×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
02

 
「……!!」

目が覚めてすぐに国見くんの寝顔が目に入って脳が一気に覚醒した。どうやら私は国見くんの膝に乗せられたクッションを枕にして寝かせてもらっていたらしい。右手に人肌を感じて確認してみれば国見くんの手。振り払いたくなるのをぐっと堪える。
事態を把握してきた私はまだ寝ている国見くんを起こさないように、できるだけ息を潜めて視線を動かした。カーテンの外は明るい。時計を見れば7時を過ぎたところだった。おそらく私は国見くんの家に泊まってしまったんだろう。緊急事態だったとはいえ、付き合ってもいない職場の男性の家で一晩を過ごすなんていかがなものか。

「……おはようございます」
「おっ、おはよう……」
「ふああ……」

どうやって振る舞えばいいか結論が出ないまま、国見くんが目を覚ましてしまった。繋がっていた手は国見くんが大きく伸びをしたせいで自然と解けた。私はこんなにもテンパっているのに、何でこの後輩は冷静でいられるの。

「ごっ、ごめん、そのまま寝ちゃった……!」
「いえ。……さすがにもう居なくなってますね」

私が膝の上から離れると、国見くんは立ち上がって外を確認した。パーカーの男の人はもう居なくなってるようだ。それは良かったけど……今の私にとってはこの状況の方が問題である。

「ほんとごめん、帰るね」
「送りましょうか?」
「明るいから大丈夫だよ、ありがとう」

国見くんには先輩として情けないところを見られてばかりだ。手を握ってたのだってよくよく思い出してみれば、昨日眠気に襲われてぼんやりとした頭で「怖いから握ってて」みたいなことを言ったような気がする。恥ずかしすぎる。

「好きな食べ物何?」
「塩キャラメルです」
「……他には?」
「……」
「え、嘘でしょ?お詫びしたいからもうちょっと何かないの?」
「お礼ならもう朝飯買ってもらいました」
「あれは送ってもらうことに対してのお礼。泊めてもらっちゃった分のお詫びをしたいの」
「ああ……別にいいっすよ」
「そういうわけには……」

何かお詫びをしなきゃ私の気が済まない。塩キャラメルなんて小銭で買える物じゃあこの罪は償えない。

「……昨日可愛い姿見せてくれたんで、それでいいですよ」
「!?」

国見くんらしからぬ発言に戸惑ってすぐに言葉を返せなかった。可愛いなんて言われたけど、この言い方は絶対小馬鹿にしている。でも逆らえない。悔しい……!

「い、いいわけないでしょ!チョコレートでいいね!」
「あ、チョコレートは苦手です」
「……」


***
 

国見くんへのお詫びの品は有名店のドリップコーヒーにした。
あの日、家に無事到着してひと段落したところで国見くんから連絡がきた。直接連絡先の交換はしていない。おそらく会社のグループトークから拾ったんだろう。内容は「非常事態用。何かあったら連絡してください」という無機質な文字だったけど、国見くんの優しさが伝わってきた。その返信ついでにコーヒー飲めるかどうかを確認した。

そして月曜日の今日、コーヒーの入った紙袋を会社に持ってきたはいいものの、なかなか渡せないでいた。同じ支店にいるとは言っても事務職の国見くんと顔を合わせることはほとんどない。それに私が国見くんにプレゼントを渡してるところを見られたら、それこそ勘違いされてしまう。
そんなことを考えていたら結局渡せずに定時の時間を迎えてしまった。国見くんはいつも定時きっかりで帰るからもう姿はない。明日は企業説明会で外に出なきゃだからチャンスは少ないだろう。早く出社してデスクの引き出しに入れようにも常に誰かの目はある。連絡を入れて、会う約束をして渡そうかな。何だったら家の郵便受けに入れといてもいいかもしれない。

「……!」

直接手渡すのは諦めて帰路についてると、昨日と同じコンビニに国見くんの姿を見つけた。

「国見くん」
「……どうも」

買い物の用は無いけれどコンビニに入って国見くんに声をかけた。国見くんは手におにぎりとパスタを持っている。自炊するイメージは無いし、ご飯はいつもコンビニで済ませているのかもしれない。

「これ、お詫びの」
「本当に買ってくれたんですか……別にいいのに」
「私がよくないの。受け取って」
「……ありがとうございます」

遠慮する国見くんに強引に紙袋を押し付けた。
何故か国見くんの前では少し緊張してしまう。別に一線を越えたわけじゃないし、国見くんも意識した素振りは全く無いのに。気の置けない友人や同僚ならまだしも、あまり接点のなかった会社の後輩に弱みを見せてしまったっていうのが原因だろうか。

「じゃあ……」
「送りましょうか?」
「人通り多いし大丈夫。ありがとう」
「……お疲れ様です」
「お疲れ様」

この気まずさや照れくささもきっと時間が解決してくれるはず。とりあえずお詫びの品を渡せてスッキリした。明日からまたいつも通り仕事が出来そうだ。


***(国見視点)
 

「なあ国見、みょうじさんって彼氏いないんだよな?」
「……さあ」

みょうじさん。3つ上の先輩で人事部の主任。社内では美人ということで有名で、俺の同期のようにみょうじさんにちょっかいを出す男性社員は少なくない。

「なんか昨日やけに目が合っちゃってさ……」
「……」
「いや自分でもまさかとは思うよ!?けど万が一ってこともあるだろ?」

昨日、みょうじさんが見ていたのは多分コイツじゃなくてその隣の俺だと思う。お詫びの品を渡すタイミングを見計らってたんだろう。結局周りの視線が気になって会社内では渡せなかったみたいで、退社後にいつも寄るコンビニで渡された。

「ちょっとメシ誘ってみる……!」

勘違いして浮き足立つ同期の背中を見送りながら、美人も生きづらそうだと思った。ストーカー被害もそうだし、俺の同期のようにちょっとしたことで勘違いされてめんどくさいことになる。彼氏がいないのにガードが堅いのはそういう状況を経験してきたからなんだろう。
その気持ちは多少わかる。寄せられる好意全てに愛想よく対応しろって方が無理だ。そう思うと、高校時代の某先輩はすごい人だったのかと改めて思った。

「ダメだった……」
「ドンマイ」

俺の同期はあっという間に玉砕して戻ってきた。まあ、わかっていたことだ。

「やっぱ彼氏いんのかなー」
「……」

彼氏はいないと本人が言っていた。彼氏がいたらわざわざ俺に助けを求めたりはしない。
会社で隙のないクール美人で通ってるみょうじさんに弱弱しくて隙だらけな姿を見せられて、今思えばよく変な気を起こさなかったと自分を賞賛する。それこそ同期だったら手を出していたかもしれない。
俺だって人並みにみょうじさんのことは綺麗だと思うし、あんなギャップを見せられて少しも心が動かないってことはない。寝落ちする直前に「手を握ってほしい」と上目遣いで言われた時はグッときた。
俺がみょうじさんを家に泊めたなんて会社の人に知られたらとんでもないことになるな……想像してぞっとした。みょうじさんのためじゃなくて自分のために、このことは絶対誰にも言わないと決めた。



( 2019.11-2020.1 )
( 2022.7 修正 )

[ 56/127 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]