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01

 
ブルブルブル、と枕元で震えるスマホに起こされた土曜日の朝。いや、もう昼かもしれない。アルコールの影響が残っているのか、体を起こすと頭にズキンと痛みが走った。
そして未だ震え続けるスマホを見下ろす。その振動がアラームではなく着信であることに気づいて、画面を触ろうとした指を止めた。知らない番号からの電話には出ないようにしている。しかし、画面にはしっかり名前が表示されていた。

「みやあつむ……」

馴染みのないひらがな5文字に首を傾げる。こんな名前の友人はいないはずだ。でも登録されているってことは何らかの接触があったということになる。もしかしたら昨日、酔った勢いでやらかしたのかもしれない。
あれこれ考えているうちにスマホの震えがおさまった。とりあえず、いまいちはっきりしない昨夜の記憶を遡っていきたい。SNSに痕跡がないか確認してみると、焼肉の写真と共に「ここの米最高」というコメントを投稿していた。
そうだ。昨日は2年付き合った彼氏に「結婚したいと思えない」という理由でフられて、ヤケクソでひとり高級焼肉に行った。そこで出された白米に感動したんだった。そこまで思い出したところでまた電話がかかってきて、勢いで通話ボタンを押してしまった。

『あー……宮侑です。昨日は……どうも』
「あ……はい……どうも……」

機械越しでもわかるイイ声、いわゆるイケボを聞いてやっと思い出せた。昨日の焼肉屋さんで意気投合して仲良くなった男の人だ。
牛タンと一緒に食べた白米があまりにも美味しいものだから、店員さんにお米の銘柄を聞いたら代わりに答えてくれたのが近くに座っていた彼だった。何でもそのお米は彼の高校の先輩が作っているらしく、昨年は賞も取ったんだと鼻高々に教えてくれた。
その後も成り行きで雑談を交わして、すごく楽しくて、酔っ払ったノリでふたりで2軒目に行ったところまでは憶えている。重要なのはその後なのに、そこからが全然思い出せない。

「わ、私あまり憶えてなくて……失礼なことしませんでした?」
『……』
「え!?」
『うんしとらん。しとらんよ』
「してますよね!?」
『ダイジョブやで』

大丈夫と言う割には棒読みだし変な間があった。セックスはしていないと思う。行為後特有の下半身のダルさは感じないし、記憶が飛ぶ程飲んだ状態でセックスなんてできないはずだ。

『まあ……ちゃんと家帰れたみたいでよかったわ』
「あ、はい。ありがとうございます」

結局私が何をしでかしたかはわからず、電話は切られてしまった。家に帰れたか心配されるなんて相当酷い酔い方をしていたんだろう。最悪ゲロを吐いたかもしれない。
きっともう会うことはないだろうけどかっこいい人だったと思う。体格もいいし声もいいし、性格も気さくで話していてとても楽しかった。あと、指がとても綺麗で印象的だった。
この先彼以上の男性に出会えるかわからない。そう思うとワンナイトがあってもよかったな、と勿体なく感じてしまった私は、元カレの言う通り「結婚したいとは思えない女」なんだろう。
今まで、あまり人に胸を張って言えるような恋愛はしてこなかった。昨日別れた彼氏とは合コンで知り合って、その日のうちにホテルでセックスして流れで付き合うことになった。それでも一緒にいて楽しかったし、身体の相性も良いと思ってたのに。2年も続いた割にはあっけない終わりだった。

「結婚かあ……」

正直全然考えていなかった。まだまだ先のことだと漠然に思っていたけど、25歳となると意識する人もいるらしい。別に絶対に結婚したいとは思っていない。ただ、好きな人から「結婚したい」と思ってもらえたらとても嬉しいんだろうなと、他人事のように思った。
次にする恋愛は、もう少し大切にできるだろうか。


***(侑視点)


腹立つ。ここ最近ずっとイライラしている。原因は1週間前に会ったなまえちゃん。
電話口では何もなかったと言ったけど、あの状況で何もない方がおかしい。めちゃくちゃあったに決まってる。なのになまえちゃんは何も憶えていないようだった。俺ばかりが憶えていて悔しくて、つい嘘をついてしまった。
金曜の夜、焼肉屋で北さんの米を絶賛している人がいて、嬉しくなって酔っ払ったノリで声をかけたのがきっかけだった。なまえちゃんと一緒に肉を食いながらする会話は盛り上がる一方で、2軒目にまで突入した。
適当に入った店では意図せず個室に通されて、豪華なお通しにテンション上がったり変な名前のカクテルを頼んでみたり、楽しい時間が続いた。しかしだいぶアルコールがまわってくると会話は少なくなり、代わりに甘ったるい視線が絡み合った。なまえちゃんがトロンとした顔で俺の指をいやらしく触ってきたのをお誘いだと受け取って、雰囲気たっぷりにキスをした。
するとなまえちゃんは笑いながら「へたくそ」と言ってきた。女にキスのダメ出しをされたのは初めてだった。キスは多分平均より多く経験している。雰囲気も上々、なまえちゃんもノリノリだったくせに、何でそんなことを言われなあかんのか。マジでわけがわからなかった。
呆然とする俺に対してなまえちゃんはニコニコと楽しそうで、俺の首に腕をまわして「ほら、やり直し」と見上げてきた。その挑発に簡単に乗せられた俺は、絶対鳴かせてやると意気込んで唇に噛みついた。何度も何度もキスをしたけど結局合格点は貰えなかったし、終電の時間が近づくとなまえちゃんはあっさり帰ってしまった。
あんだけエロいキスをしといてセックスしないとかありえるんかと衝撃を受けた。いや、誰がどう見てもする流れやったやん。ホテル行こかってなるパターンのやつやん。連絡先は交換したけど「お米の美味しい店あったら教えてほしい」という理由からだった。
翌日、文句のひとつでも言ってやろうと勢いで電話をかけたら「憶えてない」ときた。しっとり柔らかい唇の感触も、耳に触れた吐息の温かさも、首にまわされた腕の重みも、こちとら全部憶えとるってのに。あー腹立つ。

「私彼氏いるから」
「えーマジ?」

今夜のめしはどこで食おうか、会社近くで店を探して歩いていると喧騒の中でなまえちゃんの声を拾い上げた。1週間前にたった3時間程しか聞いてないのに、何故か間違えるはずないという妙な自信があった。
どうやらチャラそうな男に絡まれているようだ。彼氏はいないって言ってたから、「彼氏いる」っていうのはただの断り文句だろう。

「なまえちゃんお待たせー」
「あ、侑くん!」

彼氏のフリをしてナンパに困っている女の子を助けるなんて、我ながらかっこつけられたのではないかと思う。顔もガタいも優っている俺の姿を確認すると、チャラ男は「マジかよ」と呟いて去っていった。

「……彼氏役やってよかった?」
「うんありがとう! 助かったー」

綺麗というよりは可愛い系の顔に、痩せすぎでもなく太りすぎでもない体型。おっぱいは普通。どこにでもいるような女の子だけど、俺はこの子の乱れた姿を知っている。今向けられている屈託のない笑顔と、1週間前の扇情的な表情とのギャップがエグくて心臓がギュッとなった。

「暇なら飯行かん?」
「行く!」

このタイミングで言わなきゃ後悔すると思ってめしに誘ったら二つ返事で頷いてくれた。かわええ。
なまえちゃんの提案で今夜のめしはお茶漬け定食になった。金曜日の夜は米をたらふく食べると決めているらしい。俺にとってはちょっと物足りない量だったけど、なまえちゃんのお喋りを聞いて食いっぷりを見てたら不思議と腹は満たされた。
なまえちゃんは大阪市内の大手文具メーカーで働いてるらしい。バレーにはあまり興味がないようで、俺がバレー選手であることを伝えても「すごい」以外の反応は出てこなかった。まあ、バレーボールの現状はこんなもんや。プロになってから嫌と言うほど思い知ったから今更拗ねることはない。
今日はお互い酒は飲まず、食事だけして21時前に解散した。正直ほんのちょっとそういう展開を期待していたけど、これはこれで普通に楽しかった。いや、めちゃくちゃ楽しかった。

「あー……」

一人暮らしの家に帰宅した途端、もうなまえちゃんに会いたくなった。ベッドに倒れ込んでスマホを弄っているとなまえちゃんから連絡が来てすぐに開いた。何てことはない、「今日はありがとう」という社交辞令ともとれる連絡なのに俺の心臓はバクバクと騒いでいる。

「めっっっちゃ好きやん……」

もはや否定のしようがなかった。前回不完全燃焼で終わったことが悔しくて、一回抱ければ気が済むのかと思っていた。もちろん抱きたい気持ちはあるけれど、それよりもまずなまえちゃんのことを知りたかった。それに、付き合ってもないのに手を出してなまえちゃんに嫌われたくない。
なまえちゃんにまた会いたい。すぐ会いたい。デートしたい。この流れで次のデートを取り付けたい。でも、いざ誘おうとしたら誘い文句が全然出てこなかった。
思い返してみれば今までは相手から誘われることがほほとんどだったし、そもそも毎回告白されて付き合ってきたから、付き合う前のデートをしてこなかった。モテるが故に、好きな子を落とすためのアプローチをしてこなかったんだと今更気づいた。付き合う前のデートって何て言って誘えばええんや。どこに行けばええんや。断られたらどうしよ。
いつまでもトーク画面と睨めっこしていてもしょうがない。一度トークアプリを閉じて検索サイトを開いた。そして中央にある細長いフォームに「デート 誘い方」と入力する。
検索結果の上から順に記事を読んでいく。色んなまとめ方をされていたけど、書いてあることは大体同じだった。とりあえず女の子の興味のあるものを口実に誘って、最初は昼間の2時間程度が良いらしい。
なまえちゃんの好きなものといえば米。米が美味い店を提案すれば多分断られることはないと思う。

「……!」

よし誘うぞと意気込んでトーク画面に戻ってきた途端、なまえちゃんから「侑くんの兄弟がやってるおにぎり屋さんに行ってみたいんだけど、もしよければ一緒に行ってもらえませんか」という文面が送られてきた。双子の片割れがおにぎり屋をやっていることは昨日話して、なまえちゃんも食いついていた。
まさかなまえちゃんの方から誘ってくれるなんて。ただ単に美味い米を食べたかっただけかもしれないけど、デートはデートや。「もちろん!!来週の金曜行ける?」とすぐに返事をして、枕に顔を埋めた。何やこれ、めっちゃ嬉しい。めっちゃ楽しみ。

「……」

ベッドの上でひとしきり足をバタバタさせてから、一度冷静になってスマホを手に取った。そして今度は「デート 服装 男」と、検索フォームに入力した。



( 2023.12.22 )

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