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03

 
就職を機に引っ越してきた大阪。ここに住んで3年くらいになるけど、「おおきにアリーナ」といういかにも大阪らしい名前の施設があることを初めて知った。自動車部品の大手メーカー、ムスビイがブラックジャッカルというバレーボールチームを保有していることも初めて知った。侑くんと知り合わなければ知ることのなかった世界に、今日足を踏み入れる。
バレーボールの基本的なルールは勉強してきた。侑くんはセッターというポジションで、いわばチームの司令塔のような役回りだ。10本の指でボールを触ることが多いから指の手入れには人一倍気を遣っているんだと教えてもらった時に、だから侑くんの指に魅力を感じるのかと私はこっそり納得した。
終電を逃して歩いたあの日以来侑くんとは会っていない。連絡は頻繁にとっていたものの、久しぶりに侑くんの姿が見られるのは嬉しい。"お客さん"という立場を少しもどかしく思ってしまうのは私の傲りだと、調子に乗らないように自分に言い聞かせた。

「!」

会場に入るとまず出店がズラッと並んでいて、その中の「おにぎり宮」という幟に目を奪われた。侑くんの双子の兄弟がやっているお店だ。私は吸い寄せられるようにその列に並んだ。

「いらっしゃいませー」
「……!」

列が進んできて、おにぎりが並ぶショーケースの奥に侑くんと同じ顔の男性を見つけた。黒髪バージョンの侑くんだ。かっこいい。

「……あ、もしかして"なまえちゃん"?」
「は、はい!」

私の番が来て、正面でしっかり目が合うと声をかけてくれた。見てわかったということは、侑くんから私の顔写真を見せられたんだろうか。別に構わないけど少し恥ずかしいし、その時にどんな話をしたのかが気になった。

「ツムと仲良うしてくれてありがとぉ」
「こ、こちらこそです。インフルはもう大丈夫ですか?」
「え? あー……うん、大丈夫です」

何か当たり障りのない会話をしなければと体調の話を振ってみたけど、インフルエンザにかかったのは3週間も前のことだった。そりゃ反応に困るよなと申し訳なくなって、2個買うつもりだったおにぎりを3個に増やして注文した。

「まいど。また今度店来てなー」
「はい。ありがとうございます」

侑くんよりも柔らかい笑顔に見送られて、ずっしりと重たいビニール袋を手に自分の席を探す。今回、チケットは侑くんが手配してくれた。ありがたく受け取ってしまったけどどうやらいい席みたいで、たくさんのファンがいる中私なんかが座ってしまって申し訳ない気持ちになった。次は自分で手配しよう。

「わ……」

席に着いてすぐに音楽が流れたかと思えば、選手達が続々と入場してきた。スポーツ観戦自体したことがない私は派手な入場演出にまた驚いた。そして大きな歓声の中、ニコニコと手を振って出てきた侑くんを見つけて胸がきゅっとなる。ユニフォーム姿の侑くんもかっこいい。写真撮ってもいいかな。今私はお客さんなんだから、いいよね。

「!」

スマホのカメラを向けると、ちょうどこちらを向いてピースする侑くんと画面越しに目が合った。一瞬私を見てくれたのかと思ったけど、カメラを構えてる人なんてたくさんいるし、ファンサービスのひとつだったんだろう。とてもいい写真が撮れて嬉しい。早速プロとしての振る舞いを目の当たりにした。
生で見るプロのバレーボールは大迫力で、試合が終わるまではあっという間だった。ものすごいサーブやアタックが打たれる度に私は身をすくめたりグッと拳に力が入ったりした。そして試合中の侑くんの真剣な表情や無邪気な笑顔がスクリーンに映し出される度に胸がドキドキした。なんかもう感情が忙しくて、観ているだけでカロリーを消費した気がする。おにぎり3個は余裕で平らげていた。
試合は2対1でブラックジャッカルの勝利。試合が終わった後は割と自由な感じで、すぐ帰る人もいればコートの方まで行って選手にサインを貰ったり一緒に写真を撮ったりする人もいた。お客さんとの距離の近さに驚きつつも、私はそのまま帰ることにした。差し入れとか持ってきてないし、今日はなんだかもうお腹がいっぱいだった。
侑くんが大好きなバレーボールというスポーツを知ることができてよかった。次は自分でチケットを取って、ちゃんと差し入れも用意して行こう。


***(治視点)


「今日めっちゃ調子よかった。何でやと思う?」

侑が閉店後の店に来て勝手に試合の反省会をすることはまあよくあることだった。でも今日は何やら機嫌が良い。確かに調子は良さそうだったし試合にも勝っていた。
「何でやと思う?」と聞いておきながら、質問に対する答えを求めているわけじゃない。これは「何で?」と聞き返してほしいパターンや。我が双子ながらめんどくさいなぁと思う。

「なまえちゃんやったっけ? 今日会うたで」
「は!?」
「おにぎり買うてくれた」

侑の調子が良かった理由は単純明快で、好きな子が観戦に来ていたからや。中学生かと突っ込みたくなる程の単純さに呆れてしまう。
俺がその好きな子に会ったと伝えると、侑はわかりやすく動揺した。

「いらんこと言うとらんやろな?」
「そりゃこっちの台詞や。勝手にインフルにすな」

突然好きな子を店に連れてくると意気揚々と言ってきたくせに、「俺に惚れても知らんぞ」と軽い気持ちで脅したら真に受けて「やっぱええわ」とすぐに撤回した。普段の侑だったら「んなわけあるか」と突っ込んでいたはずなのに、そうしなかったのは自信がなかったからや。珍しいこともあるもんやと驚いたのを憶えている。

「侑の新しい彼女?」
「ううん好きな子」
「好きな子ねぇ……」

明日の試合のためにこっちに前泊している角名は「好きな子」というワードに首を傾げた。角名の言いたいことはわかる。今まで、侑に彼女はできても「好きな子」ができたことはないと言っても過言ではない。黙っていても女子の方から寄ってきたし、侑がちょっと「かわええな」と言うだけで向こうからアプローチをしてきた。だから自分から好きになって、尚且つ簡単に靡いてもらてない相手は初めてなんだろう。

「ちゅーはしとるんやって」
「ワンナイト?」
「いや、ちゅーだけ」
「はあー?」

なまえちゃんとのことは一通り聞いている。初対面で意気投合してサシ飲みしてそういう雰囲気になってキスしたらしい。まあ、お互い成人してる男女だし別にありえないことではないと思う。でも大人だからこそ、キスだけで終われたことに違和感を感じた。なんでも「へたくそ」と言われたんだとか。それを聞いた時爆笑した。散々煽っといて「へたくそ」とダメ出しした挙句セックスはおあずけって、どんな小悪魔やねんと思っていた。しかし実際に会ったなまえちゃんは、どちらかというと大人しそうな女性だった。

「なまえちゃんからや!」
「童貞かよ」

角名にも簡潔に説明したらとても楽しそうに笑い始めて、なまえちゃんからの連絡を即チェックする侑を早速イジった。

「……」
「何て?」
「グッズ買うたって」
「お!」
「……ジャカ助の」
「「フッ!!」」

グッズを買ってくれるなんて脈アリやんかと思ったら、侑が見せてきたスマホの画面にはジャカ助のキーホルダーが映っていて、角名と同時に噴き出した。ジャカ助に負けて悲壮感が漂う男の顔を、角名がスマホのカメラに収めた。後で送ってもらお。

「……あ!!」
「うるさ」
「侑くんかっこよかったって!!」

なまえちゃんから嬉しい追伸が来たらしく、項垂れていた頭が勢いよく上がった。侑がひとりの女性の言動でここまで一喜一憂する姿を見るのは初めてや。これを計算でやってるんだとしたら大したモンやで、なまえちゃん。

「正直どうなの? いけそう?」
「……次のデートで告白しよ思とる」
「マジで?」
「告白はな、3回目のデートがベストらしい」
「「……」」

何か勝算があるんかと思ったらそんなものはなかった。どこで見たかわからん情報を得意げに話す侑を見て心配になってきた。そんなん一概に言えるわけないやろ。そもそも大人の告白って、ある程度両想いだと確信してからするもんじゃないんか。
今まで女に苦労しなかった男が大人になってから本気の恋をするとこうなってしまうんか。俺は絶対こうはならんぞと、心の中で誓いながら「がんばれー」と適当に応援しておいた。フられた時はたらふくめしを食わせてやるか。



( 2024.1.3 )

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