after1
※夜久視点
黒尾とみょうじがやっとくっついた。共通の友人として両サイドから話を聞いていた俺は、やれやれと呆れつつも心の底から祝福した。
ふたりの微妙な関係にモヤモヤしていた外野はそれなりに多かったようで、この事実は3年の間ですぐに広まった。
「芝ちゃん今日も天使だねぇ、チョコあげるよー」
「あ、ありがとうございます」
お互いに2年ちょいの片想いを拗らせた末でのお付き合い……幸せオーラ振りまくのかと思えば、みょうじの態度は前と変わらない。具体的に言うと、彼氏の黒尾を差し置いて後輩に構い倒している。
「……本当に付き合ってるんだよな?」
「うん、俺も不安になってきた」
「黒尾は苦労が絶えねーなぁ」
「笑わないでもらえます?」
後輩とじゃれ合うみょうじを後ろから眺める黒尾からは哀愁が感じられる。
ふたりが付き合うようになって2週間くらい経つけど、部活の帰りは大人数で帰ってるし、ここんとこ土日も試合続きだったからデートというデートもしていないらしい。そうなると多分恋人らしいこともまだしていないんだろう。
「手ェ繋いだ?」
「……まだ」
「何て呼ばれてんの?」
「……黒尾」
思っていたよりもずっと初期の段階でつまづいていた。本人にとっては深刻な問題なんだろうけど、笑いを堪えられなかった。悪いとは思ってる。
黒尾とそういう話って今まであまりしてこなかったけど、付き合う前も付き合ってからもスマートに進めていくんだろうなって勝手に思っていた。多分、相手がみょうじじゃなかったらこんな苦戦してないんだろうな。コートの中で滅多に焦らない男をこんなにも振り回すんだから、みょうじは大物だよ。
***
「やっくんんん!!」
「……」
いや、みょうじは別に大物なんかじゃなかった。
「もっと可愛くなりたい」
「大丈夫、みょうじは可愛いよ」
「棒読みすぎる。やり直し」
みょうじはみょうじで、黒尾に対して彼女っぽく甘えられないという悩みを打ち明けてきた。こういう子のことを「ツンデレ」って言うんだろうか。
まあ気持ちはわからなくもない。今までのふたりの関係って、男女関係なしに通じ合ってる感じだったもんな。親友とか、熟年夫婦とか、そんな表現がお似合いだった。いきなりバカップルにはなれないんだと思う。それに加えて黒尾とみょうじは性格捻くれてるところがあるから、素直になるのは時間がかかりそうだ。
「甘えればいいじゃん」
「どうやって?」
「手ェ繋ぐとか」
「どうやって?」
みょうじは虚な目をして、バグったように「どうやって」しか言わなくなってしまった。
「……はい、まず掌を出します」
「はい」
「それを黒尾の掌と合わせます。そしてぎゅっと握ります」
「ちょっと待って、どうしたら黒尾は手ェ出してくれんの」
「みょうじめんどくさい」
優しく丁寧に教えてろうとしたけどすぐにめんどくさくなった。そんなごちゃごちゃ考えず、「手を繋ぎたい」って素直に言えば済む話じゃん。
「何話してんの?」
「!?」
そんなやりとりをしているところに黒尾が現れて、みょうじがわかりやすく動揺した。動揺すんなよ、彼氏だろ。
「みょうじは黒尾に手ェ出してほしいんだってさー」
「ちょ、やっくん!その言い方は何か違う!」
「……出していいなら今すぐ出すけど」
「!?」
ぼんっとみょうじの顔が赤くなる。
大丈夫、みょうじは可愛いよ。心の中でさっきと同じセリフを呟いて、俺はこの場を後にした。
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