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04

 
国見くんも私も噂を否定しなかったことで、翌日には社内公認カップルのような扱いを受けた。同期は根掘り葉掘り聞いてくるし部長はニヤニヤ生暖かい視線を送ってくる。国見くんの方もいろいろ言われてるみたいだ。
とてもめんどくさい状況になってるはずなのに、国見くんは文句を言うこともなく途中で見放すこともなく、律儀に毎日私を家まで送ってくれた。実際「男避け」という表現は間違ってはいなくて、おかげさまで男性社員から誘われることは一切なくなった。

「国見くんかわいーい!」
「はあ、どうも」

一方で国見くんの方は女性社員……特に先輩に絡まれることが多くなったような気がする。同期に聞いたら「最近話しかけやすい雰囲気になった」と言っていた。その変化は私にはよくわからなかった。

「可愛いって言われるの嫌じゃないの?」
「どうも思ってない人に可愛いと言われようがブサイクと言われようが、どっちでもいいんで」
「おおう……」

よく「可愛い」と言われて喜ぶ男はいないと聞くけれど、国見くんは何とも思っていないようだ。理由が辛辣で国見くんらしいなと思った。

「あ、今日スーパー寄ってくから送らなくて大丈夫だよ」
「何でそうなるんですか。付き合いますよそのくらい」

付き合ってるフリをして送ってくれるってだけでも申し訳ないのに、買い物にまで付き合わせるわけにはいかないと思った私の申し出を国見くんは一蹴した。
その優しさにきゅんとしてしまった。国見くんの時間を私のために使ってくれることが嬉しいだなんて、我ながら呆れてしまう。

「わかった。何か食べたいのある?」
「え?」
「作る、けど……」
「じゃあハンバーグがいいです」
「……ふふ」

何か少しでも国見くんにメリットを与えたい。そんな褒められる程の腕はないけど定番料理ならそれなりに作れるはずだ。思いのほか国見くんから可愛いリクエストが出てきて笑ってしまった。

「何ですか」
「可愛い」
「やめてください、怒りますよ」

正直に「可愛い」と伝えると国見くんは眉間に皺を寄せて不機嫌になってしまった。何でよ、さっきは怒らなかったくせに。それだと私は「どうも思ってない人」ではないってことになっちゃうんだけど。そんな浮かれた思考はすぐに打ち消した。


***


「じゃあ帰ります」
「うん」

国見くんはハンバーグを食べ終わったらすぐに帰っていった。
一緒に食材を買ったり料理をしたり、いくら恋人らしいことをしても本当に付き合ってるわけではない。最初はそれが安心できた。国見くんなら変な下心がないからストーカーのことも相談できたし頼ることもできた。
でも今は……少しくらいそういう目で見て欲しいと思ってしまっている自分がいた。あの時は不安を紛らわせるために手を繋いでほしかった。今は不安とか関係なしに国見くんに触れたい。まだ帰ってほしくない。
でも私に国見くんを引き留める権利なんてない。助けてもらった後輩を好きになるなんて、自分の単純さが嫌になる。ダメだ、抑えなきゃ。国見くんの善意を仇で返すようなことはできない。


***


日曜日、1ヵ月くらい前から約束していた高校の友達4人とのご飯では例の如く恋バナになり、何かないのかと問い詰められて国見くんのことを話してしまった。「別に好きってわけじゃないんだけど」という私の前置きを無視して、友人達は大いに盛り上がった。テンションが上がってるところに水を差すのも悪いと思って強く否定しなかったけど、友人に国見くんはいい男だと評価を貰って何故か嬉しく思った。
楽しい時間の余韻が残った浮かれ気分で家に到着し、鍵を開けた瞬間だった。

「ッ!?」

グッと後ろから羽交い絞めにされて身動きが取れなくなる。口を塞がれたことによって叫ぶこともできず、中に引きずり込まれた。鍵の閉まる音が聞こえて、玄関に倒れ込んだ私を見下ろす男と目が合ったところで自分の置かれた状況を理解した。

「なまえ……」

私の名前を呼んだのは大学の時に付き合っていた人……私のあとをつけたり郵便受けを漁ったりした、パーカーの男だった。

「俺のこと警察に言っただろ……ストーカーだなんて心外だなぁ」

警察からの忠告と国見くんの送迎のおかげでしばらくストーカーの気配は無かったから油断していた。捕まったわけじゃないんだからもっと注意を払うべきだった。なんて、今更後悔しても遅い。

「なあ、やり直そうよ」
「や、やだッ……!」

彼は私に覆い被さって、いやらしい手つきで体を撫でまわしてきた。嫌だ、気持ち悪い。振り払おうにも力で敵うはずもなく、私がいくら足掻いたところで彼の手が止まることはなかった。

「ずっと後悔してたんだよ……お前を抱けなかったこと」

やっぱりそういうことが目的だったんだ。これからされることを想像して怖くてたまらなくなった。抵抗する腕にも思うように力が入らない。

「今の彼氏とはヤってんのに、何で俺の時はヤらせてくれなかったの?」
「違うっ、彼氏じゃない!」
「セフレ? ビッチじゃん」
「なッ……」

言い返そうにも荒々しく唇を押し付けられて何も言えなくなってしまった。悔しい。私と国見くんの関係をそんな言葉で表現しないで。私のことは何とでも言えばいいけど、国見くんまで侮辱されたような気がして腹立たしかった。

「チッ……何だよタイミングわりーな」
「っ……」

下着に触れたところで突き放された。多分生理用ナプキンの存在を確認したからだろう。
床に打った頭が痛い。彼が離れたこの隙に、ポケットの中のスマホを操作して警察か国見くんに連絡を入れられるだろうか。

「アイツの家も俺わかってんだぜ?」
「!」

その言葉を聞いてポケットに伸ばそうとした手を止めた。確かに、最初にあとをつけられた時国見くんの家まで彼もついてきている。これは脅しだ。私の態度次第で、国見くんにも危害が及んでしまうかもしれない。

「迷惑かけたくなかったら、どうすればいいかわかるよな?」
「……」


***(国見視点)

 
「あれ、今日みょうじさんメガネなんですね」
「うん、コンタクト切らしちゃって」

月曜日の朝、珍しいみょうじさんのメガネ姿は周囲の注目を集めていた。

「おい国見ぃ〜」
「……何?」

俺も美人はメガネも似合うなとぼんやり見ていると、同期の佐藤がニヤニヤ顔で声をかけてきた。

「昨日はお愉しみだったんだろ?」
「……は?何でそうなんの」
「メガネなのはお泊りコースだったからじゃねーの?」
「……」

メガネをかけてるってだけでそういう風に邪推されるのか。もちろんそんな事実は一切ない。そもそも付き合ってないし。

「女子達がタートルネックなのも怪しいって言ってたぞ」

確かにそこは多少の違和感を感じる。首を覆い隠すのは季節的にまだ早い。
じっと見てたら一瞬目が合ってすぐに逸らされた。明らかに様子がおかしい。今日メガネをかけてる理由は単にコンタクトを切らしたからではない気がした。それに、少し目が腫れてるように見える。泣き腫らした目にコンタクトを入れられなくてメガネをかけているのだとしたら、その原因は何だ。考え始めたら仕事どころじゃなくなった。

「みょうじさん、ちょっといいですか」
「ごめん、午後からの研修の準備しなきゃだから……」
「手伝います。第一会議室ですよね?」
「あ、ちょっと……!」

みょうじさんが席を立ったタイミングを見計らって声をかけた。みょうじさんは俺と目を合わせようともせず去ろうとしたから、俺はみょうじさんが持っていた資料を強引に奪って先に会議室に入った。

「……」
「……」

机や椅子を並べてる間も会話はない。目も合わせてくれない。意識的に距離をとられてるのは明らかだ。
一緒に帰ったり食事をしたりしていく中で少しずつ俺に心を許してくれてるのを感じていたというのに、いきなりこんなよそよそしい態度を取られるのは正直心外だ。

「みょうじさん」
「もう送ってもらわなくて大丈夫だから」
「……何でですか」
「警察が忠告してくれたから」
「そのくらいで引き下がると思うんですか?」

俺の言葉を遮るように突然言われた。元恋人をストーカーするような奴が、警察から忠告を受けたくらいで諦めるだろうか。その理由は俺を遠ざけるための口実にしか聞こえなかった。みょうじさんに嫌われるようなことをした覚えはない。

「大丈夫だよ、今までありがとう」
「全然大丈夫な顔してないのわかってます?」
「!」

みょうじさんの「大丈夫」は全く信用ならない。みょうじさんの笑顔をたくさん見てきた俺に、そんな作り笑いが通用するとでも思ったのか。頑なに本当のことを言おうとしないみょうじさんに腹が立って、高圧的に壁に追い込んだ。年下だとか後輩だとか、今は関係ない。

「アイツが来たんですか」
「……」
「何かされたんですか」
「……」

おそらく俺がそばにいなかった土日に何かがあった……そう考えるのが妥当だ。この様子からして大体どんなことがあったのかは想像が出来る。言いにくいことなのかもしれないけど、俺に頼らなかったら誰に頼るんだよ。

「キスしますよ」
「……え、」

言いたくないなら言わないでいいから、俺に縋ってほしい。弱みは全部俺に見せて、弱音だって全部ぶつけてほしい。そんな想いを込めてみょうじさんにキスをした。拒絶する間はちゃんと与えから、受け入れたみょうじさんも共犯だ。

「……何で泣くんですか」
「だって……こんな優しいキス、しないで……」
「……」
「ん……」

唇を離した後、みょうじさんは泣いていた。でもそれは拒絶の涙ではない。
涙目で見上げてくるみょうじさんがあまりにも扇情的で胸の奥が騒いだ。欲望を押し付けるだけにならないように、出来るだけ優しく何度もキスをした。みょうじさんは俺のワイシャツをギュッと掴むだけで突き飛ばそうとはしない。

「国見くん……」
「今日も送りますから」
「……うん」

俺はもうみょうじさんに対して、取り返しのつかない感情を抱いてしまっている。今更突き放そうなんて無理なお願いだ。
少し強めに抱きしめると、みょうじさんは俺の胸の中で一回だけ頷いた。



( 2019.11-2020.1 )
( 2022.7 修正 )

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