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04

 
赤葦さんのことが好きだと自覚したはいいけど、赤葦さんは私のことどう思ってるんだろう。後輩としては可愛がってもらえてると思う。けどダメだ、それだけじゃ嫌だって、女として見られたいと思ってしまっている。
彼氏がいないってわかったら、私のことを好きになってくれるだろうか。この前お酒を飲んだ時に別れたんだと言ってしまえばよかった。そしたら何かが起こっていたかもしれないのに。というかそれ以前に赤葦さんに彼女はいないのか……私生活が謎だから全然見えてこない。彼氏いないって伝える前にちゃんとそこは確認しておかなくちゃ。
幹部候補研修真っただ中、向上心のない私はビジネスホテルのベッドの上で赤葦さんのことばかり考えていた。名古屋での研修は2日目。早くも赤葦さんロスだ。赤葦さんの声を聞きたい。顔が見たい。

「!」

ベッドに転がってスマホで『年上男性の脈あり行動』というページを眺めていると、赤葦さんから連絡が来た。嬉しくてすぐに起き上がってベッドの上に正座する。

"研修どう?"
"なんとかやってます!分厚いテキスト貰いました"
"それ読む意味ないよ"
"マジですか!"

こんな些細なやりとりにもニヤけてしまう。過去の会話を遡って見るだけでも幸せだ。

"明日急遽名古屋に行くことになった"
「!」

過去のトークを見返してる最中に返事がきてしまった。やばい、即既読がついただろうから赤葦さんとのトーク画面を開いていたことがバレた。それだけで心臓がバクバクなのに、送られてきた内容も更に私の心臓を煩くさせた。赤葦さん、名古屋来るの?

"何でですか?"
"クレームだよ。結構遅くまでかかるかも"

営業主任は大変だなぁと思いつつも、時間が合えば会いたいと思ってしまっている私は不謹慎なんだろうか。私の研修も明日で最後だし、帰りの新幹線が合えば嬉しいな。あわよくばご飯に行きたい。

"時間が合えばご飯どう?"

そんなことを思っていたら赤葦さんの方から誘ってくれて、私は一気に有頂天になった。

"ぜひ!お疲れ様会しましょう!!"
"うん。これで少しは頑張れるよ"

そんなのこっちの台詞です!!と心の中で叫び、スマホを握りしめて悶えた。


***
 

「赤葦さん、お疲れ様です」
「みょうじもお疲れ。待たせちゃったな、ごめん」
「ブラブラしてたので大丈夫です!」

研修は遠方組のことも配慮して夕方4時には終わり、赤葦さんの方は5時くらいに片付いたと連絡が来た。お互いスーツ姿だけど駅で待ち合わせなんてデートしてるみたいでドキドキする。

「お店どうします?」
「俺行きたいとこあるんだけどいい?」
「はい」

赤葦さんが行きたいと言って案内してくれたのは大衆居酒屋ではなくて、小さなビルの2階にひっそりあるお洒落なお店だった。席だけとっておいてくれたみたいで、到着した名前を告げると個室に案内された。間接照明の薄暗い店内としっとりしたジャズ。大人っぽい雰囲気になんだか緊張する。
名古屋なんて滅多に来る場所じゃないのに、こんな小さなお店どうやって知ったんだろう。わざわざ調べてくれたりしたのかなと、調子に乗って期待してしまった。

「あまり飲みすぎないようにね」
「も、もちろんです!」

皮肉を言われたけど気にならない。何故なら意地悪に笑う顔もかっこいいから。
でも言われた通り、この前みたいに酔いつぶれるわけにはいかない。今日の目標は彼女の有無を確認すること。そのためには少しだけ、お酒の力が必要だ。

「赤葦さんってプライベート謎ですよね」
「そう?」
「はい。休日は何してるんですか?」
「寝てるか、録画見るか、DVD見るか……かな」
「へー!ドラマとか見るんですか?」
「いや、バラエティ番組。マメトークとか」
「え、意外!この前のドラフトのやつ見ました?」
「見たよ」

聞いてみたら赤葦さんは何の惜しげもなく私生活を教えてくれた。プライベートではけっこうインドア派らしい。かっこいい。もう赤葦さんなら何でもかっこいいって思えるから、いくつになっても恋ってやつは最強だ。数ヵ月前までは赤葦さんとバラエティ番組の話題で盛り上がるなんて想像もできなかった。

「あとは……たまにバレーの試合を観に行くこともある」
「へー!バレー好きなんですか?」
「うん。学生の時はバレー部で、その時の先輩が試合出るから呼んでくれるんだよね」
「え、すごい!」
「木兎さんって言うんだけど知ってる?日本代表にも選ばれたんだけど……」
「あ、知ってます!髪の毛ツンツンしてる人ですよね」
「うんそう」
「赤葦さんはどのポジションだったんですか?」
「セッター」
「トス上げる人だ!」
「正解」

学生の頃の赤葦さんはどんな感じだったんだろう。プロの選手と一緒に練習してたくらいなら、けっこうガチでバリバリやってたのかな。確かに身長は大きい方だと思う。
バレーのことを話す赤葦さんはいつになく饒舌で楽しそうだ。赤葦さんの好きなものを知ることができて嬉しい。次のオリンピックはバレーの試合をしっかりチェックしなければ。
気付けば2杯目のハイボールも残り半分になっていた。もうそろそろ、彼女のこと聞いても大丈夫かな。

「彼女はいないんですか?」
「いないよ」
「へ、へー!意外ですね」
「意外でもないだろ」
「そんなことないですよ」

自然な感じで聞こうと思っていたけど、彼女いないという事実が嬉しくてどもってしまった。そんな私をじろっと見てくる赤葦さんの視線から逃げるように、テーブルの上の唐揚げを視界に映す。

「レモンかけていい?」
「はい」

お皿の端に乗っていたレモンに赤葦さんの手が伸びて、さっと絞ったあとひとつの唐揚げが赤葦さんの口へと運ばれた。

「彼女がいたら、みょうじとふたりでこんなところにいないしね」
「っ!?」

唐揚げを追っていたら自然と私の視線は赤葦さんへと逆戻りしていた。アルコールが回ってるせいだろうか、色気のある笑みと瞳で思わせぶりなことを言われて、私はいとも簡単に悩殺された。

「みょうじはどうなの?」
「え?」
「彼氏と」
「えっ……と、まあ、ぼちぼち……ですかね……?」
「……そう」

「彼氏とは別れてます」って言うチャンスだったのに、急に怖気づいてしまった。急激な変化が怖いと思ってしまうのは私の悪いところだ。

「彼氏にこうやってみょうじとふたりで会ってるってバレたら、怒られちゃうな」
「それは……大丈夫なので、気にしないでください」
「……」

周りくどい探りなんて入れないで、強引にホテルにでも誘ってくれればいいのに。自分のことを棚に上げて、私はそんなことを思ってしまった。


***


「みょうじ、着いたよ」
「!?」

赤葦さんに軽く肩を揺すられて目を覚ました。今私が居るのはラブホテルではなく新幹線の自由席だ。あの後、私も赤葦さんもお酒を追加注文することなく店を出て、21時くらいの新幹線に乗った。なんとなく気まずくて窓の外ばかり見ていたら寝てしまったみたいだ。夢の中で赤葦さんと繋いでいた左手がなんだか温かくてムズムズする。

「家まで送るよ」
「ありがとうございます」

赤葦さんに送ってもらうのはこれで2回目だ。前回のことはよく憶えてないけど。あの時くらい酔っ払ってたら「好き」という言葉もすらっと言えるんだろうか。いや、言えたとしても酔っ払いの戯言だと思われてしまうかもしれないし、記憶をなくしてたら意味がない。今の私が泥酔したら無理矢理赤葦さんに迫ってしまいそうで恐ろしい。せめて彼氏がいないってことだけでも、今日伝えてしまいたい。

「……」
「……」

しかし道中ほとんど会話は無く、また打ち明けることなくマンションの前まで来てしまった。彼氏の話題になった時にサラっと言ってしまおうと思っていたのに、それ以前の問題だった。

「あのさ……」
「は、はい」

別れるのが惜しくて無言のまま突っ立っていると、赤葦さんが徐に口を開いた。

「彼氏持ちにこんなこと言うの、どうかとはわかってるんだけど……また誘っていい?」
「!」

はっきり「好き」と言われたわけじゃないけど、赤葦さんの気持ちが伝わる言葉だった。許可を求めたのは私に彼氏がいると思っているから。その懸念を取っ払ったら、赤葦さんはどうするんだろう。

「彼氏いたら、こうやって赤葦さんと会ってません」
「……え!?」

私が事実を告げると、赤葦さんはワンテンポ遅れて反応した。いつも重たそうな瞼が持ち上げられて、まんまるになった瞳が私を見つめる。赤葦さんが驚いている。理不尽なクレームに対しても冷静な姿勢を貫く、あの赤葦さんが。きっと会社の人も得意先の人も、こんなに動揺している赤葦さんの姿は見たことがないだろう。私だけが知ってる赤葦さん……なんて、調子の良いことを考えて口元がニヤけてしまう。

「実は別れてるんですよね……半年前くらいに」
「は……え、ちょっと待って……」
「会社の人には秘密にしたくて……」
「……はあーーー」
「赤葦さん!?」

私の説明を理解した赤葦さんは大きなため息をついてその場にしゃがみこんでしまった。ヤンキー座りしてる赤葦さんもかっこいい。

「何だよそれ……俺がどんだけ悩んだと……」
「え、えへへ……フリーなんです、私」
「……」

騙してしまって悪いと思う気持ちはあるけれど、私のことを想って悩んでくれたことが嬉しくて仕方がない。ニヤける私を赤葦さんが鋭い視線で見上げてきた。有頂天な今の私には『暖簾に腕押し』ってやつである。

「先輩を騙すなんて、悪い後輩だね」
「!」

もう一度ため息をつきながら立ち上がった赤葦さんにデコピンをされた。と言っても全然痛くない。こんなドキドキを味わえるのなら何回でもデコピンしてもらいたいし、悪い後輩で構わないと思った。

「あ、家にワインありますけど飲みます?」
「……俺を家に上げていいの?」
「!」

何か償いをしなければと思っての提案だったのに、赤葦さんの反応で誤解を招いてしまったことに気がついた。なんか、誘ってるみたいじゃん。でも実際のところ、赤葦さんの質問に答えるのなら「イエス」だ。

「は、はい」
「正直何するかわかんないけど、本当に?」

赤葦さんを家に上げることに抵抗はないし、そこで何かあったとしても後悔することなんてない。むしろそういう展開を期待してる自分がいる。赤葦さんにだったら何をされてもいい……なんて言ったら、引かれてしまうだろうか。いや、ここまで来てブレーキなんてかけてられない。もう大人なんだから。

「はい。私、赤葦さんのこと……」
「待って。さすがにそれは俺に言わせて」
「!」

彼氏がいないという事実と同様に、言いたくて仕方がなかった言葉を告げようとしたら赤葦さんに遮られた。

「みょうじのことが好きだよ。付き合ってほしい」

赤葦さんの言った「それ」は私と全く同じだった。ずっと伝えたくて、そして貰いたかった言葉。

「はい、私も赤葦さんのことが好きです」

夢みたいだ。こんなにドキドキしたのは何年ぶりだろう。先輩としての赤葦さんを尊敬して、時々垣間見える素の言動に惹かれて、気付いたらどんどん好きになっていた。前の彼氏と別れた時はもう一生恋なんてできないってくらい落ち込んだのに、また人を好きになれて、その相手が赤葦さんで本当に良かった。

「……ワインはまた今度で。今日は帰るよ」
「そうですか……」
「うん。今家行ったら本当何するかわかんないし」
「!」
「酔った勢いだと思われるのも嫌だしね」
「そ……そうですね」

何されてもいいしキスくらいしたいっていうのが本音だけど、こういうところをしっかりしてもらえるとちゃんと大事にされてるんだなって実感する。それに、キスの感覚がアルコールで麻痺しちゃうのも確かに勿体無いと思う。

「じゃあまた明日」
「……はい」

明日会社でどんな顔して会えばいいんだろう。自分には関係ないと思っていた社内恋愛がこんなにドキドキするものだったなんて。会社の人が私達の関係を知ったらきっと驚くんだろうなぁ。それよりも先に前の彼氏とは別れてるってことを言っておかなければ。



( 2018.11-12 )
( 2022.6 修正 )

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