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03

 
「あー……」

土曜日の朝。起き上がると頭がガンガンした。二日酔いだ。
昨日、月末処理が終わった後に赤葦さんと月島と3人で飲みに行った。そこまでたくさん飲んだつもりはなかったけど、疲れが溜まってたせいかいつもよりまわってしまったらしい。月島の眼鏡に指紋をつけて怒られた以降の記憶がない。どうやって帰ってきたのかもよく憶えていない。

「……」

怖くなって私は月島に電話した。一緒に飲んだのが月島だけならいいけど、昨日は赤葦さんもいたのだ。何か失礼なことをしてしまっていないかものすごく心配になってきた。

「ねえ、私やらかしてないよね?」
『……ギリギリセーフかな』
「ギリギリ!?」
『とりあえず赤葦さんには謝っといた方がいいと思う』
「!?」

詳しく聞いたところ、昨日の私は部長への愚痴が止まらなくなって、後半は赤葦さんに対してガンガンタメ口をきいてしまっていたらしい。
更にそんな酔っ払いをタクシーで送ってくれたのは赤葦さんで、おそらくタクシー代も出してもらったんだと思う。申し訳なさすぎる。
私は罪悪感で居ても立ってもいられなくて月島との通話を終えた後、少し考えて赤葦さんに電話をかけた。仕事でどんなお偉いさんに電話する時よりも緊張する。

『もしもし…… みょうじ?』
「あっはい、おはようございます!」
『おはよ……』

長めのコールの後、掠れた赤葦さんの声が聞こえた。多分寝起きの声だ。今から謝らなくちゃいけないのに、初めてオフの赤葦さんが垣間見えて嬉しく思ってしまった。

「あの、昨日は迷惑かけちゃったみたいでごめんなさい」
『……ああ、うん。二日酔い大丈夫?』
「私は全然!もしかして起こしちゃいました?」
『うん、なかなか起きれなくてゴロゴロしてた。ありがとう』
「いえそんな!」

赤葦さんでもお酒を飲んだ翌日は十時くらいまでゴロゴロしているらしい。二日酔いはしていないみたいだけど、いつにも増して声のテンションは低かった。

『……昨日のこと、どこまで憶えてる?』
「えっ……と、赤葦さんにタメ口きいてたのは、憶えてなくて……ごめんなさい、怒ってますよね」
『……いや?』
「その間は絶対アウトなやつじゃないですか! 本当にごめんなさい!」
『気にしなくていいよ。タメ口のみょうじ新鮮で面白かったし』
「面白くないです!」
『ふふふ』
「!」

電話口で赤葦さんが笑ったのがわかった。普段口を開けて笑わない赤葦さんの笑い声は貴重だ。いったいどんな表情で笑ったんだろう。今目の前に赤葦さんがいないことを残念に思ってしまった。

「今日は何か予定あるんですか?」
『ううん、特に』

なんとなく電話を切るのが惜しくて変なことを聞いてしまった。休日の予定を聞いたところで、そこに私が関与することなんてあるわけないのに。

「えっと……じゃあ、ゆっくり休んでくださいね」
『……うん、みょうじも』
「いきなり電話しちゃってすみませんでした」
『いいよ。また月曜日』
「はい」

電話を切った後もしばらく私の心拍数は速いままだったし、寝起きの赤葦さんの声がずっと耳に残って離れなかった。どうしよう……赤葦さんのこと、好きになってしまったかもしれない。


***(赤葦視点)


「もう本当あの部長やだあー!」
「ちょ、眼鏡に指紋付けないでくれる」
「あの人絶対部下を守ってくれないもん。出世のことしか考えてないもん」

初めてプライベートでみょうじと酒を飲んだ。この前の異業種交流会は半分仕事みたいなもんだし、みょうじもセーブしてたからこうやって酔っ払った姿を見るのは初めてだった。

「私赤葦さんがいい。赤葦さん早く部長になってよおぉ」
「…… みょうじって酔うといつもこんな感じなの?」
「今日は特に酔ってますね」
「そろそろ帰るか」
「ですね」

みょうじは酔っ払うと無礼講になるらしい。別にタメ口ぐらいで怒るつもりはない。むしろ後輩女子のタメ口ってなんかいい。そんなオヤジ臭いことを思ってることは顔には出さず、「帰りたくない」と騒ぐみょうじを無視して会計を済ませた。


***


「ふんふーん」

すっかりアルコールがまわって上機嫌になったみょうじの足取りは覚束ない。こんな状態で一人で帰せるわけがなかった。ちょうど家が同じ方向だったからタクシーを呼んで一緒に送ってもらった。月島は方向が違うから一人で帰らせた。
酔っ払っていてもきちんと帰巣本能は機能しているらしい。タクシーを降りた後、迷いなく進むみょうじを見て少し感心した。ちゃんと自分の家に入れるか心配でついてきたけど、お節介だったかもしれない。むしろこの状況はあまり良くないのでは。彼氏と同棲してるってことを今更思い出した。

「みょうじ、彼氏は?家にいないの?」
「え?いませーん!赤葦さんおうちどこ?夜道危ないから送ってあげる!」
「うん、今俺がみょうじを送ってるところだからまっすぐ歩いて」

内心冷や汗をかく俺に対して酔っ払いのみょうじは残酷な程に能天気だ。よろけたみょうじが転ばないようにと伸ばした腕に、みょうじの腕が絡みついた。

「……いい?」
「……いいよ」
「えへへ!」

俺の腕をぎゅっと抱きしめながらくしゃっと屈託のない笑顔を浮かべるみょうじが憎たらしい。
今日は彼氏は家にいないんだろうか。いや、だからって今の状況がセーフになるわけじゃない。俺も少し酒がまわってるせいか、くっついてくるみょうじを振り払おうとはしなかった。

「どうぞ狭い部屋ですが!」
「は……いや、それはダメだよみょうじ」
「赤葦さんのカタブツ!」

ようやく玄関前まで送り届けられたと思ったら、部屋の中に促された。本当に酒の力ってやつは怖い。こんなの、過ちが起きてもおかしくない。深夜に彼氏でもない男を彼氏と同棲中の部屋に招き入れるなんて、誘われてるとしか思えないじゃないか。
これが酒の席で初めて会った知らない人だったら、誘いに乗ることもあるかもしれない。けどこの子は会社の大事な後輩。自分勝手な欲望で傷つけてしまうのは絶対にダメだ。

「みょうじには彼氏がいるんだから」
「……」

諭すように真剣に言うと、みょうじは俯いて黙ってしまった。みょうじは彼氏の話題になると表情が曇る。もしかして喧嘩しているんだろうか。同棲してるなら玄関に男物の靴がひとつもないのはおかしい気がする。

「みょうじ?」
「赤葦さんが彼氏ならいいのに」
「!?」

顔を上げたみょうじはとんでもない爆弾を投下した。熱っぽい視線で見上げられて無意識にゴクリと息を呑む。ああクソ、抑えろ俺。

「赤葦さん……」
「悪酔いしてるな。水いっぱい飲んで寝るように」
「……ふぁい」

頬をつまんで不細工な顔にしてなんとか理性を保つ。
この感じだと、やっぱり彼氏とうまくいってないのかもしれない。それを嬉しいと思ってしまっている自分に気づいて罪悪感が押し寄せた。

「赤葦さんばいばーい」
「……はあ」

まさか、彼氏持ちの子を好きになってしまうなんて。


***


「彼氏いる子を好きになった!?」
「……はい」

黒尾さんとは職場が近いからしばしばこうやって2人で飲むことがある。「最近どうよ?」というお決まりの質問に対して、いつもは「ぼちぼちです」と適当に流すところだけど今日はその言葉が出てこなかった。
彼氏がいる後輩を好きになってしまったなんて、会社の人間には相談できるわけがない。黒尾さんは口の堅さも信用できるし、そういう経験も俺よりは豊富だと思う。

「うわマジか、何それ燃える!」
「燃えないでください。こっちは真剣なんです」

まずは簡潔に事実を伝えると一気に黒尾さんのテンションが上がり、2杯目のビールを一気に飲み干した。この人……俺の相談を酒の肴にしている。

「え、てか俺そういうの得意だと思われてんの?」
「はい」
「クソ憎たらしいなこの後輩」

同じ先輩でも木兎さんに恋愛相談なんてできるわけがない。ましてや横恋慕の相談なんて、木葉さんや小見さんや白福さん……梟谷の先輩には無理だ。

「見込みはあんの?」
「6年……付き合ってて同棲してるらしいんですけど……」
「お、おおう……」

みょうじに大学の時から付き合ってる彼氏がいることは知っていた。入社したばかりの頃に27歳で結婚して寿退社しますって宣言したというのは社内で有名な話だ。

「あまりうまくいってないんじゃないかとは、感じます」
「ほう?」
「彼氏のことを聞いても歯切れが悪いし、雑談してる時も一切出てこないし……」

6年付き合ってる恋人がいる子に、俺が入る隙なんてない。普通はそう思うけれど、みょうじの態度を見ていると変に期待してしまう。
俺も長期間一人の女の子と付き合った経験があるからわかるけど、長く付き合えば付き合う程慣れだとか甘えだとかが出てきて、俗に言う倦怠期というものが訪れることがある。

「この前一緒に飲んで家まで送ったんですけど……」
「え! ヤったの!?」
「ヤってません。玄関に男の靴が無かったんですよね」
「なるほどねぇ……」

そして一番気がかりなのは、先日酔っ払ったみょうじを家まで送った時のこと。みょうじは彼氏と同棲していると言ったが、その部屋の玄関に男物の靴は一切無かった。狭い玄関でもなかったし、サンダルの一足も出ていなかったのはやはり不自然に思う。
それに、酔っ払っていたとはいえ「赤葦さんが彼氏ならいいのに」とまで言ってきた。これを聞いて期待しない男はいないと思う。思い返してみると、よくあの時俺は理性を保って帰ることができたな……自分を褒めてやりたい。

「向こうも気があるんじゃね?」
「……そう思いますか?」
「うん。一回2人きりで会ってみたら?」

みょうじとのやりとりを詳しく話してみた結果、黒尾さんも俺と同じ考えに至ったらしい。

「……誰かに見られたら、彼女が俺と浮気してるって思われますよね」
「そこが燃えるんじゃん。いいね、秘密の恋愛」
「……」

その考えには共感しかねます。



( 2018.11-12 )
( 2022.6 修正 )

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