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- ナノ -
02

 
「みょうじさん野球部のマネージャーやんな?野球部に好きな奴おんの?」
「おらんよ」
「ほんま?良かったー!」

最近同じクラスの中田くんによく話しかけられる。特別鈍いわけでもないから、中田くんがどういうつもりで私に寄ってきてるのかはわかってるつもりだ。

「中田の奴、今度はみょうじさんにいきよったな」
「フられるに一票」

男子達の会話が耳に入ってきて居心地が悪い。
中田くんといえばチャラいことで有名だ。1年の時から色んな女の子に告白したという噂をよく耳にした。先月くらいまでは3組のテニス部の子に猛アタックしてるって話だったのに。好きになる女の子に一貫性はない。というか私はただ、「こいつならいけるかもしれん」という理由で選ばれただけな気がする。

「みょうじさんって意外とお笑い好きなんやね〜」
「あ、うん。何で知っとんの?」
「ツイッタ見た!ルミネ行ったんやろ?ええな〜。俺もお笑い好きやねん!フォローしてええ?」
「うん」

SNSをやってる以上しょうがないとは思うけど、自分の知らんところで隅々までチェックされるのってなんか嫌だ。お互いにフォローしてないからいちいち私のアカウントを探し出したってことになる。
こうやって直接聞かれたら「ダメ」なんて言えない。会話を強引に切り上げることも出来ない。こんなに押しに弱かったら、確かに「こいつならいける」と思われてもしょうがないと自分でも思う。

「……!」

友達を探して視線を泳がせるとこっちを見ていた治くんと目が合ってしまった。中田くんと仲ええと思われたら嫌だ。こういう時に限って治くんはなかなか目を逸らしてくれなかった。
ふと、この前の角名くんの言葉を思い出した。角名くんは治くんに「ちゃんとアピールしろ」って、本当に言ったんやろか。この状況から助けてくれたり……しないかな。

「みょうじー!ちょっといいー?」
「あ、うん」

私が淡い期待を込めた視線を送った治くんの、その奥から大声で名前を呼ばれた。そこにいたのは野球部の高木くんやった。中学からの付き合いで、あまり男子と喋らない私の唯一の男友達と言ってもいい存在だ。

「なに?」
「困ってるっぽかったから」
「……うん、ありがとう助かった」

望み通り中田くんから解放されたのにどこか残念に思ってしまった私がいた。世の中そんなにうまくできていない。ドラマみたいな期待をしてしまった自分が恥ずかしくて、顔を隠すように俯いて治くんの横を通り過ぎた。


***


「二次会行く人ー!」

体育祭の打ち上げで焼肉食べ放題を終えて、クラスの中心人物が大きな声をあげた。場の雰囲気のせいか、明らかにテンションがハイになっている。気持ちはわからなくもないけど他のお客さんのことも考えず駐車場でわいわいするのは恥ずかしいからやめてほしい。二次会に行く気のない私はいち早くその輪から外れた。

「みょうじさん二次会行かへんの?」
「うん、私は帰るよ」
「えー、もうちょっと遊んでこおや」
「ええよー」
「あ、カラオケとかどう?みょうじさんどんなん歌うん?」
「私、歌はあまり……」

ひとりになったところを中田くんに捕まってしまった。私なりに帰るからとはっきり断ったつもりなのに、食い下がられたらやっぱり強く言えなかった。悔しい。中田くんは爽やかな笑みを浮かべながら内心では「チョロい女」なんて思ってんのやろか。

「中田、竹内が呼んどる」
「え、マジ?ちょお待っててみょうじさん!」
「……!」

私がなりふり構わず中田くんを振り払おうとした時、治くんの落ち着いた声が聞こえて思いとどまった。

「あ……ありがとう、治くん」
「……別に」

多分竹内くんが呼んでるっていうのは、私を中田くんから助けるための嘘だったと思う。
こうやって治くんと向かい合って1対1で喋るのは初めてかもしれない。目の前に立たれるとやっぱり大きい。でも侑くんに感じたような威圧感はなかった。

「……はっきり断らんみょうじさんも悪いと思う」
「そ、そうやんな」

少し冷たい言い方に心臓がキュっとなる。治くんの言うことは何も間違っていない。私がもっとはっきり断っていたらこうやって治くんの手をわずらわせることはなかった。

「嫌やったら、休み時間自分の席から離れとればええやろ」
「……」
「放課後も、モタモタしとらんとさっさと部活行けばええんや」
「……」

私へのダメ出しが始まったわけだけど……治くん、気付いてないのかな。

「よ、よう見とるね……?」
「……!!」

何で、私が休み時間自分の席からあまり動かないこととか、HR終わった後の鞄の準備に時間がかかることを知っとんの。意識的に目を向けなきゃわかんないことだと思う。それを控えめに指摘すると、いつも眠たそうな治くんの目が見開かれた。

「治くん……?」
「……あかん」
「え?」
「見たらあかん」
「う、うん」

あかんと言われてもやっぱり気になって見てしまう。いくら治くんの手が大きくても片手で顔全体を隠すことはできなくて、隙間から見えた治くんの頬はほんのり赤い気がした。

「……一緒に帰る友達おる?」
「あ、うん」
「ならはよ帰りや。中田には俺が適当言っとく」
「ありがとう、治くん」
「……うん」

別れ際にしっかり目が合って治くんがふんわり笑うものだから、私もつられて笑ってしまった。少しは治くんと仲良くなれたと思ってええんかな。


***(治視点)

 
「……」

体育祭の打ち上げから帰ってきて、俺はすぐに自室のベッドに倒れこんだ。

「はああー……」

みょうじさんと話した。あんな近くでしっかり目ェ合って話したのは初めてや。緊張した。みょうじさん、笑てくれた。めっちゃ可愛かった。
打ち上げの最中も、いつもだったら焼肉に夢中になるはずなのにみょうじさんの方ばかり見てしまった。みょうじさんの一口は俺の半分くらいやなあと思って一人勝手に悶えていた。
みょうじさんはちゃんと無事に家まで帰れたやろか。クラスのトークグループがあるから、そこから連絡先を拾おうと思えば拾える。でも急に連絡よこしたらキモいと思われるやろか。
多分、今日のやりとりで俺がみょうじさんのこと好きなのはバレたと思う。「よう見とるね」と言われて言い訳が出来んかった。だって実際めっちゃ見とるもん。

「治帰ってたんか!みょうじさんと進展あったか!?」
「……喧しいわ」
「お、その顔は何かええことあったな!?」
「……」

せっかく幸せ気分だったのに風呂上りの侑が騒がしく入ってきて台無しや。言わなくてもわかってしまうのは双子の長所でもあり短所でもある。

「名前、呼ばれた」
「……そんだけ?」
「風呂入る」
「お、おおん……」

侑の物言いだけな視線は無視して風呂に向かった。

みょうじさんのことを知ったのは今年の春休み。同じクラスになる前で名前も知らんかった。
野球部のマネージャーであるみょうじさんは新年度を迎えるにあたって備品の整理や掃除をしていたようで、ダサいとか全然気にせんと北さんみたいな完全防備で一心にボールを磨いとったのを見たのが最初だった。

『おー、頑張っとんなあみょうじ』
『はい!ちゃんと磨いたボールはフォーク握る時しっくりくるってエースが言ってましたから』
『はは、憶えとったんか?』
『それに先輩最近サイン以外のボールの多いし』
『うぐっ』

正直マネージャーやる女子ってどこか下心があるんじゃないかと偏見があった。男目当てとか。実際うちはそれがめんどくさくてマネージャーは募集しとらんし。
会話を聞く限りみょうじさんはちゃんと野球が好きでマネージャーやっとるんやろなと思った。あと、大人しそうに見えて結構ストレートにものを言うのが印象的だった。

その1週間後に同じクラスになってみょうじさんと再会した。俺が一方的に知っとるだけだから「再会」とは言わんけど。
クラスでのみょうじさんは目立たない大人しい女子だった。普通に友達もいて普通に授業も受ける普通の女の子。男子の間でも特別話題にあがることはなかった。

『ねえ、野球部に彼氏おるの?』
『え? おらんよ』

ふと聞こえてきたみょうじさんとその友達の会話に耳を傾けたことがあった。

『そうなん?まあ野球部あんまかっこええ人おらんもんね』
『そんなことないよ』
『えー……全員坊主やん?』
『坊主ええやん。みんな練習頑張っててかっこええよ』

友達の意見を否定することは一歩間違えれば友情に亀裂が入ることになりかねない。特に十代女子なんてそんなもんやろ。それなのにみょうじさんは自信を持って言い切った。
それからなんとなく目で追うようになって、教室での大人しいみょうじさんも、部活でテキパキ動くみょうじさんも、放課後教室に一人残ってお守りを作るみょうじさんも、全部ええなあと思うようになった。

『ありがとう、治くん』

見つめるだけだったみょうじさんが、俺を見て、俺の名前を呼んでくれて、俺に笑いかけてくれた。双子だからよく知らん奴にも名前で呼ばれることは珍しくない。みょうじさんのちっさい口から出てきた『おさむ』を脳内でリピートする度、ふわふわした気分になってまう。
また呼んでほしい。みょうじさんともっとたくさん話したい。中田なんかにちょっかい出されんの腹立つ。取られたくない。40度のお湯に浸かりながら出てきたのは、今まで抑えてきた願望だった。

「……俺坊主にしよかな」
「エ゛ッ!?失恋したんか!?」
「違うわアホ」

自分の気持ちを隠すのはもうやめにしようと決意した。



( 2020.7-8 )
( 2022.6 修正 )

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