×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
01

 
私はバレー選手である木兎光太郎のファンだ。
彼が所属するブラックジャッカルの試合情報は常にチェックして、都合がつく限りチケットをとって会場まで応援に行っている。関東圏から中部地方くらいまでなら行動範囲内だ。おかげ様で中古で買った軽自動車の走行距離がぐんぐん伸びている。

ファン歴でいえばかなり長い方だと自負している。
私が木兎くんの存在を知ったのは高校1年生の時。元々バレーは好きで、2つ上のバレー部の兄が初めて春高に出場するとなって家族で応援に行ったあの日、私は木兎くんのプレーに釘付けになった。あの頃は木兎くんも私と同じ1年生で、そこまで注目されている選手というわけでもなかったし実際ミスも多かった。それでもあんなに楽しそうに、悔しそうに、本能でバレーをする人を初めて見て16歳ながらに感銘を受けたのを今でも覚えている。

それから毎年インターハイと春高の全国大会は会場に足を運んでいる。月日を重ねていく毎に木兎くんはどんどん上手になっていった。身長や筋肉量はもちろん、技術もしっかり身に着けているのが素人なりにもわかった。3年生の時には全国で5本の指に入るスパイカーと称されて注目を浴びるようになって、他人のくせに私まで誇らしく思った。
牛島くんや佐久早くんなど、ずば抜けた選手は他にもいたけど私の関心が木兎くんから逸れることはなかった。良いスパイクが決まった時に両手を上げて喜んだり、調子が悪い時にわかりやすく肩を落としたり、全然ダメな時も含めて人間らしい木兎くんに惹かれた。

木兎くんのプレーはいつだって私に元気や勇気を与えてくれた。木兎くんみたいに何か一つのことに一生懸命打ち込むということをしてこなかった私には常に自信が足りなくて、テストや部活なんかでも「どうせ」と思ってしまうことが多かった。だけど木兎くんのプレーを見た後は決まって前向きな気持ちになれた。あともう少しやってみようとか、こうやったら楽しくできるかもと思えるようになったのだ。

そして高校3年最後の春高。最後の試合が終わった瞬間の木兎くんを見て、この人をずっと応援したいと心から思った。木兎くんが好きだと、胸を張って言える人間になりたい……その一心で勉強して、厳しいと言われていた大学に合格することができた。今の仕事をやりたいと決意できたのも全部木兎くんのおかげだ。

「先生誰それー!」
「あ、こら勝手に見ないでよ」

日誌を届けに職員室まで来てくれた日直2人に、表向きに置いてあったスマホの画面を見られたしまった。

「カレシ?」
「カレシ!?」
「違いますー」

最近の小学生はなかなかマセていて、あの子が好きだとかあの子が告白するだとかいう話は聞いてもいないのによく話してくれる。いわゆる「恋バナ」というものが大好きで、同期の男の先生と2人で話してるだけで付き合ってるのかと聞いてくるものだから可愛くて笑っちゃう。

「じゃあ誰?」
「バレー選手の木兎くん」
「ふーん」
「何で待ち受けにしてるの?」
「んー?」

木兎くんを見続けて今年で9年目になる。直接話したことなんてないから、私はプレーを通してでしか木兎くんの人となりは知らない。それでも私が後悔なく人生を送れているのは間違いなく木兎くんのおかげだ。

「大好きだからだよ」

そして今、私は彼のことが大好きだと胸を張って言える。


***
 

待ちに待った週末の土曜日。約1ヵ月ぶりにブラックジャッカルの試合が都内で行われるということで、情報を見つけた瞬間チケットをポチった。この体育館の観戦席に座るのは何回目になるだろう。だんだん木兎くんのプレーがよく見えるベストポジションがわかってきた気がする。次のボーナスが入ったら指定席をとってみようかな。

「すみません」
「いえ……!?」

木兎くんの入場を今か今かと待ち構える私の隣に男の人が腰を下ろした。鞄が軽く当たってしまったことに対する謝罪を受けて、見上げた瞬間息を呑んだ。吃驚しすぎて数秒間ガン見した後、手遅れながらも慌てて目を逸らした。
そんな私を気に留めることなく徐ろにビニール袋からおにぎりを出して頬張り始めた彼のことを、私は知っていた。確か名前は赤葦くん……梟谷出身で約1年間、木兎くんへトスを上げてきた人だ。木兎くんを目で追っていると必然的に視界に入ってくる存在だった。
高校を卒業した後、試合会場の応援席で何回か見かけていてその度にほっこりした気持ちになっていたけど、隣に座るのは初めてだ。さすが元バレーボーラーなだけあって大きい。少しの圧迫感を感じて気付かれないようにこっそり左に詰めた。
実際木兎くんと彼がどういう関係性だったかはわからない。ただ、卒業した後もこうやって何回も見に来てるってことは、彼にとっても木兎くんは大切な人なんだろう……そう思うと勝手に親近感を感じた。私なんかが烏滸がましいっていうのは重々承知だけれども。木兎くんの元チームメイト……私が踏み込んでいい領域ではない。今は木兎くんに集中しよう。

今日のブラックジャッカルの相手はグリーンロケッツというところで、元狢坂高校の桐生くんという注目選手がいる。彼と木兎くんは高校3年の春高で戦っていて、その時の木兎くんはものすごくかっこよかった。あの試合は木兎くんのベストマッチ上位5位には入ると思う。もちろんこのランキングは私が勝手につけたものだ。
昔の戦友を相手に今日の木兎くんはいつにも増して絶好調に見える。高校の頃は浮き沈みの激しい選手だったけど、プロとなった木兎くんにもうそういったムラはない。「いつも元気」というキャッチコピーは今の木兎くんにぴったりだ。

『おおっと木兎、絶好調だったがここでサーブミス!大きくラインを越えました!』
「疲れた!!」
『あはは、今疲れたって言いましたね〜』
『飛ばしすぎたんですかねぇ』

このくらいのミスはご愛嬌だ。当たり前だけど誰も言わないようなことを抵抗なく叫ぶ木兎くんを見て、高校生の時もこんなことがあったなあと微笑ましく思った。それこそ狢坂高校との試合中だった気がする。

「「ふふふ!」」

懐かしくて思わず笑ってしまったら、隣の赤葦くんとタイミングが被ってしまった。彼もきっと同じことを思い出していたんだろう。

『ここで十八番の超インナークロスー!!』
「!」

なんとなく気まずくて隣を見られないでいると、木兎くんお得意のインナークロスが決まって会場がわあっと盛り上がる。これが決まった時は定番の応援パターンがある。「せーのっ」と一人が大きな声で合図を出すと、一斉に「ボクトビーム!!」と掛け声が揃う。コートの木兎くんも同じポーズで満面の笑みを浮かべている。私も家で画面越しに見てる時は一緒になってやるけど、会場にいる時は木兎くんの表情や動きを目に焼き付けることを優先する。会場の大きなスクリーンに満面の笑みを浮かべた木兎くんが大きく映ったところをすかさず写真に保存した。
今日も木兎くんは楽しくバレーをやっている……それだけで私は月曜日からまた強く生きていけるのだ。



( 2020.7-12 )
( 2022.5 修正 )

[ 23/127 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]