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03

 
「うぐぅ……」

ハイボールのジョッキが大きな音を立ててテーブルにぶつかり、同じ高さに顎をもたれたなまえがよくわからないうめき声をあげた。中に残ったハイボールはあと3センチ。元々あった分はなまえの体内を巡っている。お酒に弱いわけではないが、ジョッキとテーブルの距離感がわからなくなる程度には酔っ払っているようだ。
なまえの話題はアルコールが入っていようが入っていまいが席についてからずっと変わらない……彼女が長年応援してきている木兎光太郎のことだった。十年来の付き合いである友人は広い心でなまえの止まらないお喋りを受け止めた。

「ラッキーじゃん。サイン貰えば良かったのに」
「違う……違うんだよ……!」

聞いてみると木兎に偶然にも街で遭遇して会話までしてしまったとのことだった。憧れの相手に会えたのだったらもっとテンション上げて話せばいいものの、名前の表情はどちらかというと浮かない。なまえのファンとしての姿勢はそう単純なものではないらしい。

「ファン感行かないの?」
「……私は木兎くんに感謝しかないけど、木兎くんに感謝されるようなことはしてない」
(めんどくさっ)

わかってはいたことだが友人は改めてめんどくさく思った。ファン歴が長いせいかなまえの元々の性格のせいか、はたまた木兎という存在がそうさせるのか……なまえは木兎のファンとして変なプライドを持っていた。

(木兎のことこんな好きな子がいるんだなあ……)

その会話を隣のテーブルで盗み聞いていたのは木兎のかつてのチームメイト、木葉秋紀だった。営業として日頃からフットワークを軽くしている彼はこうやって酒の席に赴くことが多い。ただでさえ女性同士の会話には興味が惹かれるというのに、その話題が終始木兎のことであると気付いた途端、得意先の部長の自慢話は全く頭に入ってこなくなった。
木葉の知る木兎は学生の頃から人気者ではあった。ただ、同年代の女子からしたらいつも煩くて童心の塊のような彼はなかなか恋愛対象にはなりにくいようで、雑な扱いをされることの方が圧倒的に多かったというのが事実だ。

「私は木兎くんと同じ時代に生まれてこれただけで幸せなんだよお〜〜……」
「あっそ。からあげ食べていい?」
「どーぞ」

彼女の木兎への気持ちは恋慕というよりは崇拝に近いようだ。
丁度来週末には梟谷バレー部の同窓会が控えている。木兎に彼女の存在を伝えたらきっと喜ぶぞと、木葉は緩んだ口元を隠すようにビールを飲み干した。


***


「そういえばこの前居酒屋にお前のファンいたよ。女子」
「!! 黒髪の、手が綺麗な子!?」
「は?」

宴会が始まって1時間。3杯目のレモンサワーに口をつけた木葉が先週見つけた女性ファンの存在を木兎に告げると、思いのほか食いついてきてすぐにグラスをテーブルに置くことになった。てっきり女性ファンの存在を無邪気に喜ぶものだと思っていたのに、想像していた反応と違った。

「手が綺麗かどうかは知らねーけど黒髪だったな」
「俺のこと何か言ってた!?」
「木兎くんと同じ時代に生まれてこれて幸せ〜〜って言ってたぜ、良かったな」
「!!」

まだ木葉が見た女性と木兎が気になっている女性が同一人物だと確証が持てたわけではない。ただ、そうだと仮定をするならば木兎の疑問はひとつ解消されることになる。

「あ、俺もその人知ってるかもしれません」
「!?」

木兎と木葉の会話に、向かいの席にいた赤葦が手を挙げて入ってきた。

「よく会場で見かけます。なんとなく木兎さんのファンなんだなあとは思ってましたけど」
「!!」

赤葦がからあげを頬張りながら淡々と事実を伝えると、木兎は嬉しそうに頬を染めた。そんな木兎の反応からただならぬ想いがその女性にあるようだと2人はすぐに見抜いた。

「俺のファンなら、何で逃げちゃうんだろ……」

気になっている女性が自分を応援してくれてるのだとしたらこれ以上嬉しいことはない。その一方で木兎のモヤモヤが大きくなっていく。ファンだとしたら何故あの時目が合ったのに逃げてしまったのだろうか。
珍しく真剣に悩んでいる様子の木兎を見て力になりたいと自然に思えたのは、彼らも青春時代を木兎に救われた思い出があるからかもしれない。

「うーん……ガチのファンだからじゃね?」
「??」

木兎から経緯を一通り聞いた木葉がひとつの仮定を提唱した。
好きなものを好きと堂々と言える木兎には理解しがたい心理なのかもしれないが、誰もが好きな人に対してぐいぐい近づけるというわけじゃない。実際に彼女の語りを聞いた木葉には容易に予想がついた。アイドルや俳優に対して好きという感情を通り越して「崇拝」に域に達しているファンは一定数いる。彼女はそのパターンなんだろう。

「でも俺は、もっとあの子のこと知りたい……」
「「……」」

プロに入ってから感慨深い成長を遂げた木兎ではあるが、まだまだ手のかかる弟のような一面は持っているようだ。元チームメイトはその様子を懐かしく思うと同時に、やれやれと嬉しそうに小さく笑った。

「……わかりました。俺が探ってきます」
「マジ!?」


***(夢主視点)

 
日本の首都、東京に生まれて良かったと思う。インフラが整ってるとか何でもあるとか街としての魅力はたくさんあるんだろうけど、私が思う東京の魅力は兎にも角にも木兎くんである。東京に生まれていなかったら私は木兎くんに出会えていなかった。九州出身のお母さんが東京の男と恋に落ちて結婚してくれて本当に感謝している。
それに大きな大会となると東京が会場になることが多い。東京で生活している時点で、私は木兎くんの試合を観られる機会が地方の人より多く与えられているということなのだ。東京での試合には仕事や冠婚葬祭が入らない限り必ず行くようにしている。
それは多分、彼も同じなんだろう。

「あの……」
「!」

赤葦くん……木兎くんの元チームメイト。東京の会場で彼を見かけることは多いし、実際この前は隣の席に座ってしまった。
そして今日、声をかけられた。この前みたいな「あ、すみません」みたいな他人同士のやりとりではなくて、しっかり私という人間に視線を合わせての呼びかけだった。

「よく来てますよね」
「!?」

私はもちろん彼の存在を知っている。何故ならば木兎くんと近しい人物だからだ。でも彼にとって私は通行人Aにしか過ぎないはずだ。特別奇抜なファッションもしてないし顔も特別可愛かったり濃かったりするわけじゃない。実際今までスルーだったはずなのに、なんでいきなり。
彼の性格まではよく知らないけど、なんとなく社交的なイメージはない。木兎くんの隣にいることが多かったからか物静かで落ち着いている印象が強い。

「はい、近くでやる時は」
「お目当ての選手がいるんですか?」

果たしてこの質問に正直に答えていいものか迷った。
彼も木兎くん目当てで来ているはずだ。木兎くんと一緒にプレーをしてきた選手に対して、私なんかが木兎くんを語っていいんだろうか。一歩言い方を間違えれば「あなたと同志です」と言ってるように聞こえてしまうかもしれない。それは違う。

「……木兎さんですよね」
「!」
「すみません。前隣になった時、そうなのかなって」

そんな思考も無駄だったようで、私が木兎くんのファンであることはとっくにバレていたらしい。

「実は俺、高校の時木兎さんと同じチームでセッターをやっていまして……」
「し、知ってます……」
「!」
「兄がバレーをやっていて、春高で見てました。梟谷の試合」
「……そうだったんですか」

多分赤葦くんは嘘が通用しないタイプの人だ。早々に察して私は下手な嘘を繕うのをやめた。ただ、重すぎて気持ち悪いとは思われないように熱量には気をつけた。

「何で木兎さんなんですか?」
「え……」
「女性は宮侑とか佐久早が好きと言う人が多いイメージなので」

確かにブラックジャッカルだと宮くんや佐久早くんに女性ファンが多い。木兎くんはどちらかと言うと部活少年とか男性ファンが多いイメージだ。一般的に見て私は少数派なのかもしれないけど、その質問を赤葦くんがしてくるのは少し白々しいと思った。木兎くんの魅力を一番近くで肌で感じてきたのは彼のはずだ。

「私が苦しい時とか悩んでる時……何度も救ってくれたんです」
「……」
「あ、いや、私が勝手に見て一方的に救われてるだけなんですけど!」
「……その気持ち、少しわかります」
「いやいや一緒にしちゃダメです!!」
「?」

同じコートに立っていた彼の想いを、私なんかと一緒にしてはいけない。私は遠くからただただ見つめていただけだ。木兎くんの最大値を引き出すために日々奮闘していた赤葦くんにも私は感謝しているのだ。

「あ、俺赤葦っていいます。24で編集の仕事をしてます」
「あ…… みょうじです。小学校の先生してます。歳はひとつ上です」

ここにきて今更な自己紹介をしてきた赤葦くんは結構マイペースな人なのかもしれない。一応失礼のないように、教えてもらった情報と同じことは伝えるようにした。

「木兎さんのことを想ってくれてるなら、一度会ってあげてくれませんか」
「え……!」
「せーのっ!」
「「「ボクトビーーーム!!」」」

赤葦くんの言葉に気を取られて、木兎くんがお得意の超インナースパイクを決めた瞬間を見逃してしまった。スクリーンに笑顔の木兎くんが映し出され、気のせいかもしれないけどこっちに向かってボクトビームしてくれたような気がした。

「気になってるみたいなんです。みょうじさんのこと」
「!」

ここでようやく赤葦くんがわざわざ私の隣に座ってきた理由を察した。全国大会常連校の部員達の繋がりは大人になった今でも強いはず。赤葦くんは木兎くんから何か聞いたのかもしれない。
仕事中に偶然会った時はもう一生関わることのない他人だったはずだ。でもこの前、会場でしっかりと目が合ってしまった。私がブラックジャッカルのファンであること……そして赤葦くんがこうやって接触してきたということは私が木兎くんのファンであることも、きっとバレてしまっている。

「私は……ここから見てるだけで十分なんです」
「……」

隠したかったというわけではない。何度も言うが私は木兎くんを応援することに誇りを持っている。ただ、木兎くんがバレーをやっていくうえで私という存在は重要ではない。たとえほんの数分でも、木兎くんの時間を私のために費やしてもらうなんて……烏滸がましい。


***


「どうだった!?」
「名前はみょうじさんで歳は25歳です。」
「みょうじさん……!同い年だ!会ってくれそう!?」
「……なかなか頑固ですね」
「そっか……」
「でも、好感が持てました。素敵な人でいいと思います」
「赤葦は姑なの??」



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

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