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- ナノ -
01

 
現代社会はストレスに溢れている。学生でさえ「ストレス」というワードを口にするんだから、社会人として働いていく以上ストレスは避けられない。
私は大学卒業後、安定を求めて地方公務員に就職した。世の中色んな人がいる。こだわりがやけに強い先輩とか、なかなか電話を取ろうとしないパートさんとか、何でこんな人に役職がついてるんだって思うおじさんとか。多分どの職業を選んでもそういった人はいるものなんだと思う。
ストレスのない生活を送ろうなんて言っても無理なんだから、趣味や好きなもので適度に発散しつつうまくストレスと付き合っていくのが大事だ。

(早く日曜日になれ……)

私の場合、バレーのプロリーグ観戦を楽しみに日々のストレスに立ち向かっている。友人がチケット余ったからと誘ってくれたのをきっかけにどっぷりとハマってしまった。
……と言ってもバレーというスポーツ自体に魅了されたわけではない。正直細かいルールはあまり理解していない。

(早く侑くんに会いたい……)

何がいいって、選手がかっこいい……それに尽きる。最近のバレー選手はイケメンが多いらしく、友人曰く「妖怪世代は顔面偏差値高い」とのことだ。私の推しはブラックジャッカルのセッター、宮侑くんである。顔がもろにタイプで関西特有の方言がまたたまらない。侑くんは日々のストレスで枯れかけていた私の乙女心を一瞬で蘇らせてくれた。

「なまえちゃん今日ご飯行こおぉーー」
「えー……」
「マサくんと喧嘩した……もうダメかも……」
「また?逆によくそんな喧嘩のネタあるね」
「今回のはマジないから!話聞いてよおー」
「はいはい」

今日は金曜日。同僚の愚痴と見せかけた惚気話に付き合って今週の仕事はおしまい。日曜日に侑くんに会えると思えばこのくらいどうってことない。


***


「はああ……」

翌日、私は昨日訪れた居酒屋周辺をウロウロしていた。明日の試合のチケットを失くしてしまったのだ。居酒屋に行く前にコンビニで交換して、大事にバッグに仕舞ったのは間違いない。家に帰った時に失くしたことに気付いたから、落としたとしたらきっと居酒屋から家に行くまでのどこかだ。
ただ、今私の手元には1枚のチケットがある。これは一緒に行くと約束していた友人の分。昨夜チケットを失くしたことに気づいてすぐに連絡を入れたら、「じゃあ私のあげる」とあっさり言われてしまった。なんでも最近いい感じの人がいてデートに行きたいからとのことだった。
別にまあ、いいんだけど。友人に彼氏ができそうならそれは喜ばしいことだし、私も無事に観戦に行けるなら万々歳なわけだし。と言い聞かせながらも、心のどこかでは少し寂しかった。
それでもなんとなく気になってしまって、友人からチケットを受け取った帰り道に寄ってしまった。

「あの……昨日コレ、落としませんでしたか?」
「!」

昼間は閉まっている居酒屋の周りをウロウロする怪しい私に声をかけたのは見知らぬ男性だった。警戒すべき状況なのかもしれないけど、その男性が持っていたチケットによって私は一瞬で絆された。

「は、はい!」
「良かった。昨日落としたのを見て……すぐ声をかければ良かったんですけど」
「いえ全然!ありがとうございます」

こんな針の穴に糸を通すようなことがあるなんて。これと言って徳を積んだ覚えはないのに。こんな手がかりが少ない状況で持ち主を探してくれる優しい人がいるっていう事実だけで救われた気がした。

「……バレー好きなんですか?」
「あ、はい」
「ブラックジャッカル、最近順位上げてきてますよね」
「! お兄さんもバレー好きなんですか?」
「まあ……そうですね」

チケットを拾ってくれたお兄さんはどうやらVリーグに詳しいらしい。これもまたすごい偶然だ。
ちなみに私は侑くんのかっこよさにしか注目していないから、ブラックジャッカルの順位とかは全然把握していない。せっかく話題を提供してくれたのに大して膨らませることもできなくて申し訳ない。

「もし良かったらそのチケットどうぞ」
「え……」
「友人が来れなくなっちゃったんです」

どうせ余るんだったら、このバレー好きなお兄さんに使ってもらった方が良い。なんなら侑くん目当てのにわかファンである私より、純粋にバレーが好きそうなお兄さんに来てもらった方がこのチケットも浮かばれると思う。

「じゃあ……戴きます。お金は明日払いますね」
「あ、お気になさらず……」
「払いますよ。俺もこの試合観たかったし」
「じゃあ……すみません」
「謝る必要ないっすよ」

うっすらと笑ったお兄さんに、女の私でも持ち得ない色気を感じてドキドキしてしまった。身長も高いしスラっとしてる。侑くんとは違ったタイプのかっこよさだ。

「じゃあ、また明日」
「あ……はい」

「また明日」と言われてハッとした。今回私達がとったのは指定席のチケット……つまり私は明日、今日知り合った名前も知らないお兄さんの隣で観戦をするということだ。なんか、変な感じ。


***
 

「あ、どうも」
「こんにちは」

開場10分後くらいに行くと、隣の席には既に昨日のお兄さんが座っていた。マスクしてる姿を見て、ブラックジャッカルの佐久早くんはバレーの時以外はほぼマスクをしているという友人のプチ情報を思い出した。聞き流したつもりだったけど案外頭に入ってるもんだ。

「お腹空いてます?」
「少し」
「よかったらどうぞ」
「えっ、いいんですか?」

お兄さんがくれたビニール袋にはおにぎりが入っていた。移動時間も考えてお昼ご飯を早めにとっていて、ちょうど小腹が空いた頃だったからありがたい。

「美味しい!」
「そこのおにぎり美味いんすよ」
「へー!」

ビニール袋には「おにぎり宮」という字がプリントされていた。宮って、侑くんの名字と同じだ。兵庫に本店があるお店でVリーグの試合がある時、たまに出店してるらしい。今度私も買ってみようかな。

「俺、角名っていいます」
「あ、私はみょうじです」
「年齢聞いてもいいですか?」
「24です」
「じゃあ同い年だ」
「本当?」

今更ながらお互いに自己紹介をする。同い年とわかって角名くんの口調がくだけた感じになったから私も便乗して敬語はやめることにした。

「始まるみたいだね」
「!」

音楽が鳴り始めて選手達が入場してきた。まずはブラックジャッカルから。佐久早くん、侑くんが出てくると特にきゃあきゃあした歓声が増えた気がする。
私も侑くんの姿を見て心の中で黄色い声をあげる。いつもなら友人と二人で騒いでいるところだけど、さすがに角名くんの隣でそんな姿は見せられない。

「……侑のファン?」
「えっ、何でわかったの?」
「侑見てニヤニヤしてたから」
「ば、バレたかー」

平然を装っていたのにあっけなくバレてしまった。そんなにニヤニヤしてただろうか。まあ別に隠すことでもないからいいんだけど。

「何で侑なの?」
「か、顔がかっこいいから」
「ふーん」
「ごめん、にわかで」
「いいんじゃない?どんな理由でも会場に足を運んでもらえるだけでチーム側は嬉しいと思うよ」
「そ、そうかな」

イケメン選手の追っかけとわかったら引かれてしまうかと思ったけど角名くんはすんなり肯定してくれて安心した。チーム側としての見方ができるなんて、競技としてのバレーボールが好きなんだろうなと思った。

「バレーやってたの?」
「まあ……うん、ちょっとね」
「やっぱり!」

角名くんは学生の時バレー部だったようで、早すぎる展開についていけてない私にひとつひとつのプレーだとかその意味だとかをわかりやすく解説してくれた。

「ありがとう、角名くんのおかげでもっとバレー楽しめるようになった!」
「どういたしまして」

角名くんのおかげで今更ながらバレーのルールをしっかり理解できた気がする。ひとつ、ふたつのプレーが繋がっていてその中でいろんな駆け引きがあることを知りながら見るとまた別の楽しみ方が出来たし、顔だけじゃなくてプレーヤーとしても侑くんはすごい人だったんだとますます好きになれた。
今日は特にあっという間だった。試合はブラックジャッカルのストレート勝ちで侑くんもご機嫌ニコニコ顔だ。かっこいい。

「俺用事あるからそろそろ帰るね」
「うん、本当にありがとう」
「良かったらまた解説役として付き合うよ」
「……!」

試合終了後のセレモニーの途中で角名くんは席を立った。
去り際に渡された封筒には多分今日のチケット代金が入ってるんだろうけど、中を確認するよりも先に封筒に書かれたアルファベットの羅列が目に入った。多分これ、角名くんの連絡先だ。トークアプリのIDだと思われる。そう認識した時にはもう角名くんは背を向けていた。
連絡先を教えてくれたのは本当に解説するためなのか、それとも……。そんなことを考えたら最後に見た角名くんの笑顔がしばらく頭から離れなかった。



( 2020.4-5 )
( 2022.7 修正 )

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