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01

 
女の子の将来の夢ランキングで上位にくる『ケーキ屋さん』。私もその夢を掲げる少女の一人であったわけだけど、その夢は中学高校と進学してもブレることはなく、専門学校を経てパティシエになることができた。卒業後は大手のケーキ屋さんで経験を積んで、今はそこで慕っていた先輩が立ち上げたお店で働いている。郊外に佇むこじんまりとしたお店だけど、最近SNSで口コミも広がってきて経営は順調だ。

「いらっしゃいませー」

木曜日の夕方6時、眼鏡をかけた長身の男性が一人入店した。客層は若い女の子や近所の主婦が多いから、こうやって男の人が一人で来るのは珍しい。男の人の場合は大体一見さんで彼女や奥さんへのプレゼントに買ってくんだろうなっていう人がほとんどだ。

「ショートケーキひとつください」
「かしこまりました」

しかしこの人は常連さん。月に一度くらいの頻度でやってきて、ショートケーキひとつだけ買って帰っていく。長身だけどくせっ毛で可愛らしい顔立ちをしているから、そのギャップがいいと先輩との話題にも度々上がる人だ。
とは言っても気さくに話しかける勇気はなく、毎回ほっこりした気持ちでケーキを箱に詰めている。

「……どうも」
「ありがとうございましたー」

お会計を済ませてケーキを渡す時にじっと見られた気がした。まさか苺が大きいやつを選んだのがバレたんだろうか。メガネの奥の睫毛は多分私より長かった。

「ショートケーキの人?」
「はい」
「自分で食べるのかねぇ」
「彼女かも」
「月1でケーキくれる彼氏とかいんの?」
「……私の周りにはいませんね」
「だよねー」

ショートケーキの人が店を出た後に奥から先輩が顔を出してきた。悪いとは思いつつも色々と想像してしまう。彼女へのプレゼントでも自分へのご褒美でも、どっちにしても好感度は高い。

「そういえば彼氏くんとはどうなの?」
「……1週間くらい連絡とってないですね」
「何それ本当に付き合ってんのー?」
「あはは……」

彼氏というワードから話題は私の恋バナへと変わってしまった。今の彼氏とは付き合ってそろそろ3年になる。私も彼も記念日を祝うようなタイプではないから、1年記念の日も特に何もなく終わった。それが不満だとは思わない。ただ、先輩が言うように本当に付き合ってるのかとは自分でも思う時があるし、もう「好き」っていう感情も薄れてきているのが正直なところだ。ただ、「嫌い」でもない。長年付き合ってるカップルってそんなものじゃないのかなぁ。

「なまえって意外と恋愛に淡泊だよね」
「自分でもそう思います」

あと十分で閉店時間。先輩も厨房での作業にひと段落ついたらしくお喋りに花が咲いた。

「今日エクレア余ってるけどどうする?」
「……2つください」

そういえば付き合いたてはよく余ったケーキを持ち帰って、私の家で一緒に食べていた。今日は久しぶりに「エクレアあるよ」と連絡してみようかな。


***
 

「なまえ早く!おっせーよ!」
「はいはーい」

金曜日の夕方、残業が入ってしまった姉の代わりに甥っ子を迎えに行って、姉が帰ってくるまでの時間潰しとして博物館にやってきた。甥っ子は最近恐竜が好きらしく、この博物館にも何回か行っているらしい。誇らしげにスタンプカードを見せてもらった。幼稚園で色んな言葉を覚えて生意気になってきたけど小さい子供はやっぱり可愛いもんだ。

「なまえ今日テンションひくいぞ!」
「そんなことないよー」
「おれ知ってる!それ"ぼうよみ"っていうんだー!」

そりゃテンション低くもなる。昨日貰ったエクレアを話のタネに、「エクレア貰ったけど食べる?」と彼に連絡を入れてみたものの、未だに返事が来ないのだ。お互いいい大人だし即レスを望んでるわけじゃない。でも夜寝る前にスマホチェックくらいするでしょ。私からの連絡に気付かないはずがない。

「この骨はな、コイツの骨! ちょーつえーんだよ!」
「へー。どのくらい強いの?」
「えっとね、うーんと、母ちゃんと同じくらい!」
「あはは、超強いじゃん」
「うん!」

このくらいで不満に思うのは心が狭いんだろうか。私もめんどくさい連絡の返事は後回しにするし……いやいや、彼女からの連絡がめんどくさいってどういうことよ。

「ちょっと疲れたから座らせて」
「なまえババアだな!」
「はいはいババアですよー」
「おれあっち見てくるからな、うごくなよ!」
「うん」

こんなの考えるだけ無駄だ。他人の心なんてどう足掻いてもわかるはずがないんだから。

「!」

熱心に動き回る甥っ子をぼんやり視界に入れていると、見覚えのある人が端に映った。ショートケーキの人だ。オフィスカジュアルな服を着て、書類を手に何人かと話している。雰囲気からして多分仕事の話をしているんだと思う。こっちには気付いていない。

「なまえ、次あっちいこう!」
「あ、うん」

もっと見ていたかったのに甥っ子に引っ張られて断念した。もしかしてここで働いているんだろうか。


***


「あの……博物館で勤務されてます?」
「……」

それからしばらく経ってショートケーキの人が店に来た時、勇気を出して声をかけてみたら怪訝な顔をされた。よくよく考えてみれば、いきなり店員からこんなことを言われたら気持ち悪いと思われても仕方がない。やばい、印象最悪だ。もう来てくれなくなったらどうしよう。

「はい。この前来てましたね」
「! あ、はい」

返事をしてもらえて安心した。しかもあの時、私の存在に気付いてくれていたらしい。こんなケーキ屋の一店員を覚えてもらえていたとは光栄だ。

「一緒にいたのは息子さんですか?」
「え? いえ、甥っ子です」
「……そうですか」
「あ、ショートケーキで良かったですか?」
「はい」

話しついでに私の手は自然とショートケーキを箱に詰めていた。ようやく会話できたからといって「このショートケーキは自分で食べるんですか」と聞ける距離感ではない。

「……いつも苺大きいやつ選んでくれますよね」
「!」

バレてた。いやでも焦ることはない。悪いことをしてるわけじゃないんだし。

「常連さんですからね、サービスです」
「……どうも」

彼氏のことで最近モヤモヤしていたけど、ずっと気になっていたショートケーキの人と話すことができて久しぶりに晴れやかな気持ちになれた。あの日博物館に行きたいとゴネてくれた甥っ子に感謝しなければ。


***
 

「おおおうまそう!!」
「すげーー!」
「……うるさくてすみません」
「いえ、全然」

まだ月に一度の日には早いタイミングでショートケーキの人が来たと思ったら、今日はお友達も一緒だった。なんでも誕生日ケーキを買いたいというお友達にケーキ屋さんを聞かれて、うちを紹介してくれたらしい。とてもありがたい。

「おねーさんどれがオススメ?」
「一番人気はショートケーキですね。今の季節だとモンブランも美味しいですよ」
「栗!うまそう!」

それにしても、なんだか意外な交友関係だ。ショートケーキの人はどちらかというとクールで物静かな感じなのに、連れてきた2人は賑やかで真逆のタイプに見える。ショーケースの端から端まで目を輝かせて見つめる姿は小学生くらいの子どもと同じ反応だ。

「おねーさんツッキーの彼女?」
「ツッキー……?」
「木兎さん違います」

おそらく「ツッキー」はショートケーキの人のことだろう。なかなかポップなあだ名がつけられていたけど、本人はあまり納得していなさそうだと思った。

「……月島です」
「なるほど、それでツッキーさんなんですね」
「みょうじさん……で読み方合ってますか?」
「あ、はい、みょうじです」

お互いに今更ながらの自己紹介をした。月島さんだからツッキーかと納得した。もちろん私がこのあだ名を呼ぶことはないけれど。

「おれ、日向です!月島とは同じ高校でした!」
「俺木兎!バレーやってる!」
「え、スポーツ選手さんだったんですか!」
「お、おれも!です!」
「サイン欲しい!?」

どうりでガタいが良いと思ったらスポーツ選手だった。あまり詳しくないから、バレー選手はカレーのCMに出てる宮城出身の子くらいしかわからない。

「月島さんもバレーやってたんですか?」
「一応今もやってます。V2ですけど」
「え! そうなんですかすごい!」
「別にすごくはないです」

月島さんもかなり身長が大きい方だからまさかとは思ったけどそうだった。「V2だけど」と謙遜されてもバレー界に詳しくない私にとっては関係ない。博物館で勤務しながらバレーもやってるってことだろうか。仕事終わりにスポーツをすること自体がもう尊敬に値する。

「おねーさんいくつ?」
「26です」
「俺同い年!」
「俺と月島は2こ下です!」
「そうなんですね」

月島さんは2つ年下だった。同じくらいの年代だとは思ってたから驚くことはないし、年下だからといって態度を変えることもない。そもそもお客さんだし。

「コレとコレ4つずつください!」
「はい、かしこまりました」

今日はお友達のおかげで月島さんの情報をたくさん知ることができて嬉しい。今日お休みの先輩にも今度教えてあげなきゃ。



( 2020.4-5 )
( 2022.6 修正 )

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