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02

 
『じゃあ、チョコと交換で』

そう言ってふにゃっと笑った女の人が忘れられない。
彼女とは昨日の放課後、校舎裏のベンチで昼寝をしていたことがきっかけで出会ったというか、知り合った。目が覚めた時に俺が座ってるベンチの下に潜っていたものだから、最初は正直ヤバい人だと思った。警戒していたら俺のスマホがベンチの下に落ちたんだと慌てて弁明された。
彼女が拾ってくれなかったらスマホを落としたことに気付かずに部活に向かっていただろう。スマホなしの生活なんて考えられない。俺は心から感謝した。せめてものお礼になればと塩キャラメルを渡したけど、今思えば潰れたものをあげるなんて失礼だったかもしれない。
潰れた塩キャラメルと交換で彼女から貰ったのはチョコレート。受け取った後に彼女が俺に対してお詫びをする必要はないのにと気付いた。あと、甘いものはそこまで好きではない。結局貰ったチョコレートはまだ食べていない。

「……!」

ほんの少し期待をしつつ、昨日の校舎裏を通って部室棟に向かってみると彼女の姿を見つけた。一緒にいるのは及川さんと女子バレー部の部長。何を話しているかは聞こえない。もしかして女バレの人なんだろうか。

「及川さん」
「ん?」

話が終わって及川さんが一人になったところで近づいた。

「女バレと何話してたんですか?」
「え? 週末の合宿でマネちゃん貸してってお願いしてたんだよ」

そういえば、この前矢巾さんが女バレにマネージャーが入ったっていうことを涙ながらに話していた気がする。何で男バレじゃなくて女バレなんだって嘆いていた。ってことはあの人が女バレのマネージャーってことかな。

「んんー?」
「……何すか」
「いや? 国見ちゃんがわざわざ話しかけてくるなんてよっぽど気になるのかなって」

しまった。確かに用事がない限り俺から及川さんに声をかけることはまずない。この違和感を及川さんが見逃すはずがなかった。

「モップかけてきまーす」

ニヤニヤとした視線を送ってくる及川さんは控えめに言ってもうざい。俺はなるべく目を合わせないようにその場を後にした。


***


「女子バレー部マネージャーのみょうじなまえです。よろしくお願いします」
「「「お願いしゃーす!!」」」

合宿の日。大勢の部員の前で緊張した面持ちで自己紹介をした彼女の名前はみょうじさん。2年生らしい。
矢巾さんを筆頭に、突然の女子マネージャーの登場に部員達はそわそわとどこか落ち着きがない。俺もそのうちの一人であることには違いないわけだけど、その理由は他の人と異なる。

「え……!?」

挨拶を終えた後、俺を見つけてみょうじさんはわかりやすく驚いた。

「どうも、国見です。合宿よろしくお願いします」
「名字です。バレー部だったんですね」

改めてお互いに自己紹介をして、一言二言会話を続ける。みょうじさんは今年の春に宮城に引っ越してきたらしい。女子バレー部のマネージャーになったのはつい最近。前の学校ではプレーヤーとして所属していたが、時期も時期だし怪我もあったからこっちではマネージャーに転向したと教えてくれた。

「俺1年なんで、敬語いらないっす」
「あ、はい、うん」

この再会を運命だなんて思わないけど、こうやってまたみょうじさんに会えたことは素直に嬉しいと思った。

「わからないこととか重たいものとかあったら、遣ってくれていいんで」
「ありがとう」

自分でもらしくないことを言ってると思う。及川さんを始め、チームメイト達の好奇な視線が集まってるのもわかってるけど、そんなことを気にしてチャンスを逃すのは馬鹿げている。

「……あ!」
「?」
「実はね、この前貰った塩キャラメル……コンビニで見つけてなんとなく買っちゃったんだ。ひとつあげる」

みょうじさんは俺がいつも買ってる塩キャラメルと同じものを得意げにポケットから出して、ひとつ俺にくれた。変わり映えのないパッケージのはずなのに、みょうじさんから手渡された途端特別に見えてしまうのはもう、そういうことなんだろう。一目惚れってわけでもないけど、あんな短い時間で人を好きになるなんて自分でも意外だった。

「……どうも」
「ふふ、どういたしまして」

みょうじさんのふにゃっとした笑顔につられて緩んでしまいそうになる口元を必死に引き締める。特に意識していなくても「無気力」だとか「眠そう」と言われる俺の顔は、果たして今いつも通りに見えるんだろうか。自分では全くわからなかった。

「へー、国見ちゃんってけっこう積極的にいくタイプなんだねぇ」
「あんな優しい言葉俺かけられたことないのに……!」
「国見のあんな顔初めて見た」

みょうじさんを見送った後もまだ気は抜けない。何故ならばさっきからずっと俺の言動を観察している先輩達がいるから。みょうじさんが体育館を出たタイミングで及川さん、花巻さん、松川さんの3人に囲まれてしまった。めんどくさいな。

「なまえちゃん、彼氏いないってよ」
「……」

聞いてもいないのに及川さんがニヤニヤと情報を提供してくれた。大方バレー部の元部長にでも聞いたんだろう。その情報はありがたくいただくとして、1,2回しか会ってないはずのみょうじさんを名前で呼んでいることが引っかかった。プレースタイルと同じように、初対面の人でもある程度距離を詰められるのは及川さんの長所だ。今回ばかりは羨ましく思う。

「てかどういう繋がり? 接点なくない?」
「……別に、何でもいいじゃないですか」

更に追求してきた及川さんを強引に振り切ってアップに入った。俺のバレーのプレースタイルを理解してもらえるのはありがたいけど、この件に関しては切実にほっといてほしい。


***


積極的にいくタイプだと言われたものの、それ以降俺がみょうじさんに話しかけることはなかった。向こうは向こうでマネージャーの仕事で動き回ってるし、俺も部活より恋愛を優先する気は元々ないし。どうしても目で追ってはしまうけど。

「なまえちゃん、今日はここまででいいよ。ありがとう」
「はい。こちらこそありがとうございました」

練習は夕方6時まで……と一応なってはいるが、大半の部員はここから夕飯の時間ギリギリまで自主練をする。別に強制ではないから俺は宿泊棟に戻って寝るつもりだ。宿泊しないみょうじさんもここまでで、また明日の朝に来てくれるらしい。
及川さんとみょうじさんのやりとりを遠目に見ていたら、意味ありげな及川さんの視線が俺に向けられた。

「暗いし送ってくよ」
「えっ……大丈夫ですよ」
「女の子一人じゃ危ないよ……あ! でも俺この後コーチに呼ばれてるんだったなーー!」

そして始まる三文芝居。アシストをしてくれてるんだろうけど、あからさますぎてみょうじさんに変に思われないか心配だ。及川さんの望み通り「俺が送ります」って名乗り出た方がいいんだろうか。

「おっ、国見がこんな時間まで残ってるなんて珍しー。練習付き合ってくれんの??」
「いえ、大事な用があるので失礼します」

迷っているうちに花巻さんに捕まりそうになって、俺は逃げるために及川さんとみょうじさんの方に進み出た。

「俺が送ります」
「ほんと? じゃあお願いね国見ちゃん!」
「え、あの……」

結局俺は及川さんの思惑通りに動いてしまった。


***


「本当にいいの?」
「はい。俺自主練しないんで」
「こめんね、ありがとう」

汗臭い練習着を着替えて制汗剤を振り撒いて、宿泊等前で待っていたみょうじさんと合流した。
みょうじさんが申し訳なさそうに眉を下げる必要はない。この状況は俺にとって願ってもないチャンスなのだから。絶対本人には言わないけど及川さんに感謝だ。今思えば花巻さんもグルだったんだろう。

「男子バレー部の練習ってハードなんだね」
「まあ……合宿は特にヤバいっすね」
「国見くんは……うまく抜くとこは抜いてたよね」
「!」

まさかみょうじさんに見抜かれるとは。褒められてるかは微妙なところだけど、そこに気付くくらい俺のことを見てくれていたと思うとすごく嬉しい。みょうじさんは『がむしゃら』にやらない男は嫌いだろうか。少し不安に思って横目で見ると、にこにこ顔と目が合って首を傾げられた。可愛い。

「何で男子じゃなくて女子バレー部のマネージャーになったんすか?」
「知らない男の子ばかりのところより女の子の方が緊張しないかなって思って」
「……なるほど」
「あと、友達に及川さんのこと聞いて、及川さん目当てとか思われたらやだなって……」

確かに、今年編入して知り合いがほとんどいない状態で男子バレー部のマネージャーはやりにくいか。中学の頃から及川さんの周辺については見てきたから、及川さん関係でめんどくいことになりそうって思う気持ちもよくわかる。
男子バレー部のマネージャーになってくれたら毎日会えるのに、なんて思ったけどみょうじさんの選択は間違っていないと思う。

「でも実際近くで見るとかっこいいね。優しいし、モテるはずだよ」

まあ、及川さんがかっこいいともてはやされているのは事実だ。やっぱりみょうじさんも、気が利いて口数も多い、俺とは正反対の及川さんに惹かれてしまうんだろうか。

「あ、国見くんは彼女いる?」
「……いませんけど」
「よかった」
「!?」

好きな人に彼女の有無を聞かれて「いない」と答えたら「よかった」と言われて、動揺しない男がいるものなら連れてきてほしい。何で俺に彼女がいなかったらみょうじさんが安心するのか、詳しく教えてもらっていいすか。

「彼女いたら、こうやって送ってもらうの申し訳ないなって思って」
「……」

一瞬でいろいろと期待してしまったけどみょうじさんは見事にそれをぶち壊した。そうじゃなくて、彼女いない男が送ると申し出る意味を察してほしいところだ。

「全然問題ないので、明日も送ります」
「いいよ。国見くんこの後また戻らなきゃなんでしょ?」
「大丈夫です。むしろ自主練付き合わされずに済むので好都合です」
「あはは、何それ」

『好都合』なんて無機質な言葉で誤魔化さずに、ただみょうじさんと一緒にいたいだけだって言えばよかったんだろうか。きっと及川さんだったらそんなクサい台詞もさらっと言えるはずだ。

「送ってくれてありがとう。また明日ね」
「はい。明日もよろしくお願いします」

俺が人知れず後悔していると目的の駅に着いてしまった。「また明日」と手を振るみょうじさんを噛み締めながら、あと2日が過ぎてしまえばこうやってみょうじさんと二人で帰る口実がなくなってしまうという事実を痛感する。まだ告白する段階じゃないことはわかってる。何か、みょうじさんとの繋がりを保てるような行動を起こさなければ。



( 2019.3-4 )
( 2022.5 修正 )

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