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02

 
角名くんから連絡先を貰ったものの、私は連絡できないでいた。しばらく近くでブラックジャッカルの試合は無いし、特に要件の無い文面を送るのは気が引けた。
「解説役として付き合う」とは言われても、どうしても知り合ったばかりの異性から連絡先を貰う意味を深読みしてしまう。期待しちゃいけないと言い聞かせても、気付いたら私の思考は角名くんに奪われていた。仕事のストレスも別のところで蓄積されていってなんだかモヤモヤする。侑くんが不足してるんだろうか。帰ったら侑くんの動画を見よう。

「あ」
「ど、どうも」

仕事終わりにバッタリと会ったのは角名くんだった。角名くんも仕事帰りなのか、カジュアルスーツを着ている。初めて会った居酒屋もこの辺だし、職場がこの近くなのかもしれない。

「仕事終わり?」
「うん、角名くんも?」
「うん。メシ行かない?」
「あ、うん」

さらりとご飯に誘われて流れるように頷いてしまった。

「食いたいものある?俺肉食いたい」
「じゃあ焼肉行こうよ」
「いいね」

普通、この前知り合ったばかりの名前と年齢しかしらない人とご飯なんて行くものだろうか。あまりにも角名くんがしれっとしてるから感覚が麻痺してるような気がする。


***


「ご飯頼む?」
「俺はいいかな」

私達が入ったのは全国でチェーン展開をしている焼き肉屋さん。比較的色気のない場所だから変に気を張る必要が無いのはありがたかった。
肉と白米を一緒に食べると太るって聞いたような気がする。時間もそこそこ遅いし、私もお米はやめておこう。

「会社この近くなの?」
「家が近くなんだ。よくこの辺でメシ食ってる」
「へー」

ということは角名くんは一人暮らしなのかな。少し気になったけど、今この質問をしたら意識してると思われそうだからやめておいた。別に角名くんが一人暮らしであろうとなかろうと、私には支障のないことだ。

「また会えて良かった」
「えっ」
「みょうじさん全然連絡してくれないから」
「だって、最近試合ないし……」

角名くんはさらっと思わせぶりなことを言ってくるからびっくりする。ニヤニヤしてるし、今のはきっと連絡をなかなかしてこなかった私に嫌味を言いたかっただけだ、気にしちゃいけない。
でもそうなると角名くんが私の連絡を待っていたみたいなんだけど……いやいやこれも深く考えちゃいけない。

「ねえ、今スタンプでも何でもいいから送ってよ」
「あ、うん」
「……ありがと」

言われるがままに無料スタンプをぽんと送ると、それを確認した角名くんが満足げに笑った。何でそんな嬉しそうな顔するのずるい。また変に期待してしまうからやめてほしい。

「角名くんってお仕事何してるの?」
「……普通の会社員だよ」
「へー」
「みょうじさんは?」
「私は役所」
「安定の公務員ってやつ?」
「そうそれ」

角名くんとの食事は普通に楽しかった。特別大人な展開があるわけでもなく健全に21時前に解散した。いや別に期待してないし。
寝る前に角名くんから「今日はありがとう」と連絡が来て、結局その日は侑くんの動画を見ることなく就寝した。


***
 

一緒に焼肉を食べたあの日から、角名くんとは毎日ではないにしても連絡を取り合うようになった。角名くんから侑くん情報を貰って、そこから何気ない世間話に派生していくっていうのがパターンだ。
角名くんは謎が多い。焼肉を食べに行った日も結局何の仕事をしてるか具体的には教えてくれなかったし、トーク画面でも仕事の話は一切しない。土日休みと言う割には休日は忙しいみたいで、朝送ったメッセージの返事が夜に帰ってくることは珍しくなかった。
それから、侑くん情報にやけに詳しいことも気になる。侑くんが出演するテレビとかラジオとか雑誌を教えてくれるのはありがたいんだけど、どこでその情報を仕入れてるんだろう。下手したら公式発表より早いんじゃないかって時がある。

そんな素性の知れない角名くんのことが気になっている……これはもう誤魔化しきれない事実として受け止めていた。もっと角名くんのことを知りたい。角名くんがどういう気持ちで私と連絡を取り合ってるのかを知りたい。
期待した分後がつらくなるって前の恋愛で学んだはずなのに、性懲りもなく私は淡い期待を抱いてしまっている。

"この試合一緒に観に行かない?"

勇気を出して今月末のブラックジャッカルの試合観戦に誘ってみた。相手は地元企業、東日本製紙のチームRAIJINというところ。角名くんを誘う口実として色々調べて、初めて県内にもプロバレーチームがあることを知った。

"ごめん、その日出張"

返事はすぐにきたけど残念な結果に終わってしまった。日曜日に出張なんてあるの?そう思ったけどそれを直接聞く勇気はない。社交辞令を真に受けてバカな女だと思われちゃっただろうか。

"代わりに明日の夜ヒマ? ご飯行こうよ"

続けて送られてきた文面を見て、沈んだ心が一瞬にして浮ついた。ご飯に誘ってもらえた。これって普通にデートなのでは。
断る理由はない。角名くんの私に対する印象が少しでもよくなるようにと、出来る限り丁寧で愛想の良い文章を考えた。


***(角名視点)

 
初めてみょうじさんを見たのは今年の春。
一応選手としてアルコールは控えているけどたまに飲みたくなる時がある。月に2回くらい行く居酒屋で、会話が聞こえてきたのがきっかけだった。

「バレー選手ってこんなかっこいい人いるんだね!眼福だった!」
「でしょー?」

斜め前のテーブルにいたのは同年代くらいの女性2人で、一冊のパンフレットをテーブルに広げて盛り上がっていた。

「私のオススメはねー、佐久早くんと影山くん!」
「あー好きそう。私は断然侑くんだなー!」

その日はこっちでブラックジャッカルの試合があったからそれを観た帰りだろうか。バレーのファンというよりは選手のファンだと思われる。目的が何であれバレー界が盛り上がるのはいいことだ。チームだってタダで運営できるわけじゃないし。
最近「にわかファン」というワードをよく聞くけど、こういうファンも大事にした方が良い。どうせなら地元のチームを応援してほしいとは、多少思うけど。

「サイン貰えなかったなー」
「侑くんのファンって結構強めだよね」
「うん。あの中掻き分けていく勇気はなかった」

ちなみにその侑はこの近くのホテルに泊まっている。どこか美味しい焼肉の店がないかと聞かれたから案外近くにいるかもしれない。

「あのファンをちゃんと調教してる侑くんやばいよね」
「調教って!」
「だってサーブの時とか!」
「あれねー、高校の時かららしいよ」
「何それ根っからのドSじゃん最高」
「名前Mだっけ?」
「ちょいSだけどドSの前ではMになれる」
「あはは何それー」

アルコールが入ってるせいでそこそこ大きい声が出てることには気付いてないみたいだ。まあ、どこのテーブルも盛り上がってるから聞き耳を立ててるのは俺くらいかな。
全然知らない人だったけど会話の内容もあって興味をひかれた。横目で見ながらドSの前でMになるみょうじさんの姿を想像してしまった俺も、なかなかアルコールがまわっていたみたいだ。

次にみょうじさんを見たのはそれから1か月後くらいだった。また同じ居酒屋で、今度は会社の同僚と思われる女の人と2人で来ていた。

「3℃貰えると期待した涼子が悪い。いいじゃん、チョコレートでも」
「でもでも、2年目の記念日だったんだよ?」

今回の会話の内容は恋愛相談だった。2年目の記念日に期待していた物が貰えなくて喧嘩になったという、半ば惚気のような愚痴に付き合ってるようだ。

「期待するから腹立つんだから、最初から期待しなきゃいいのに」
「なまえちゃんは彼氏いないからそういうこと言えるんだよー」
「何だとコラ」

殺伐とした助言をする人だなと思った。でもまあ、言ってることは理解できる。高価なものを貰えるかもしれないと期待して勝手に基準値を作ってしまうから、それを下回った時に嫌な気持ちになる。だったら最初からハードルを低く設定しておけば揉めることはない。
……とは言っても20代でそういう考え方ができる人間は少ないと思う。相手が好きな人なら尚更だ。

「なまえちゃんは期待しないの?」
「私は……そんなことして貰える程可愛い女じゃないって思うようにしてる」
「名前ちゃんは可愛いよ!自信持っていいよ!」
「……」
「おっぱいでかいし!」
「乳かよ」

きっと過去の経験から傷つかないために、期待しないという処世術を学んだんだろう。この人に愛を与えたらどんな反応をするのかと考えてみたら楽しくて仕方がなかった。期待させて、その期待に応えてあげたい。
彼女が店を出る途中で落とした紙切れを拾って、これを利用しない手はないと心の中で微笑んだ。



( 2020.4-5 )
( 2022.7 修正 )

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