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01

 
27歳で結婚して30歳までに子供を一人産みたい。ぼんやりとそんな人生設計を立てていて、その計画は割と順風満帆に進んでいる方だと思っていた。
しかし突如として、私の人生は道を見失うことになる。

『終わりにしよう』

6年付き合った彼氏に振られた。
確かに付き合いたての初々しさやラブラブな感じはもうなかったけど、お互い良いところも嫌なところも全て見せあってきて、そろそろいい歳だしこの人と結婚するんだろうなってなんとなく思っていた。
久しぶりの外食に連れていってもらって、帰りの車の中で神妙に告げられたのがこの言葉だった。
思い当たる節としては、最近の私は仕事に追われる日々で連絡がないがしろになってしまっていたかもしれない。思い返してみれば可愛く甘えたり誕生日に手作りケーキを作ったりもできない、可愛くない彼女だった。何で彼が別れを決意するまで気づけなかったんだろう。もっと、いろいろしてあげればよかった。
失って初めて気づく、なんてよく歌詞にも歌われてるけどまさしくそれだった。6年という長い月日を寄り添ってくれた存在はかけがえのないもので、その喪失感たるや半端ない。私はその夜、何年かぶりに嗚咽交じりに泣いた。

「はあ……」

一晩枕を濡らしたくらいじゃこの喪失感は消えない。翌日、パソコンに向かっても全然指は動かなくて、気づくと視界が滲んでるものだから私は外回りに行くと言って近くの公園のベンチに全体重を預けた。今日くらいはサボるのを許してほしい。会社によっては失恋休暇なるものを設けてるところもあるという。確かに大きな失恋をした時、仕事なんて手につかない。いっそのこと休んだ方が本人にとっても会社にとっても有益だなと他人事のように思った。

「サボり発見」
「……月島ぁーー」
「え、何」

堂々とサボる私を見つけたのは同僚の月島だった。ホワイト企業とは言えないこの会社に入社して4年。気付けば残った同期は私と月島だけだった。
月島は小言を言うために声をかけたんだろうけど、思いのほか私が弱っていることに気づいて動揺した。クールに見えるけどこの同期は意外とわかりやすい。

「今夜飲みたい。付き合って」
「……他は?」
「いい。月島だけがいい」

なんだかんだ言いつつも、月島は私の弱音を聞いてくれる。いい奴なのだ。


***


「は?別れたの?」
「……うん」

ハイボールを片手にまず結論から告げると、さすがの月島もからあげをつつく箸を止めて私を見た。
私に大学の時から付き合ってる彼氏がいることは会社のほとんどの人が知っている。「最近どう?」と聞かれたら「順調です」と毎回答えていて、そのうち結婚するんだろうなって周りにも思われていたと思う。

「結婚するって言ってたじゃん」
「う……ううう……」
「あー、ゴメンゴメン」

そうだよ私もそう思ってたんだよ、でも違ったんだよ。アルコールが入ったこともあって私の涙腺はゆるゆるだ。月島の前で泣くのは初めてかもしれない。

「昨日ね、久しぶりに晩ご飯行こって誘われてルンルンで行ってね……」
「うん」
「帰りの車の中でやけに神妙な雰囲気だったから、私はもしかしてプロポーズ来るかとか考えちゃったんだよ……」
「うん」
「そしたら、終わりにしようって……」
「……」

プロポーズを期待して別れを告げられるなんて、こんな滑稽な話があるだろうか。

「……泣いた」
「……そう。今も泣いてるよ」

月島はいつもと同じローテンションでおしぼりを渡してくれた。涙と同様に垂れ流しであろう鼻水を見て見ぬフリしてくれるのもありがたかった。

「確かにマンネリ感は否めなかったけどさあ、自然体でいられるし結婚するならこの人なんだろうなあって思ってたんだよ」
「理由は?」
「……仕事に生き生きする私の傍にいるのがつらくなったんだって。いや、生き生きしてねーし」
「……」
「『俺が悪いんだごめん』なんて泣かれたら、こっちも文句言えないじゃんー!」
「考え直してとかは言わなかったの?」
「……仮にそう言ってやり直しても、もう前みたいな関係って無理じゃない?」

自分は恋愛には比較的淡泊だと思っていたのに、気づいたら彼にこんなにも依存してしまっていたらしい。
「別れたい」と彼に思わせてしまった時点でもう関係を戻すことなんてできっこない。そう決めつけて、私も食い下がることができなかった。

「何年だっけ?」
「6年」
「うわ……」
「でしょ!?」

彼に対して怒りをぶつけるつもりはないけど、やはり20代の6年間が過去のものになったという事実はでかい。結婚適齢期でいきなり独り身になった途端、とてつもない不安がのしかかってきた。

「みょうじは入社した時から『寿退社する』って宣言してたよね」
「うん。27歳で結婚する予定だったのに……もう今からじゃ無理じゃない?」
「……わかんないよ」
「じゃあ月島結婚して」
「無理」

26歳でまた一から恋愛を始めるのは億劫で仕方がない。理想通り27歳で結婚するには仮にすぐ彼氏ができたとしても交際期間1年……結婚するには心もとない。かと言って今の仕事をずっと続ける気は更々ない。というかこの会社にいたら彼氏なんてできないと思う。

「……このこと、会社の人には言わないでおこうと思ってる」
「僕に言ったじゃん」
「月島は口堅いじゃん」
「……」
「予定通り寿退社って言って会社辞めるから」

とりあえずこの会社は辞めて、新しい職場で心機一転、踏み出してみようと思う。


***
 

別に今の会社は嫌いではないけど、10年先を考えた時にここにいても幸せにはなれないと思う。お世辞にもホワイト企業とは言えないこの会社に入ったのは給料が良かったのと、彼の家が近かったからだ。どうせ27歳で辞めるし、と安易に決めてしまったあの時の私に会えたら説教してやりたい。永遠のものなんてないのだと。
このままこの会社にいたら仕事人間になってしまう。お金はあっても使う暇と気力が無かったら何の意味もない。だったら安月給でもいいから好きなことをして、心に余裕を持って人生を過ごしたい。
元彼のことは1ヶ月経ってようやく吹っ切れた。仕事にもケリをつけようと勝手に1年とリミットを決めた途端、不思議なものでいろんなことがうまくいくようになった。

「みょうじ、今度幹部候補研修行ってもらうから」

最近業績の良い私を部下に持つ上司は鼻高々で、毎年行われる幹部候補研修に私を推薦したらしい。幹部候補研修というのは、役職をもらう前の社員が集まって研修をする場だ。確か名古屋の方まで行ってた気がする。最近うちの会社はイメージアップを考えて女性管理職を増やしたいらしい。
いやまあ行けと言われたら行きますけど……役職貰ってもすぐ辞めてやりますからね。

「みょうじ、わかった?」
「あ、はい。3枚目から私喋ればいいんですよね」
「うん」

このフロアは企画部と営業部が一緒になっていて、企画部の私は営業の人と一緒に仕事をすることが多い。私は幹部候補として、去年主任になった1つ上の営業部の先輩、赤葦さんと一緒に仕事をすることが多くなった。

「みょうじ、昼飯は?」
「コンビニです!」
「……食べ行こうか」
「え!はい!」

赤葦さんはクールで私生活が謎なイケメンだ。最後の一年、イケメンと一緒に仕事ができるとは。神様からのささやかなご褒美だろうか。ありがたく頂戴してしっかり堪能しようと思う。


***


午後からの外回りついでに入ったのは普通のファミレス。多分赤葦さんは奢ってくれると思うから、あまり高いメニューは頼まないようにしなきゃ。

「なんか意外だな」
「?」
「みょうじは新卒1年目から『寿退社します』って宣言してたから、すぐ辞めちゃうんだと思ってた」
「え、何で知ってるんですか」
「有名だよ」
「え!?」

仕事上会話は今までにもしてきたけど、こうやって赤葦さんとふたりでプライベートな話をするのは初めてだ。私の寿退社宣言は結構有名らしい。恥ずかしい。今となってはそれを利用して会社を辞めてやろうと目論んでるわけだから、結果オーライではある。

「その彼氏とは順調なの?」
「え、あ、はい。今同棲してて、27歳には寿退社しますから!」
「そう」

咄嗟についた嘘に胸が苦しくなった。これから会社を辞めるまで、こうやって嘘をつき続けなければいけないのかと思うとつらい。

「まあ女の子はそれもいいと思うよ」
「……男の人って、仕事バリバリやる女は嫌なんですか?」
「自分より給料良かったらプライドが傷つく人はいるかもね」

別に仕事をバリバリやってたつもりはなかったけど給料自体は多分同年代の平均より貰っていたと思う。彼もそうだったんだろうか。だとしたら、言ってくれれば良かったのに。いや、言えるような雰囲気の彼女じゃなかった私が悪い。たらればを考えるのはやめよう、1ヵ月も前のことだ。

「みょうじ今26だっけ?」
「はい」
「じゃあ俺が教えられるのはあと1年だ。まあ適度に手ェ抜いていいから」
「赤葦さん……!」

仕事ができる人は手の抜き方もうまい。口数の多くない赤葦さんが後輩に慕われる理由がわかった気がした。



( 2018.11-12 )
( 2022.6 修正 )

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