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02

 
今月は試合の関係でこっちに滞在している木兎さんと日向にケーキを買いたいと言われて、いつも行っているケーキ屋に案内した。コミュ力おばけの2人は案の定みょうじさんに話しかけまくって、連れてきたのを少し後悔した。まあ、おかげでみょうじさんの年齢を知れたし僕のことも知ってもらえたから少しは感謝してるわけだけど。

「ツッキーあの子狙ってんの?」
「え! そうなのか月島!」
「……狙うって言い方やめてもらえますか」
「好きなんだ!」
「……」

決めつけた言い方に腹が立ったものの否定することはできなかった。表情や態度には出していなかったはずなのに、木兎さんはたまに核心をついてくるから侮れない。
最初は気になる程度だった。社会人となって、ストレス対策のひとつとして月に一回ショートケーキの日を設けた。あの店を選んだのは通勤路にあったからという単純な理由だ。
お互いに客と店員として必要以上の言葉を交わすことはなかったけど、多分月に1回ショートケーキを買いに来る男として覚えられていたと思う。男が一人でケーキ屋に来るってだけで目立つだろうし。
みょうじさんはショートケーキを取る時他の人より時間がかかる。その理由を探るために観察したところ、おそらく苺が大きいものを選んでくれてるんだとわかった。選んでいる時の表情はどこか楽しげで、可愛らしいと思った。

「連絡先聞いたの?」
「いえ」
「俺聞いてあげようか!?」
「ほっといてくれませんか」

木兎さんのおかげで今日はみょうじさんのことを色々知ることができた。その事は普通に感謝するけどこれ以上の介入はやめてほしい。こっちにはこっちのやり方があるし。
先日、勤務先の博物館にみょうじさんが小さい子供と来た時は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。その時はまだ年齢も知らなかったから息子がいたのかと思ったけど、甥っ子だとわかって心から安心した。

「あれ、月島くん」
「……どうも」
「昨日ありがとね」
「いえ、仕事なんで」
「じゃあまた月曜日に」
「はい」

お店からの帰り道で会ったのは会社の先輩だった。昨日はどうしても外せない用事があって定時で帰りたいということで、残業を僕が引き受けた。おそらくその用事というのは恋人とのデートなんだろうけど、別に責めようとは思わない。同じ部署である限り僕の仕事には変わりないし、その分の給料も貰えるわけだし。
先輩に恋人ができたということはすぐにわかった。何故なら明らかに見た目と雰囲気が変わったから。恋する女は何とやら、というやつだろうか。

「ツッキー今の誰!?」
「会社の先輩です」
「月島に女子の知り合いが……!」
「そりゃいるでしょ」
「可愛かった!!」
「彼氏いますよ」
「マジかー!」

木兎さんと日向に羨望の眼差しを向けられた。いや、会社の先輩と話していただけなんですけど。ムスビイには女性社員がいないんだろうか。少し不憫に思った。


***(夢主視点)

 
先日、久しぶりに彼氏とデートをした。2ヵ月ぶりくらいだろうか。デートといっても仕事終わりに晩御飯を食べて、早々にホテルに行って淡泊なセックスをして終わった。その後連絡はない。
これって付き合ってるって言えるんだろうか。いよいよ深刻に考えなきゃいけないのかもしれない。もし浮気をしているんだったらしてるでいいから、私のことは綺麗さっぱりフってくれたらいいのに。自分から別れを切り出すのはしんどい。振られる方が全然気が楽だ。

「みょうじさん」
「あ……こんばんは」
「仕事終わりですか?」
「はい」

職場からの帰路で会ったのは月島さんだった。服装はいつもと同じ感じなのに、お店の外で会うとなんだか新鮮に見えた。

「あ、シュークリーム食べます?」
「いいんですか?」
「余り物で良ければ。私2個も食べられないので」
「……じゃあ頂きます」

余ってしまったシュークリームは先輩が気を利かせて2つ入れてくれたものの、今日食べてくれる誰かにあてはない。女として夜にシュークリーム2つ食べるのは気が引ける。しかも最近エクレアを2つ食べたばかりだし。いつも買ってるショートケーキが自分用だったら、月島さんはきっと甘い物が好きなはずだ。月島さんは特に嫌がる様子もなく受け取ってくれた。

「……みょうじさんって、彼氏いますか?」
「え、あ、はい。一応」
「もう長いんですか?」
「3年くらいですねぇ」
「……」

別に抵抗はないけれど、月島さんがこんなことを聞いてくるのは意外だと思った。ケーキ屋の一店員の色恋沙汰なんて微塵も興味がなさそうなのに。

「すみませんいきなり変なこと聞いて」
「いえいえ」
「……実はこの前、駅前で見ました」
「あ……そうだったんですね」

先日彼とデートしていたところを見られていたらしい。駅前で見たってことは、もしかしたらホテル街に向かってる時かもしれない。だとしたら少し気まずい。

「……彼氏さん……多分、浮気しています」
「……!」
「僕の職場の先輩と。最近よく迎えに来てます」
「……そうですか」

何でそんな神妙な面持ちをしてるのかと思っていたら、そういうことかと理解した。月島さんの先輩の彼氏と私の彼氏が同一人物だということに気付いて教えてくれたんだ。

「……冷静ですね」
「まあ……どこかで察してたのかもしれません」
「……」

彼の浮気が発覚したというのに、月島さんに言われたように私は冷静だった。怒りが込み上げてくるわけでも涙が溢れてくるわけでもなく、ただ納得した。

「別れないんですか?」
「そうですね。向こうからフってくれれば気が楽なんですけど」
「何でそうなるんですか」
「?」

浮気されてるんだったらいよいよ私達が付き合っている意味がなくなってくる。浮気というか、もはや私に気持ちはなくて本命は月島さんの先輩の方なんだろう。向こうからフってくれればと呟いたら月島さんの声が少し低くなった。

「別れてください」
「え……」
「来月僕が店に行くまでにお願いします」
「あ、はい」

強めの口調と得体の知れない圧に怯んで、頷く以外の選択肢が無かった。


***
 

月島さんに言われてすぐに彼氏とは別れた。本当はけじめとして直接会って伝えたかったけど、例のごとく予定調整の返事がなかなか返ってこないものだから、トークアプリで一方的に分かれを告げると一昨日「わかった」とだけ返事が来た。あと腐れなく終わるためにそれなりに言葉を選んで考えた私の文章に対して、あっさりすぎる返事に少し腹は立ったもののすっきりした。今思えばもっと早く別れていればよかった。

「いらっしゃいませ」
「……どうも」

店に入って私と目が合うなり会釈してくれたのは月島さんだった。あれ、前回来てからまだ1ヵ月は経っていないはずだ。

「早いですね」
「まあ……はい。ちゃんと別れられましたか」
「あ、はい。びっくりするくらいあっさりと」
「そうですか」

別れたことを報告すると月島さんはうっすらと笑った。月島さんはお世辞にも愛想が良いタイプではないと思う。月島さんの笑った顔を見たのは初めてだった。くせっ毛も相まってお人形さんみたいで可愛らしいと思ってしまった。きっとそんなことを口にしたら怒らせてしまうだろうから絶対に言わないけど。

「良かったです」
「!」

口角を上げたまま言われた言葉は意味深で、私は一瞬のうちにいろいろと深読みをしてしまった。私が彼氏と別れて「良かった」って感想が出てくる意味とは。私に対して「良かったですね」ではなくて、月島さんが「良かった」と思ってる感じに聞こえた。

「えっと……ショートケーキですよね」
「いえ……今日はコレで」
「あ、はい」

邪念を振り払おうとショートケーキを詰めようとしたら、月島さんはレジ前に置いてあったクッキーを1枚手に取った。やっぱり月に1回のショートケーキの日には早かったみたいだ。でも、じゃあ何で今日来たんだろう。たった1枚のクッキーを目当てに来るとは考えにくい。
月島さんの意味深な言動に、私はしばらく悩まされることになった。



( 2020.4-5 )
( 2022.6 修正 )

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