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04

 
「なるほどな〜〜〜!」

場所は株式会社ムスビイの選手寮。食堂の一角で侑が楽しそうに声をあげた。同じテーブルについているのは他に日向と佐久早、そして木兎だ。"妖怪世代"と称される彼らは寮でもこうやって一緒に過ごす時間が比較的多い。
話題の中心になっているのは木兎で、どうやら気になっている女性について話しているようだ。侑に進展があったのかと聞かれて、直接的な進展はなかったものの彼女が筋金入りの木兎のファンであった事実を伝えた。

「俺のこと好きだったらもっと来てくれればいいのに」
「ガチなんやろ?ファンの鑑やん」
「木兎さんがかっこよすぎるからだと思います!」
「そうかー!だよなー!でも俺は会って話したい!」

一般的なファンであれば憧れの選手を前にした時、喜んで握手やサインを求めてくるものなのに、逃走という行動をとった彼女の心理が木兎にはわからなかった。赤葦と木葉から間接的に彼女の熱い想いは聞いている。木兎は一言しか言葉を交わさなかった"名字さん"のことが、確実に気になっていた。

「フッフ、俺がめっちゃええ作戦考えたる!」
「おおお!」
「……」

盛り上がる3人を横目に、我関せず食事を続けていた佐久早は静かに席を立った。


***


侑の考えた作戦はこうだ。
狙うは試合が終わった後のファンサービスの時間。おそらく自らは近付いてこないであろうなまえを見つけたらまずはジャカ助に絡みに行かせる。侑曰く「マスコットキャラ嫌いな女子はおらんやろ」とのことだ。中の人には伝えてある。先日赤葦が盗撮した写真も確認済みだ。

「そこでぼっくん登場!」
「おおお! 何すればいい!?」
「連絡先聞いたらええやん」
「なるほど!」
「……そもそも出待ちすんの?」
「「!!」」

選手控え室で盛り上がる2人を横目にボソっと佐久早が呟き、2人はハッと動きを止めた。
確かにこの作戦はなまえが木兎の出待ちをするという前提で進められていた。なまえは熱狂的なファンと言えるが、他のファンと同じように出待ちをするかと冷静に考えてみると、その可能性は低いような気がしてきた。会場から出るまでところで捕まえるにしても大勢の観客の中から彼女を見つけ出すのはほぼ不可能だろう。

「大丈夫です、それでいきましょう!」

肩を落としてしまった木兎に、日向はにっこりと笑ってスマホの画面を見せた。


***


(な、なななんですと……!?)

谷地は極度の緊張と戦っていた。こんなに心臓がバクバクと煩く鳴るのは高校3年の1月、センターコートのベンチに座った時以来かもしれない。
大学卒業後、東京の広告会社で働いている谷地は久しぶりに同級生である日向の試合を観に来ていた。残念ながら周りにバレーに興味がある知り合いはいなくて、一人で赴くことになったがそこまで抵抗はなかった。同級生の活躍を見たいという想いが強かったのと、彼女自身が大人になったからかもしれない。
日向から送られてきたメッセージを今一度確認すると、スマホを持つ手が震えた。

「どうしたの?」
「いえ!何でも!ありません!!」
「?」

隣に座る、先程知り合った女性に心配そうな視線を向けられて慌ててスマホを鞄の中に隠した。
昨晩、「明日の試合頑張って」と何気ないやりとりをしてる中で日向から急に見知らぬ女性の写真が送られてきて、「もしこの人を客席で見つけたら教えてほしい」と言われていた。
この大勢の観客の中で特定の人を見つけるなんて不可能に近い。日向も本気で捜してほしいというわけではなくて「万が一」の可能性に賭けて伝えていたんだろう。しかし谷地はその万が一の確率にぶち当たった。
売店が並ぶ一角で谷地はその女性を見つけて、まさかの展開に一人テンパり、躓いて買ったばかりのおにぎりをぶちまけてしまった。そんな谷地に声をかけてくれたのが写真の女性…… みょうじなまえだった。東京の荒波に揉まれて少し寂しく思っていた谷地は彼女の心優しい対応に感動した。

その後、鮭おにぎりが好きという話題で盛り上がり、流れで一緒に観戦することになった。
席についたところで意気揚々と「運命的な出会いをしてしまいました!」と報告したところ、「その人木兎さんの好きな人だから、試合終わったら出待ちのとこまで連れてきてほしい」ととんでもない事実を告げられ、更にはとても重大なミッションまで貰ったことによって谷地は試合観戦どころではなくなってしまった。
木兎さんといえば元梟谷学園のエースで、現在は日向と同じチームに所属している。学生の時から日向がお世話になっていて尊敬している先輩だ。自分の行動で木兎さんの恋路が左右されると思うと気が気じゃなかった。

「あの……私、出待ちというものをしてみたくて……!一緒に、行っては、くれませぬか!?」
「え? あ、うん」

まるで戦場に赴く侍かのような口調になってしまったことに、谷地自身は気付いていない。思い詰めた表情で小さく震える小動物のような女の子を一人にさせられないと察したのか、なまえは快く頷いた。


***(夢主視点)
 

「みょうじさんは出待ちよくするんですか?」
「私は……あまりしないかな」
「え……!?」
「いいのいいの、気にしないで」

会場で知り合ったやっちゃんはとても可愛らしい女の子だった。小さくて小動物みたいで護ってあげたくなる魅力がある。普段出待ちはしないけど、あの人混みの中にこんないたいけな女の子を一人放り出すことはできなかった。
試合が終わってひと段落すると、各々お目当ての選手のもとに走り人集りがあちこちにできる。特に多くの女性ファンを集めているのは宮くんや佐久早くんだ。木兎くんも子ども中心のファンに囲まれて愛想よく対応している。この距離だし私に気付くことはないだろう。やっちゃんお目当ての日向くんは比較的身長が低いせいか、なかなか見つからない。

「あ、ジャカ助だ!」

やっちゃんが見つけたのは日向くんではなくブラックジャッカルのチームマスコット、ジャカ助だった。狼をモチーフにしたマスコットで、試合中は太鼓を叩いたり大きなリアクションをとったりして盛り上げてくれている。

「わ、こっち来た!」

キッズ達と戯れていたジャカ助が急にぐりんと顔をこちらに向けて近づいてきた。え、何で。隣ではしゃぐやっちゃんには悪いけど、私は正直着ぐるみのこの無機質な表情が少し苦手だ。

「写真撮ってくれるの?みょうじさんも一緒に写りましょう!」
「うん」

しかしやっちゃんが可愛いので甘んじて受け入れよう。そういえば去年足を延ばして行ったホームゲームでは木兎くんとジャカ助が肩組んで走り回ってたな……あの時の木兎くんは本当に可愛かった。

「俺が撮るよ、谷地さん」
「あ、日向ありがとう」
「……ん?」

オロオロするやっちゃんのスマホを受け取ったのは日向くんだった。憧れの選手の登場でやっちゃんはどんな可愛らしい反応をするだろうとわくわくしたのに、やっちゃんは私の期待を裏切って平然としている。
あれ?ていうか今日向くん、やっちゃんの名前呼んだよね。やっちゃんも日向くんのこと呼び捨てだったよね。んん?違和感を感じながらも私はジャカ助の隣でピースサインと笑顔を作った。

「ありがとう谷地さん、すげー助かった!」
「いえいえ!」

やっぱりこの感じ、ファンと選手って感じじゃない。

「もしかして日向選手の彼女……!?」
「ち、違います! 高校のマネージャーで!!」

なんだ、高校の同級生だったのか。それならそうと観戦の時に言ってくれれば良かったのに。

「みょうじさん!!」
「!?」

2人のやりとりに気を取られていると、元気な声が私の名前を呼んだ。声の主はすぐにわかった。振り返るとやっぱりそこには木兎くんがいて、反射的に逃げたくなるのをさすがに失礼だと思って踏みとどまった。

「木兎光太郎です!」
「し、知ってます」
「あ、そっか、だよね!」

私が木兎くんのフルネームを知ってるのは当然として、何で木兎くんが私の名字を知ってるの。木兎くんの口から私の名字が出てくるなんて何事。幻聴?そもそも私の目の前で木兎くんが動いていること自体が幻覚なのかもしれない。でも、だとしたら何で木兎くんが一歩近づく度に私の心臓はキュっとなるんだろうか。

「連絡先教えてください!!」
「む、無理です……!!」
「エッ」

木兎くんの言葉を理解するより前に私は逃げた。だって、これ以上近づかれたらどうなっちゃうかわからない。

「……ドンマイ、ぼっくん」
「無理って言われた……」
「き、きっと照れてるんですよ……!」



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

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