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05

 
「!?」

お風呂上りにスマホを触ったら牛島くんからメッセージ通知が来ていて二度見した後三十秒くらい凝視してしまった。10分前に来ていたらしい。画面ロックのパスワードを打つ指が震える。

"次の日曜日、2人で映画を観に行かないか。"

ありえない文面を目の当たりにして、まず誰とのトーク画面かを今一度確認した。スマホの上部には牛島くんの名前があった。私が連絡をとっている相手は牛島くんで間違いないらしい。
でもおかしい、それなら何故牛島くんが私にデートのお誘いのようなことを……?送る相手を間違えたんだろうか。その場合、どうやって返事するのがいいんだろう。
もし「送る相手間違えてない?」と送って「すまん間違えた」とか言われたらめちゃくちゃへこみそう。どうせへこむことになるんだったら、少しの間だけでもやりとりを楽しんだってバチは当たらないはず。

"私でよければ行きたいです。"

ドキドキしながら送信ボタンを押した。押してしまった。ああもう、なるようになれ。


***


そして牛島くんとの映画は現実となった。待ち合わせ場所と時間を決めて「楽しみにしてる」と締めくくるまで、牛島くんから「送る相手間違えた」という訂正は入らなかった。つまり、誘う相手は私で間違っていなかったってことでいいんだろうか。

「牛島くん、観たい映画あったの?」
「特には無い。みょうじが観たい映画があればそれがいいと思ったんだが」

観たい映画があって、一人で行きにくかったから暇そうな私を誘ったってわけでもなさそう。そもそも牛島くんは映画一人で行きにくいとか思わない気がするけど。
私も特別観たい映画があるわけじゃない。というか、牛島くんが隣にいる時点で映画に集中できるわけがない。強いて言えば新作のデズニー映画が少し気になるくらいだけど……牛島くんにデズニー映画を観させるのはなんかいけない気がした。

「えっと……じゃあ一緒に考えよっか」
「ああ」

というわけで館内のパンフレットを手に取ってどれがいいかと考える。デズニー映画は牛島くんのイメージ的にやめとこう。恋愛映画を選ぶのはちょっと恥ずかしい。サスペンスを見るのも違う気がする。
チラリと牛島くんを見たら、まだ一つ目のパンフレットを読んでいた。あれは……ヒーローがたくさん出てくるアメリカの映画だ。CMでちらっと見たことがある。

「それが気になるの?」
「いや、まだ読み終わってない。みょうじはもう全部読んだのか?」
「あはは、全部は読まないよー」

よっぽど気になるのかと思ったら、律儀にパンフレットに書いてある文章を隈なく読んでいただけらしい。真面目でかっこよくて可愛いなんて反則だ。

「でもこれ面白そうだよね」
「ならこれにしよう」
「いいの?」
「ああ。みょうじがいいならそれがいい」
「わ、わかった」

加えて優しいのも反則。好きな人からそんなこと言われたら期待しちゃうってこと、誰か牛島くんに教えてあげてほしい。


***
 

「面白かったね!」
「ああ」

CMの最中は隣の牛島くんを意識しすぎて全然内容が入ってこなかったけど、いざ映画が始まってみればちゃんとそっちに集中することができた。

「最後はヒーロー大集結!って感じだったね」
「昔見ていた戦隊モノのテレビ番組を思い出した」
「牛島くんもそういうの見てたんだね」
「ああ」

今はこんなに大きい牛島くんも、小さい頃はこういった戦隊モノに夢中になっていたらしい。想像してみたら可愛すぎて心がほくほくした。また一つ、牛島くんのことを知ることができて嬉しい。

「……」
「……?」
「げっ」

急に牛島くんが立ち止まって私もつられて足を止める。牛島くんの視線の先には知らない男の人がいた。相手の方も牛島くんを見ている。知り合いかな。白鳥沢の人ではないと思う。

「こんなとこでウシワカちゃんに会うとは思わなかったな〜」
「……その呼び方はやめろ」

お友達……という程仲良くはなさそうだ。ていうかこの人、なんだか見覚えがあると思ったら青葉城西のバレー部の人だ。毎年対戦してるし、友達がかっこいいって言ってたから記憶に残ってた。
牛島くんの一歩後ろからこそこそ見ていると、ふいに視線が私に向けられてドキッとした。

「へー、彼女?」
「違う」

私は牛島くんの彼女ではない。そんな当たり前なこと言われるまでもないのに、実際こうやって牛島くん本人にあっさり否定されると胸がチクリと痛んだ。

「……ふーん?ウシワカちゃんも罪な男だねぇ」

意味深な瞳から逃げるように視線を逸らした。この人の目に、今の私はどう映ってるんだろう。脈がない相手に気合入れておしゃれして、バカな女だと思われてるのかもしれない。

「悪い。この後はどうする?」

次に顔をあげた時にはもうその人の姿はなかった。
いつもと変わらない牛島くんの表情に安心する。それに反比例して自分の浮き沈みが恥ずかしい。あの人の目に私が滑稽に映っていようがどうでもいい。こうして牛島くんと2人で出かけられたことは私の一生の宝物だから。けれど、これ以上欲張ってはいけない。

「牛島くん明日も朝練あるよね?もう帰った方がいいんじゃないかな」
「……そうか。なら送る」
「い、いい!大丈夫だよ」
「何かあってからでは遅い。もし万が一のことがあったら俺が嫌なんだ。送らせてくれ」

牛島くんの真摯な言葉に胸の奥がきゅっとする。でも、今その優しさは残酷だ。そんなこと言われたら勘違いしちゃうよ。

「何でそんな優しくするの……」
「?」
「! ご、ごめん!」

自分の内に留めておくことに耐えられなかったのか、つい口から出てしまった。けど、牛島くんのためにもこれは言っといた方がいいかもしれない。

「えっと……こういうのさ、もう……やめた方がいいと思う」
「……」
「私、勘違いしちゃうし……」
「?」
「と、とにかくそういうことで!また明日、学校で!」

ここまできて何故私は「好きな人に思わせぶりな態度をとられたら期待しちゃって、後から苦しくなるからやめてほしい」とわかりやすく言えなかったんだろう。
じんわりと滲んだ視界で牛島くんが首を傾げたのを確認して、私は逃げるように踵を返した。臆病な自分が大嫌いだ。


***
 

「はあ……」

学校に向かう足取りが重い。昨日、待ち合わせ場所に向かった時の百倍は重い。
思い返してみれば変なことを言ってしまった。牛島くんからしたらこの女いきなり何言ってんだって感じだったと思う。私が勝手に勘違いして舞い上がったり落ち込んだりしてるくせに、上から目線で「やめた方がいい」とか何様だよって感じだ。
牛島くんに会った時どんな顔をすればいいかわからない。いや、そんなに悩む必要はないのかもしれない。同じクラスとはいえ席だって離れてるし、元々そんなに話さなかったし……そう、少し前の状況に戻るだけ。何も、つらいことなんてないんだから。

「みょうじ」
「……!?」

自分の汚れたローファーが突然大きな影に覆われたかと思えば、牛島くんが目の前にいた。全く心の準備ができてなかった私の心臓はバクバクと脈打つ。単純に吃驚したからだけじゃなくて、別のドキドキも混ざってることがすぐにわかった。そりゃそうだ、たった一晩で私の2年間の片想いが払拭できるわけがない。

「みょうじに好かれたいからだと思う」
「……え?」

いつもの凛々しい顔で告げられた言葉は理解するのに時間がかかった。いや、ちょっと理解できてない。比較的得意な現代文の文章読解をする要領で、牛島くんの言葉を読み解こうと試みる。牛島くんは何かに対しての理由を述べた。その何かがわからない。

「何故優しくするのかと聞いただろう」
「あっ……え、うん」
「その答えだ」
「そ、そっか……」

昨日の別れ際に思わず漏れてしまった言葉に対する、一晩越しの返事だった。

「……え!?」
「意図的にみょうじに優しく接したつもりはなかったが、無意識のうちにそうなっていたんだろう」
「え、え……」
「瀬見や天童に見せるように、俺にも笑顔を向けてほしいと思った」
「!」

だとすると、私に優しくするのは私に好かれたいからっていうことになってしまう。そんな答案が正解だなんて、にわかに信じがたい。ただ、特定の人に対して無意識のうちに優しくなるだとか、笑顔を向けてほしいと思うっていうのは私にも経験がある。

「幼稚なことを言ってしまうが……嫌いにならないでほしい」

私をまっすぐと見る牛島くんの瞳には、ほんの少し不安の色が混ざっているように見えた。

「嫌いになるわけない……私、2年も牛島くんに片想いしてるんだよ。」
「!」

言ってしまえば本当に呆気なかった。けれど後悔も恥ずかしさもない。牛島くんみたいに大層な人間ではないけれど、この気持ちだけは本物だって胸を張って言えるから。最後に牛島くんに嫌われてないってわかってよかった。それだけで私は今日から頑張れる。

「…… みょうじは俺のことが好きだったのか」
「……うん」
「そうか」
「!」

牛島くんの口角がニヤリと上がった。笑顔自体がレアだというのに、この好戦的な笑みはかっこよすぎる。こんな間近で見せてもらっていいんだろうか。

「それなら片想いと言うのはおかしい。お互いに好きならば、それは両想いと言うべきだ」
「……うん?」

餞別として戴いた牛島くんの笑顔をしっかり目に焼き付けていたら、聞き流せない言葉が聞こえた。牛島くんどうしちゃったんだろう。「両想い」っていうのはお互いに好き同士のことを言うのに……ってあれ、これ牛島くんの説明と同じだ。

「俺もみょうじのことが好きだ」
「えっ……」
「一生大事にする」
「い、一生!?」
「結婚を前提に付き合おう」
「けっ……!?」

想定外すぎる言葉のオンパレードに私の脳みそはキャパオーバーだ。信じられるわけがない。そう判断したかったのに、牛島くんの真っ直ぐすぎる視線と真剣な声色が本気であると力強く伝えてきた。
答えはもちろん決まっている。それでもまだ、私なんかが牛島くんと付き合っていいのかと怖気付いて言葉が出てこない。

「……」

牛島くんは変わらずまっすぐ視線を向けたまま私の返事を待っている。あの時の瞳と同じだ。1年の体育祭の時、たまたま良いタイムが出たからってリレーのメンバーに選ばれてしまった私に対して、「みょうじはフォームが安定しているから大丈夫だ」と言ってくれた。多分励まそうとして言ったわけじゃなくて、事実としてそう思ったから出た言葉だったんだと思う。だからこそ私は勇気づけられたし、牛島くんのことを好きになった。

「よ、よろしくお願いします」

今日まで育ててきたこの恋心に嘘偽りなんて無い。牛島くんが好きだと言ってくれた自分を肯定したい。私は余計なことは口に出さず、深々と頭を下げた。

「……よかった」
「!」

柔らかな声に顔を上げれば、牛島くんの穏やかな笑顔が降り注いでいた。いつもキリッとしている牛島くんがこんなにも柔らかく笑うなんて知らなかった。私の返事が牛島くんを笑顔にしたのだと、自惚れていいんだろうか。
高校3年の夏。私の2年間の片想いが、唐突に報われた。ずっと見てきたと言っても私は牛島くんのことをよく知っているわけじゃない。高校卒業後はどうするのかとか、宮城から出て行ってしまうのかとか、気になることはたくさんあるけれど、まずは好きな食べ物とか音楽とかを聞くところから始めよう。この先牛島くんが絶世の美女と出会う未来があっても、私の方が牛島くんを愛していると胸を張って言える女性になりたい。あわよくば、牛島くんが言った通りに結婚を前提としたお付き合いができますように、なんて高校生ながらに願った。



( 2018.7-9 )
( 2022.6 修正 )

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