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07

 
デートは平日の夜の水族館になった。本当は丸一日たっぷり使えたら良かったんだけど、土日は大体試合だったり移動日だったりするから結局平日になってしまった。忙しい中私なんかのために時間を作って貰って申し訳ないと思う。
夜の水族館に来るのは初めてだった。カップルが多いせいか昼間とは違った落ち着いた雰囲気があって、そんな場所に木兎くんと2人でいることがなんだかむず痒かった。
とは言っても木兎くんはそんな雰囲気おかまいなしで、久しぶりの水族館を全身全霊で楽しんでいた。サメに夢中になったりウツボと睨めっこをしたり、あちこち動き回る姿は小学生男子とあまり変わらないなと笑ってしまった。
おそらく木兎くんはエスコートが得意なタイプではない。多分スマートな人だったらもうちょっとペースを落としてくれたり、薄暗いムーディな雰囲気に乗じて手を握ってきたりするんだろう。
珍しく高いヒールを履いて疲れたとは思うけど、そんなことで木兎くんに幻滅することはなかった。元々エスコートしてもらえるいい女だなんて思っていないし、私は木兎くんが笑っていてくれれば嬉しい。

「送ってくれてありがとう」

帰りは私の家の前まで送ってくれた。「女の子を夜道一人で帰すわけにはいかない!」っていう台詞が前もって準備してきたものだと思うと嬉しくて断れなかった。
今日一日、すごく楽しかった。今までだったらきっと終始夢見心地で、ベッドに入った時木兎くんの笑顔しか思い出せないんだろう。でも今の私は木兎くんと一緒に見た珍しい魚が何て名前で、どんな模様をしていたのかも思い出せる。木兎くんと共有した情報までもを大事にしたいと思っている。

「あ、あのさ!」
「ハイッ……え!?」

いつまでも別れの言葉を口にしない木兎くんにぐっと肩を掴まれた。痛くはないけど、木兎くんの筋肉にかかれば私の骨なんて軽くバキバキにできちゃうんだろうなと思った。
そして何かを覚悟した木兎くんの顔が近づいてきて、ようやく事態の深刻さを理解する。え、嘘、近い近い……!

「……あああやっぱダメだ!!」

パニックで動けないでいると、木兎くんは真っ赤な顔を逸らして縮めた距離を一気に戻した。

「キスするのはやっぱ出来ない!」
「!?」

ここで正直に言っちゃうのが木兎くんらしいなと思って、さっきまで張りつめていた緊張感が柔らかく絆された。

「あはは、うん、そうだね」
「!」

確かにさっきの行動は木兎くんらしくなかった。もしかして誰かにアドバイスでもされたのかもしれない。最終的に歯止めが効いたということは、木兎くんなりに私のことを思ってくれた結果なんだろうとまた心が穏やかになる。やっぱり木兎くんは素敵な人だ。

「え!?」

思わず笑ってしまったら、何を思ったのか木兎くんは私をぎゅうっと力強く抱きしめてきた。さっきキスを思いとどまったはずなのに。

「やっぱ好きだああ……」

私の頭のてっぺんに木兎くんの頬が寄せられる。木兎くんの逞しい胸板と腕の筋肉に囲まれて圧迫感は感じるものの、強すぎる力で私を潰してしまわないように精一杯優しく包んでくれているんだという心遣いはちゃんと伝わっている。

「あ、あの……」
「ゴメン! もほら、ファンサービスでもたまにやるから!シタゴコロはあるけど、大丈夫だから!」
「……」

確かにファンサービスで軽いハグはするのかもしれないけど、こんなしっかりとぎゅうって抱きしめるわけがないし、「下心ある」って素直に言っちゃうんだ。

「まだ俺とは付き合えない?」

抱擁からは解放されても本題からは逃がしてくれなかった。
私が木兎くんに抱く感情は明らかに変化している。それはもう否定できない事実だ。さっき抱き締められた時も烏滸がましいという気持ちよりきゅんとした感覚が勝ってしまっていた。連絡をとるようになって、名前で呼んでもらって、こうやって一緒に出掛けて自分にだけ笑顔を向けてもらって……私はどんどん欲張りになってしまっている。今私の目の前にいるのは、紛れもなく木兎光太郎という一人の男性だ。

「何で私なの……? 木兎くんを応援してくれる人はたくさんいるよ」

私にとっての木兎くんは特別な人。でも、木兎くんにとっての私はただのファンの一人なんじゃないのかな。正直何で私なんかに目を向けてくれるのかがわからなかった。

「初めて会った時さ、俺に『ありがとう』って言ったじゃん?」
「うん」
「あの時、愛の告白を受けてるような気がしたんだよね」
「……!」
「すっごく情熱的な言葉に聞こえた」

いつもとは打って変わった木兎くんの落ち着いた声に身体の芯が震えた。今の木兎くんの言葉の方が何倍も情熱的に感じられる。あの時言葉の裏に添えた、私の9年分の想いはしっかり木兎くんに伝わっていたようだ。

「"ビビっときた"ってやつかもね」

思っていたよりずっと早く私は木兎くんにそういう対象として見られていたという事実に胸が苦しい。

「俺のバレーが好きだって言ってもらえるのはすごく嬉しい。けど、バレーが出来なくなった時、なまえちゃんが離れていっちゃうのは嫌だ」

スポーツ選手という道を選んだ時点で、一生プレーヤーとして活躍できるわけではないことは木兎くんも重々承知のはずだ。私のことをただのファンではなくて一人の女性として見てくれているからこそ、私が木兎くんに抱く「崇拝」という感情を払拭しようといろいろ行動してくれたんだと思う。
でも、私は木兎くんの人間性に惹かれたんだから、現役を退こうが木兎くんのファンをやめるつもりなんてない。

「私は……木兎くんのこと一生応援するよ。だから別に恋人じゃなくても……」
「俺は恋人じゃなきゃやだ。なまえちゃんとキスしたいしセックスもしたい」
「!」
「なまえちゃんと家族になりたいし、死ぬ時は手を握っていてほしい」

真摯な告白の次には畳みかけるように熱烈なプロポーズをされて息もできない。木兎くんの生涯を一番近くで見守る権利をくれると言うのだ。最期の瞬間を共にしたいと言われて涙が出そうになった。いろんな気持ちがぐちゃぐちゃだ。木兎くんがここまで言ってくれているのに、こんなにも木兎くんのことが好きなのに、素直に頷けない自分に腹が立った。

「……じゃあこうしよ!」
「?」

それでも返事をできかねている私を見て木兎くんが明るく切り出した。

「今月はバレーしてる俺見るの禁止ね!」
「……え!?」

ハツラツと死刑宣告をされたような気がした。木兎くんのバレーが見られなくなったら、私は何を楽しみに生きていけばいいの。

「その代わり毎日連絡するし、できる限り会うから」
「え、ちょっと……」
「それで絶好調だったら、なまえちゃんの悩みは解決できるでしょ?」
「!」

私が何に悩んで返事をできないでいるのか、木兎くんはお見通しだったみたい。
果たして私にとって必要なのはバレーをしている木兎くんなのか、それともただの木兎くんという男の人なのか……その答えを出すきっかけを与えてくれたんだ。

「……わかった」

私は覚悟を決めて頷いた。



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

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