てやると心に決めて、とりあえず今回は諦めた。


***


「ひっ!?」

週末の朝、なまえの短い悲鳴で覚醒した。何か事件かと焦ったけどなまえの温もりは昨夜と変わらず俺の腕の中にある。

「え、え、誰……!?」

ただ、何かがおかしいってことにはすぐに気付いた。俺の腕の中にいたのはなまえの面影を持った女の子だった。10代後半くらいだろうか。思わず腕の力を緩めると彼女はその隙にするりと抜け出してベッドの端の壁に身を寄せた。俺を見る目は不安げに揺れている。
怖がらせてしまうとは理解しつつも状況を把握するためにジロジロと見させてもらう。確かに顔のパーツはなまえと同じ感じだ。似てるとかじゃなくて同じ。かと言ってなまえ本人かと聞かれると頷けない。決定的に顔が幼い。それに裸のまま寝たはずなのに服をきちんと着ているのはおかしい。ていうかセーラー服を着てる。

「なまえ……?」
「何で私の名前……」

万が一の可能性で名前を呼んでみたら彼女はそれが自分の名前であるかのような反応を示した。どうやらこの子はなまえで間違いないらしい。

「……いくつ?」
「18です」
「あ、怪しい者じゃないから!」
「……」

まさか自分がこんなセリフを言う日が来るなんて。
未だに状況は理解できていないけどまずは不審者でないことを弁明した。気付いたら上半身裸の男にベッドの上で抱きしめられてるなんて、女子高生からしたら怖いに決まってる。警察沙汰にでもなったら俺の人生が終わる。
「無害です」の意思表示として両手を挙げる俺を見て、なまえは一度だけこくりと頷いた。

「だ、誰ですか……?」
「えーと……角名倫太郎です」
「すなさん……?」

俺となまえが出会ったのは2年前。名乗ったところでこの頃のなまえが俺のことを知っているはずがなかった。

「俺もよくわかってないんだけど、今は2021年で……」
「!」
「……」

状況を説明してあげたいけど、俺だってわけわかんない状況なんだからうまく説明できない。
少しでも安心させるために「未来の恋人です」と説明した方がいいんだろうか。でも、それを言ったことによって変に意識されてしまって、俺となまえが付き合う未来が変わってしまうかもしれない……なんて映画や漫画の見過ぎだろうか。

「こ、恋人ですか……?」
「あー……うん、そうだよ」

そんな懸念は無意味だったようだ。まあ同じベッドで寝てたっていう状況からして言い逃れなんてできないか。
未来の恋人と知って多少警戒心は解けたのか、なまえは俺のことをじいっと見てきた。なまえの高校時代の恋愛は聞いたことないけどこの頃から侑みたいなのがタイプだったのかな。

「……がっかりした?」
「い、いえ!なんか、不思議で」
「うん、わけわかんないよね」

それにしても……まさかこんな形でなまえの高校生の姿を見ることができるなんて。「もさくてダサい」っていうのは綺麗に切り揃えられたパッツン前髪のことを言ってたんだろうか。確かに今のなまえがこの前髪にしたら笑うけど、若い子がしてる分には普通に可愛いと思うけどな。

「なんか、眠たくなってきました……」

こっちも不躾にジロジロと観察していると、なまえが重たそうに瞼を擦った。

「戻れるのかもしれないね」
「そうかも、ですね……」

なんとなくそんな感じがした。目に見えたサインは無いけど、目の前にあるなまえの存在感が薄くなっていくような気がして、この嘘みたいな状況が終わるんだと察した。
これが夢なのか現実なのか、もはやどうでもいい。またひとつ、俺の知らないなまえを知ることができて嬉しいと思う。ただ心配な事は、果たしてこれによって俺となまえの未来は変わってしまうのかということ。

「6年後、絶対また見つけるから」
「!」

変えてたまるか。どんななまえになっていたとしてもまた見つけて、俺のことを好きさせてやる。
頬を撫でるとなまえは気持ちよさそうに瞼を閉じた。


***


「!!」

ハッと目が醒める。動悸と汗がすごい。嫌な目覚め方だ。
真っ先に隣を確認すると、スヤスヤと寝息をたてるなまえが昨夜の姿のまま眠っていた。その無防備な姿を見てとりあえず安堵する。
いったいアレは何だったんだろうか。今となっては夢のように思えるけど、あの時は五感全てがきちんと働いてるように感じたし、俺の脳みそが生み出したにしては高校生のなまえはリアリティがあった。

「……む、いやあ……」
「おはよう」

人の気も知らないで熟睡するなまえの頬をつまんで起こした。重たげに開いた瞼から見える瞳は高校生の頃と変わらない。

「……倫太郎汗かいてる」
「変な夢見た」
「ふふ、怖かったの?」
「怖くねーし」

いつも通りのなまえであることに安心して、その存在を確かめるように抱きしめた。大丈夫、体温も質感も匂いも声も間違いなく俺の知ってるなまえだ。

「明日どっか行く?」
「んー……私美容院行こうかな。そろそろ髪切りたい」
「前髪パッツンも似合ってたよ」
「……え!? な、何で知ってるの!?」
「さあ?」

わざわざアルバムを見る必要はなくなった。なまえの高校生の姿は奇妙な経験とセットになって、一生俺の記憶から消えることはないだろう。
同棲を始めて1年以内には籍を入れたいと思っている。生涯を共にしていく中で、大事な節目はもちろん、布団の中でじゃれ合うようなこんな日常も思い出として残せていったらいいな。そう思って枕元のスマホを手に取り、インカメを構えた。

「……寝起きのスッピン撮らないでよ」
「個人で楽しむだけだからいいじゃん」

このスマホもそろそろ容量が写真でいっぱいになってきた。明日なまえが美容院に行ってる間、俺は機種変更しに行こうかな。



( 100万hitリクエスト企画より )

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