after2
「あれ、今日は飲まないの?」
「うん」
京治さんと付き合って1年半。金曜日の夜はお酒とつまみを買って私の家で晩酌するのが定番になっていた。しかし今日はお酒を一滴も飲んでいないことに、お風呂を出てから気がついた。まあそこまでお酒が好きな人でもないし、おかしなことではない。
「そろそろ寝ようかなー」
「……もう寝るの?」
「え、うん」
ご飯も食べたしお風呂も入ったし、面白いテレビもやってないし最近残業続きだったし、今日は早めに寝て明日のデートに備えたい。歯を磨こうと立ち上がると、京治さんが何故か焦り始めた。
「ごめん、ちょっとまだ寝ないで」
「?」
「……こっち来て」
部屋着の裾を引っ張られて、京治さんと向い合せに座らされる。なんとなく落ち着かない様子の京治さんの挙動をじっと見守っていると、京治さんはポケットから何かを取り出して私の首に腕を回した。鎖骨にひんやりと冷たさを感じる。ネックレスだ。見た感じ安いものではない。
「え……え!?」
今日何かの記念日だった!?と思考を巡らすけど思い当たる節は無かった。誕生日でもない。プレゼントを貰う理由が見つからなかった。困惑して京治さんを見ると、緊張した面持ちで私を見つめていた。
「なまえ、27歳までに結婚して30歳までに子供一人欲しいって言ってたよね」
「う、うん」
「1年と6か月……ちょっと早いかもしれないけど、俺はこの期間でなまえとだったらずっと一緒にいられるって思った」
「!」
ここでようやく京治さんの意図に気付いた。お酒を飲まなかったのはこのためだったんだ。私だって結婚を意識したことがないわけじゃない。何ならけっこう早い段階で結婚したいと思っていた。
「俺と結婚してほしい」
「う、うん!はい!もちろん!」
京治さんの緊張感たっぷりのプロポーズに対して、私は嬉しすぎて食い気味で頷いた。だって、答えは前から決まっていたから。
「……そんなあっさり頷いていいの」
「うん。私も京治さんと結婚したいって思ってたし……」
「……」
「あ、照れた!」
「見るな」
「汗かいてるよ」
「そりゃ緊張したからね」
「んふふ」
「ニヤニヤするな」
緊迫した空気が和らいで京治さんの肩の力も抜けてきた。顔を赤くして照れる姿を見られるのも、緊張して汗をかく姿を見られるのも私の特権。その特権がこれからも約束されるなんて、こんな幸せなことがあっていいんだろうか。
「でも何で今日だったの?」
「……なまえが28になる前にって思って」
「!」
「まあ、なんやかんやで籍入れる時には28になっちゃってるかもだけど」
「全然気にしないよ」
27歳までに結婚するなんて、今となってはそこまでこだわっていることじゃない。あの頃の私は年齢だとか一般論に囚われすぎていた。愛した人と結婚できるのなら20歳でも30歳でも40歳でもいい。
「……これから忙しくなるな」
「え?」
「まず親に正式に挨拶して、両家の顔合わせをして、あと結婚式のこともいろいろ決めないと」
「急に現実的になった!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、いつものテキパキとした京治さんが戻ってきた。もうちょっと夢のような幸せな空間に浸りたかった気もするけど、京治さんとのこれからを考えるのもそれはそれで幸せだ。
「明日ゼクシー買お」
「……うん」
( 2018.12 )
( 2022.6 修正 )
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