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05

 
木兎くんの試合を観に行った後はご機嫌な気持ちが続くはずなのに、私の心はいまいち晴れなかった。
会話の途中で逃げ出すなんて、すごく失礼なことをしてしまった。いやでも木兎くんのスマホに私の連絡先が入っていいわけがない。その点では私の判断は正しかった。
そもそも、この3ヶ月の間に3回も実物の木兎くんと遭遇するのがおかしい。この先の人生での運を使い果たしている気がする。近い将来とんでもない不幸が訪れるのでは。
私の名前はおそらく赤葦くんから聞いたんだろう。今思えばやっちゃんも木兎くんからの刺客だったんだろうか……いや、そうだとしても万が一の偶然が重ならなければあんなことにはならなかったはずだ。やっちゃんの挙動が明らかに不自然になった瞬間があったから、彼女もおそらくそこで初めて聞かされたんだろう。
そもそも、木兎くんは何でただのいちファンである私に興味を持ってくれるんだろう。木兎くんに魅了されているファンは別に私だけじゃない。私が絶世の美女であればまだわかるけど、そんな事実は微塵もない。

「みょうじ先生変な顔!」
「トイレ行きたいの?」

気を抜くと仕事中にも関わらず考えこんで生徒達に笑われてしまった。私の真剣に思い悩む顔はトイレを我慢してる顔に見えるらしい。気を付けよう。今は生徒達の下校を見守るという職務と全うしなければ。

「ううん何でもない。良太くんランドセル汚れてるけど何したの?」
「リフティングできるかなって思ったけどムリだった!」
「もー。おじいちゃんおばあちゃんが買ってくれたんだから大事にしてよ」
「何で先生知ってるの!?エスパー!?」

ランドセルがなかなかいいお値段すると知ったのはだいぶ大人になってからだった。孫への愛情を利用したぼったくりのように思うこともあったけど、確かにこんなヤンチャな扱いをされても6年間原型を留めているのだから相応の価値はあるのかもしれないというのが最近の見解だ。

「私ティッシュもってるよ!」
「本当? じゃあ花ちゃん拭いてあげて」
「う、うんっ!」

ひょっこり会話に入ってきたのはクラスの優等生キャラの花ちゃん。花ちゃんは良太くんのことが好きで、多分良太くんも花ちゃんのことが好きだ。嬉しそうに良太くんの世話を焼く花ちゃんとさっきまでの悪ガキぶりが嘘のようにおとなしくなる良太くんを見て癒された。ふふ、我ながらいいアシストをしたものだ。

「あ!!」
「……!?」

小学2年生の青春を微笑ましく見ていたら何かを発見したような声が聞こえて、視線を向けると目を丸くした木兎くんが立っていた。
いやいや、流石に嘘でしょ。幻覚でしょ。こんな立て続けに木兎くんに会えることなんか……

「ぐ、偶然だから!!」
「え……」
「マジで! 今日休みで、実家戻ってて、母ちゃんにおつかい頼まれて!!」
「そ、そうなんですね」

どうしよう現実だ。
木兎くんはよくわからない弁解を必死に口にしながらも少しずつ私に近づいてきた。木兎くんが目の前に存在している事実はこれで4回目になるわけだけど慣れるはずがなかった。途端に緊張してきて昨日みたいに逃げ出したくなる。でも今は持ち場を離れるわけにはいかない。
木兎くんの実家ってこの近くなんだろうか。木兎くんが持っているスーパーの袋は我が家もたまに利用するところだった。どうしよう、地元のスーパーが聖地になってしまう。テンパる私がいる一方で、今度行った時ポイントカード作ろうと冷静に決意する自分もいた。

「あ! みょうじ先生の待ち受けの人だ!!」
「エッ」

木兎くんの存在に気付いた花ちゃんが声をあげた。花ちゃんは以前私のスマホ画面の木兎くんを見ている。不意打ちの暴露に内心焦ったけど落ち着け、別にやましいことではない。私が木兎くんのファンであることは既に知られていることだ。

「よかったね!大好きって言ってたもんね!」
「!」
「ソダネー、はい早く帰りましょうねー!」

さっきから爆弾発言が過ぎる花ちゃんを追い払った。女の子はマセてるから、もしかしたらさっき私がしたアシストのお返しのつもりだったのかもしれない。花ちゃんはにこにこして良太くんの手を引っ張っていった。ちょっと、「ジャマしちゃダメだよ!」って聞こえてるから。違うから。申し訳なくて木兎くんを直視できない。

「待ち受け俺にしてくれてるの?ありがとう!」
「ッいえ!すみません!」

にっこり笑ってくれた木兎くんが眩しすぎてどっちにしろ直視できなかった。

「あのさ、やっぱ連絡先教えてほしいんだけど……無理?」
「え、と……」

昨日の木兎くんの発言は幻聴ではなかったらしい。耳鼻科にはまだ行かなくていい。昨日は理解する前に「無理です」と即答したものの、この距離で直接対峙して聞かれたらなかなかはっきりとは断れなかった。

「今スマホ持っていませんし……」
「じゃあIDここに書いて!」

スマホを持っていないことを言い訳に断ろうとしたら木兎くんは意気揚々とサインペンを出してきた。そういえば前に雑誌の取材で、いつでもサインを書けるように持ち歩くようにしてるって言っていて、木兎くんのサービス精神に感服したのを覚えている。
ここにと言って差し出してきたのはメモ帳ではなくて木兎くんの左手だった。

「さ、触れません……!」
「ええーー……じゃあ言って!メモるから」

もちろん人の手に油性ペンを走らせるなんてことできるわけがないし、そのためには木兎くんの手に触れなければいけない……想像しただけで無理だった。
譲歩してくれたみたいな言い分だけど、あれ、なんかもう連絡先を教える前提で話が進んでしまっている。気付いた時にはもう遅くて、軌道修正する話術は私にはなかったし木兎くんからのお願いをこれ以上断ることに良心が痛んだ。
アルファベットを呪文のように唱えながら本当にこれでいいのかと問いかけても、答えを教えてくれる人は私の脳内にいなかった。

「……ありがとう!連絡すんね!」
「い、いいですすぐ消してください……」
「ははは、何でだよ!」

行動と矛盾した私の発言に笑いながら突っ込んだ木兎くんは、今まで見たことのない木兎くんだった。当たり前だ、9年という時間を捧げてきたと言っても私が知るのはコート内での木兎くんだけ。少し大人っぽい笑い方を見せられて、同い年の男性なんだなと思い知った。
そんなの見せられたら欲張りになってしまいそうで怖い。ファンという垣根を越えてしまわないように気を付けなければ。


***


連絡先を交換してから、週に1回くらいのペースで木兎くんから連絡がくるようになった。内容はチームメイトのこととか美味しかったものとか好きな漫画のこととか日常的な雑談で、毎回情報量が多くて感情がパンクしそうになる。木兎くんは個人でSNSをやっていないからこういうプライベートに触れる機会は少ないのだ。私にだけ公開される木兎くんのプライベート……こんなことがあっていいんだろうか。

「お待たせ!」
「いえ、全然、です」

そして今日、木兎くんとご飯に行くことになった。
一応弁解しておくと、もちろん私は断っていた。一ファンがブラックジャッカルの木兎選手とデートするなんてとんでもない。水族館をお断りして、動物園もお断りして、遊園地も丁重にお断りしたらついに電話がかかってきてしまった。「どこならいいの」と聞かれたから変な噂になってしまったら申し訳ないと説明すると、「じゃあご飯だけならいい?」という感じで流されてしまった。動物園と比べたらハードルが低いように思えたけど、よくよく考えてみたらどちらもデートをしているという事実には変わらない。気付いた時にはもう遅かった。前にもこんな感じのことがあった気がする。木兎くんがこれを計算でやってるとしたらなかなかの策士だ。

「ごめん、早く来たつもりだったんだけど待たせちゃったよね?」
「大丈夫です。木兎くんを待たせる方が罪なので」
「えーーいいのに全然!」

今から木兎くんと2人で焼肉を食べに行く……信じられないけど現実だ。
誰かに見られて勘違いされたら困るのではとかいろいろ理由を並べてみても、全て木兎くん節で解決されてしまった。思い返してみたら木兎くんと2人で個室に入るなんて、私にとっては何の解決にもなっていない。木兎くんと同じ空間の空気を吸っていいの?どうしよう、もうフードファイター並みに黙々と肉を食べるしかないのでは。



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

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