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02

 
学校では2年生のクラスを担当している。小学2年生というとまだまだヤンチャ盛りで、「お喋りしない」、「動き回らない」と注意せずに一日を終えることはほぼないと言っていい。大変ではあるけれど、子供の純粋な視点による言動は私達大人を時々ハッとさせることもあって刺激のある日々を送れている。

「私、交番の方捜してきます」
「うんお願い」

ただ、今日の刺激は少し強すぎる。
絵を描く授業で2クラス合同で近くの公園にやって来た。遊具やお花など思い思いの題材を描く生徒を見回る中で、一人の生徒の姿が見当たらないことに気付いた。一学期の通信簿に「少し落ち着きがないです」と書いた男の子だ。公園をくまなく捜してもいなかったから外に出ていってしまったのかもしれない。小学2年生にとっての外の世界は本人が思っているよりもずっと多くの危険が潜んでいる。一瞬でいろんなことが過ぎってしまった思考を振り払った。今はただただ無事を信じて足を動かすしかない。

「みょうじ先生ー!」
「!!」

縋るような気持ちで目指した交番に辿り着く前に見つけることができて、ようやく思い切り肩で呼吸をする。私の気も知らないで当の本人は能天気に手を振っている。

「動かないでッ、先生が行くから!!」

信号のない道路を挟んで向こう側から動かないように釘を刺して、バイクが通り過ぎるのを待って私から駆け寄った。

「先生あのね、猫がね、」
「コウタくん」

とりあえずは無事で本当に良かった。怪我もしてないし怖い思いもしてないみたいだ。それが確認できたら教育者として私がやるべきことはあとひとつ。

「公園で絵を書きましょうって言ったよね?外出ちゃ駄目ですよって言ったよね?」
「だって、猫が……」
「コウタくんがいないってみんなすごく心配したの。わかる?」
「うん……」
「変なおじさんに連れてかれちゃったらどうしようとか、車に轢かれちゃったらどうしようとか、たくさん考えたの。お友達がそんなことになったら悲しいよね?」
「うん……ぐすっ……」

自分がどれだけ大変なことをしてしまったかを理解させて反省させなければならない。泣かすつもりで高圧的な態度をとった。教育者と言っても子育てをしたことがない私が他人の子供を叱るのは少し勇気がいる。特にこのご時世、どこで文句を言われるかわからない。でもそんなことを気にして尻込みしていたら子供たちが成長する機会を奪ってしまう。それに子供たちは「怒られる」と「叱られる」の違いを、言葉で説明はできなくてもちゃんと理解している。

「何て言うの?」
「ごめんなさい……」
「よろしい。佐藤先生とクラスのみんなの前でも言えるね?」
「はい……」
「猫が見たいんだったら、今日学校終わったら先生がいいとこ教えてあげる」
「ほんと!?」

ボロボロと零れてきた涙と鼻水を新調したばかりのハンカチで拭いながら、本当に無事で良かったと改めて安堵の息をついた。偉そうに叱ったものの、今回の件は私達教師も大いに反省しなきゃいけない。

「良かったなー!」
「うんっ、ぐすっ」
「あ……!」

ここで初めて今のやりとりを第三者に見られていたことに気が付いた。生徒に夢中で全然気付かなかった。コウタくんの一歩後ろに大人の足が見えて、迷子になったコウタくんを交番に送り届けようとしてくれた人がいたんだと理解した。

「すみませ……!?」

立ち上がって、生徒に合わせていた目線をその人に向けた瞬間息が止まった。

「ごめんなー、俺公園の場所わかんなくて」
「ううん、肩車楽しかった!」

だって、こんなところに木兎くんがいるなんて思わないじゃん。こんな奇跡が起こるなんて夢にも思わないじゃん。ありえないと思ったけど、私が木兎くんを見間違えることの方がありえない。筋肉と笑顔を見て確信する……間違いなく木兎光太郎、本物だ。

「あの……!」

湧き上がってくる興奮を培ってきた理性で抑え込む。生徒の前……しかも偉そうに叱った直後に腑抜けた姿は見せられない。教師として、生徒を助けてくれたことに感謝を伝えなければ。

「……ありがとうございます」
「!」

私はこれからもずっと木兎くんを追い続けるけど、こうやって面と向かって言葉を伝えられる機会はおそらくこれが最初で最後になるだろう。予想通り本人を前にしたら頭真っ白になるし絞り出した声も震えてただろうし、自分がどんな顔をしてるか気にする余裕もなかった。「ありがとう」の一言じゃあ私の9年分の想いは全然伝えきれない。それでも私の人生の中で今日という日は一生忘れられない記念日になるだろう。
生きてて良かった。


***
 

『……ありがとうございます』

木兎は先日出会った女性の言葉と表情が、1ヵ月経った今でも忘れられないでいた。普通に生きていれば何回も耳にして口にする機会がある言葉。特に木兎の場合その言葉に触れる回数は普通の人より多いのかもしれない。それでも今まで貰ってきたどの「ありがとう」とも違う感覚を、木兎は彼女から感じ取っていた。

(また来てる……!)

そんな彼女を試合会場で見かけたのはこれで3回目になる。ここ1ヶ月は関東圏で毎週末試合が組まれていて、彼女と出会ったのは地元東京。その週の日曜日に会場でおにぎりを買ってるところを見つけて、その次は千葉、そして今日は神奈川まで来ていた。
見間違いの可能性もあるが木兎には何故か自信があった。3回も見かけるということは、彼女は木兎の所属するチーム、ブラックジャッカルのファンで間違いないだろう。物販のユニフォームなどは身につけていないから一見して誰のファンかはわからない。

「ぼっくん誰か捜しとんの?」
「んーー……うん、ちょっと」
「え、彼女?」
「ううん、知らない子」
「ハァ?」

試合が終わった後は出待ちをしてくれているファンから差し入れを貰ったり一緒に写真を撮ったりサインをしたりするためすぐにコートを去るわけではない。チームを運営していくためにファンサービスも大事な時間だ。比較的男性ファンや子供のファンが多い人だかりの中に、木兎は彼女の姿を捜していた。

「アッ!!」
「……!?」

人も疎らになってきた頃、忙しなく動いていた木兎の視線がついに彼女を捉えた。彼女を見つけた瞬間、反射的に大きな声をあげた木兎に周囲の視線が集まる。数メートル離れた場所でスマホを見ていた彼女の視線も木兎へ向き、しっかりと絡み合った。

「あの……ッ!」
「!」

木兎が何かを伝える前に彼女は逃げるようにそそくさとその場を去っていってしまった。無意識に伸ばした木兎の右手が虚しく宙に残る。おそらく向こうも木兎を認識したはずなのに何故避けるような行動をとるのか……木兎には彼女の心理がわからなかった。

「友達ですか?」
「いやいや、この感じはアレやろ〜〜!」

その一部始終を見ていた日向と侑が木兎の両隣りに並んだ。セッターとして日頃から選手の様子を観察している侑の方は、今のやりとりを見てだいたいの予想がついたようだ。思い返してみればここ最近の木兎は、試合中に支障はないがどこか心ここにあらずというか物思いに耽るような態度が顕著だった。その理由が「女性」だとわかって侑はニンマリと口角を上げた。

「へーえ、ぼっくんファンに手ェ出すん〜?」
「ち、ちげーよ!」

まだ木兎のファンだと決まったわけではない。それでも、彼女が試合会場に足を運ぶ理由が自分であればいいと木兎は願った。



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

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