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03

 
今日は残業コース確定だ。企業説明会の帰りに乗った電車が人身事故で長時間止まったせいで、帰社した時既に定時をまわっていた。

「!」
「……お疲れ様です」
「あ、うん、お疲れ様」

支店に戻ってすぐ国見くんの姿を見つけて驚いてしまった。定時を過ぎているのにまだパソコンに向かっているなんて珍しい。月末だから忙しいんだろうか。

「残業珍しいね」
「……まあ、たまには」


***


結局諸々の処理を終えて私が退社したのは夜の8時くらいだった。

"いつものコンビニで"

スマホをチェックすると、いつの間にか帰っていた国見くんから連絡が入っていた。時間は5分前。つい先程のものだ。「いつもの」と言う程馴染みの場所ではないけれど、どこのコンビニかはもちろんわかる。

「どうしたの?」
「暗いので送ります」
「えっ……」

雑誌コーナーにいた国見くんに声をかけると、読んでいた雑誌を元の場所に戻して淡々と言ってくれた。確かに今日は予想外に帰りが遅くなって辺りは真っ暗だ。この時間は人通りも少なくなってきて、ストーカーにとっては好都合な条件が揃っている。それを危惧して、コンビニで待っていてくれたんだろうか。

「何かあったら後味悪いんで」
「……ありがとう」

珍しく残業してたのももしかして……いや、それは考えすぎだ。調子に乗るな。

「警察には連絡しました?」
「うん。とりあえず経過観察で、パトロールを増やしてくれるって」
「解決にはなりませんね」

警察には連絡した。ただ相手の情報も証拠ないから対処のしようがないってところが実情だ。国見くんの言う通りすぐに解決には繋がらない。

「あ、うちあそこ……!?」

家の目の前まで来て思わず足を止めた。パーカーの男がエントランスの郵便受けを漁っている。おそらくこの前あとをつけてきた人だ。
怖くて動けないでいた私を国見くんが引っ張ってくれて死角に隠れた。まだ相手に私達の存在は気付かれていない。

「ちょっと待っててください」
「な、何するの?」
「証拠写真撮るだけですよ」

私の手を放して前に出た国見くんを引き止めた。直接接触するわけじゃなくても危険だ。そこまで迷惑はかけられないと思っても震えが止まらなくて、私は国見くんの大きな背中を見送ることしか出来なかった。

「もう行きましたよ」
「……」

1分もしないうちに国見くんは戻ってきた。パーカーの男ももうエントランスにはいないみたい。それを聞いても安心出来なかった。住んでるマンションを知られてしまった。郵便受けを漁っていたのは、きっと郵便物の宛名で私の部屋を特定するためだろう。

「……うち、来ますか?」
「……」

現実を受け止めたくなくて動けないでいる私を国見くんの整った顔が覗き込んだ。国見くんに下心がなくて、純粋に心配して言ってくれてるのはわかってる。うまく力が入らないこの体じゃあ国見くんの家まで移動できそうにないから、首を横に振った。でも国見くんとは別れたくない。

「一緒に……いてほしい……」
「!」

震える両手で国見くんの腕を掴んだ。怖いから一緒にいてほしいなんて子供みたいなお願いを後輩にしてしまうのが情けない。そんな私を国見くんは笑うことなく頷いて、安心させるように力強く手を握ってくれた。


***


「ごめん、適当に座って」
「はい」

男の人を家に呼ぶなんて何年振りだろう。国見くんの家より散らかってるけど、今はそんなこと気にしている余裕はない。

「みょうじさん……」
「ごめん、怖い……」

家に招いたくせにお茶の一杯も出せなくて、私はビーズクッションの上に倒れこんだ。柔らかい物に包まれると安心する。

「……!」
「こうすると安心するって、前に言ってたので」
「……うん」

国見くんは私の隣に腰を下ろしてぎゅっと手を握ってくれた。そういえばこの前泊まってしまった時にそんなことを言ったような気がする。抹消した恥ずかしい記憶を思い出させないでほしいけど、確かに国見くんの温もりは心地よくて少し落ち着いた。

「写真見れますか?」
「……うん」

手は繋いだままスマホの画面を見せてもらう。エントランスの照明のおかげで男の顔がはっきりと映っていて、私はその顔に見覚えがあった。

「多分だけど……大学の時付き合ってた人だと思う……」

私が大学の時に付き合っていた4つ年上の会社員に顔も背格好もよく似ていた。思い返してみたらあまりいい別れ方ではなかったと思う。でも、何で今更。彼と別れたのは5年も前のことだ。

「明日は会社休んで警察行きましょう。俺も付き合います」
「でも……」

証拠写真があれば警察も何か動いてくれるかもしれない。一緒に付き添ってくれるのは心強いけど会社を休ませてしまうのは申し訳ないし、平日に合わせて休んだらさすがに勘ぐられてしまう気がする。

「一緒に休んだら変な噂がたつかも……」
「俺は別にいいですよ」
「!」

真顔で言われてドキっとした。それは、私とそういう関係になってもいいと言ってるように聞こえてしまう。

「……男避けとして遣ってもいいってことです」
「そっか……っていいわけないでしょ、もう」

変な期待をしてしまった自分が恥ずかしい。ここまでお世話になった国見くんを男避けとして利用するなんて、そんな失礼なこと出来るわけがない。

「ご飯食べてく? カレーでよければ」
「……はい、頂きます」

国見くんのわかりにくい冗談のおかげでだいぶ落ち着きを取り戻せた。


***
 

昨日は晩ご飯だけ食べて国見くんは一旦帰り、今日改めて待ち合わせをしてふたりで警察に行った。国見くんが目撃者として証言をしてくれたおかげで話はスムーズに進んだ。私の元恋人を容疑者として捜査してくれるとのことだった。まだ解決したわけではないけど、これでだいぶ気持ちが楽になった。
帰り道、付き合ってくれたお礼に国見くんにお昼ご飯を奢ることにした。入ったお店は老舗の喫茶店。オムライスが美味しいと私が言うと国見くんはそれを頼んだ。私も同じものを頼んで、先に来たアイスコーヒーのグラスに口をつける。

「そんな酷い振り方したんですか?」
「振ったのは向こうだよ」

私から振ったわけじゃない。当時大学生だった私から見たら社会人の彼は大人で、すごく優しい人だった。とてもこんなことをするような人じゃなかったのに。
ただ、心当たりはある。少し言いにくいことだけど国見くんにはもう泣き顔も寝顔も見られてしまった。ここまで付き合ってもらっといて隠し事はしたくない。

「私が……その、体を許さなかったのが原因で」
「……」
「昔ちょっと嫌なことがあって、好きな人でもどうしてもダメなんだよね」

中学の時に初めてできた彼氏は年上の高校生で、初体験を無理矢理されたことがトラウマで恋人ができてもそういう行為にはどうしても前向きになれなかった。直接的な言い方はしなくても鈍くない国見くんは察してくれたらしく、それ以上詳しくは聞いてこなかった。
そういえば年下の男性とこうやってデートみたいな過ごし方をするのは初めてだ。国見くんは今まで付き合ってきたどの人よりも大人びている。情けない姿を見せてしまったからこそ、自然体の私でいられる気がした。


***


「みょうじ主任、国見さんと付き合ってるって本当ですか!?」
「え!?」

翌日、朝からみんなの好奇な視線が向けられてると思ったらそういうことだったのかと、佐藤くんの質問で察した。ついに恐れていたことが現実になってしまった。

「昨日一緒にランチしてたのを鈴木が見たって……」

昨日ふたりで一緒にいたところを営業の子に見られてしまったらしい。ふたりで同じ日に休みをとって、一緒にご飯を食べてたらそりゃあ勘違いされてもおかしくない。

「まさか国見さんとは……思わぬ伏兵ですけど、美男美女で正直お似合いです……!」
「……え?」

でも夕方までその誤解が解けないままでいるのはおかしい。絶対国見くんの耳にも入ってるはずだし、何か言われてるはずなのに。

「みょうじさん」
「! 国見くん……」
「定時で終われそうですか?今日も送ります」
「なっ……」

佐藤くんと話す私に堂々と国見くんが声をかけてきた。そんなことをしたら噂の熱を加速させてしまうってこと、国見くんにわからないはずがない。
周囲のそわそわとした視線が突き刺さる。国見くんが会社ではあまり見せない笑顔を見せているから尚更かもしれない。そんな顔で「送ります」なんて言ったらただの噂が真実味を持ってしまう。

「お、お疲れ様でーす」

佐藤くんも変な気を利かせてこの場を離れてしまった。ふたり取り残され、国見くんと目が合う。相変わらず瞳から感情を読み取らせてはくれなかった。

「外の自販機前で待ってます」
「……わかった」

ここで私が付き合っていないと主張しても変な感じになってしまう。この場は弁明するのを堪えることにした。国見くんはいったい何を考えているんだろう。


***


「国見くん、何で……!」

急いで処理を終わらせて支店の外へ出た私は、自販機前に佇む国見くんに開口一番に問い詰めた。

「否定しても話がややこしくなるだけじゃないですか?ストーカーのこと、会社の人に説明するんですか?」
「それは、そうだけど……」

国見くんはどこまでも冷静だった。確かに、交際を否定するならふたりで一緒にいた本当の理由を説明しなくてはならない。となるとストーカー被害に遭っていることも言う必要があるだろう。国見くん以外の人にこのことを知られるのは嫌だ。

「それに、これで堂々とみょうじさんを送れると思ったので」
「!」

そんなこと言われたらこれ以上強く言えないじゃん。国見くんのバカ。



( 2019.11-2020.1 )
( 2022.7 修正 )

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