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05

 
12月に入った。春高まであと1ヶ月ということで、居残り練習をギリギリまでやっていく部員が増えてきて体育館は熱気でムンムンしている。私も今日から最後までみんなの自主練に付き合うことにした。いつも観ているドラマはリアタイできなくなってしまうけど、私一人がボール拾いをすることでみんながスパイクやサーブを一本でも多く打てるのならお安い御用だ。

「みょうじ帰らなくてええんか?」
「はい。侑にコキ使われてます」
「そうか。程々にな」
「はい!」

そしてもうひとつの理由は、やっぱり北さんである。春高がどんな結果で終わろうと3年生達は引退する。そうなるともう、毎日のように北さんの顔を見ることはできなくなってしまう。少しでも多くの時間を北さんと同じ空間で過ごしたいという健気な乙女心なのだ。

「北さんとええ感じやんか!」
「……いや、違うと思う」
「え……」

私と北さんのやりとりを見ていたらしい銀がテンション高めに寄ってきた。今のをどの角度で見たらええ感じに見えるんだろう。
北さんのおばあちゃんにご挨拶したり北さんに「かわええ」と言われたりという経験をした今、ちょっと会話できたくらいでヘラヘラと喜ぶ私ではない。冷静に否定した私を見て銀は戸惑いを見せた。

「銀はどうしたらええと思う?」
「どうって……告白したらええやんか」
「当たって砕けろと……?」

銀なら親身なアドバイスをしてくれると期待したのに、直球勝負をしてこいと当たり前のように言われた。

「砕けるかどうかはわからんやろ」
「砕けるわ。北さんが私みたいなん選ぶわけないもん」
「いやいや、アホな子程かわええみたいなのあるやんか」
「銀は私のことアホやと思てんのね」
「アッ、いや、可愛げがある的な!」

アホだと思われてることは別にいい。自分でもアホだと思うもん。そのアホを、北さんが好きになるわけないからこうやって悩んでるのに。

「とにかく、みょうじは北さんのことめっちゃ好きやろ?」
「うん、めっちゃ好き」
「その気持ちをそのままぶつけたらええ! 女子に告白されて嬉しくない男子はおらん!」
「でもさあー……」
「頑張れみょうじ!!」

なんか変なスイッチが入ってしまったのか熱く語られた。告白されたら嬉しいって気持ちはわかるけど、だからといってオッケーしてくれるわけじゃない。私の目標は告白することじゃなくて、北さんと付き合うこと。「フられちゃったけど青春時代のいい思い出だよね」みたいな感じで終わりたくない。それこそ『思い出なんかいらん』である。
なんて、今の銀に言ったところでしょうがないから私は「はいはい」と適当に返事をしてボール拾いを再開した。


***


「みょうじついに告白するんか、頑張れー」

翌日。なんか近いうちに私が北さんに告白する感じになっていた。2年からは激励の言葉を貰い、3年生からは生温かい視線を感じる。特に尾白さんはめっちゃそわそしてて、「俺に手伝えることあったら言ってや」と言ってくれた。
いや、まだ告白しないし。無理だし。今告白してフられたら、春高までどうやって過ごせばええの。

「みょうじハンカチ落とさんかった?」
「あ! 私のです!」

告白して気まずくなったら、こうやって声をかけてくれることもなくなってしまうかもしれない。「春高までに」と息巻いていたくせに、フられることを想像したらどうしても怖くて告白する勇気を持てなかった。

「これ何やったっけ、小さい頃流行ってたよな」
「プリキュワです」
「それや。姉ちゃんがよう見てたわ」
「お姉さんいるんですか!」
「うん」

私のハンカチひとつから会話が広がったことが嬉しくてニヤニヤが抑えきれない。お姉さんがいるという新情報をゲットできたことも嬉しい。

「小学生の時、転校しちゃう友達に貰ったんです」
「そうか」

高校生にもなってプリキュワなんて幼稚だと思われて笑われたのかもしれない。それでもその笑顔が優しくてかっこよくて、胸の奥がきゅんと熱くなった。
人を好きになるって、もっと楽しいことだと思っていた。ついこの間までは北さんを見るだけで、会話するだけで舞い上がっては喜ぶ自分がいた。でも、「告白」という目標を決めてからは苦しいと感じることが増えた。好きすぎて苦しい。そんな感じの歌詞を聞いたことがあるけど、まさにそれを体感している。

「わ、私……」

今この瞬間も好きという気持ちが私の中で暴れていて、もういっそのこと好きだと伝えてしまえば楽になるかもしれない。そんな意識が働いたのか、気づけば口を開いていた。喉元まで込み上げてきた言葉が飛び出す寸前で、私は口をきゅっと結んだ。

「今日は帰りますお疲れ様でした!」

そして自分史上最速の早口で挨拶をして、逃げるようにその場を去った。最後まで自主練に付き合うと決めたばかりだったのに。
北さんには変に思われてしまったかもしれない。でも、今日は北さんの近くにいたら変なことを口走ってしまいそうで怖い。まだ告白するタイミングじゃないんだと正当化して何度も自分に言い聞かせた。
そこでふと気づいてしまった。じゃあ、私が告白できるタイミングっていつなんだろう。春高の前だろうが後だろうが、北さんの答えは変わらないんじゃないだろうか。北さんが私のことを好きになってくれる未来なんて、あるのか。
そんなことを考え出したら泣きそうになってきた。冷たい風に頬を叩かれたように感じて、できるだけ輪郭が隠れるようにマフラーを巻き直す。

「みょうじ!」
「き、北さん」
「俺も今日は帰るから送ってく」
「え!!」
「荷物取ってくるからちょお待ってて」
「は、はい!」

正門を出る直前で北さんに呼び止められた。北さんにしては珍しく大きな声だったし、送ってくれるという申し出にも驚いた。部室棟に向かって走る北さんの背中を呆然と見送りながら前髪を整える。
今から北さんとふたりきりで帰るらしい。なんか、告白するのにめっちゃいいシチュエーションがきてしまった。まるで天までもが私に告白しろと言っているみたいだ。

「お待たせ」
「い、いえ!」
「今日寒いな」
「はい! とても!!」

元気よく返事をしてしまった手前勝手に帰るわけにもいかず、そうこうしているうちに荷物を持った北さんが来てしまった。
ガチガチに身構えている私は、当たり障りのない天気の話題にも全力で相槌を打った。

「何か悩んどるんか」
「え」
「さっき何か言いかけたやろ」
「あ……いや……」

私の様子がおかしいことに北さんは気づいていた。もしかして、私の悩みを聞くためにわざわざ一緒に帰ってくれているんだろうか。自惚れているわけではなく、北さんはそういう人だ。相手が私じゃなくて侑だったとしても同じようにしたと思う。そんな優しいところも北さんの魅力だけど、今はその優しさが辛い。さっき私が必死に隠した言葉を引き出そうとするのは残酷だ。
いつも通りにしなければと思えば思う程いつも通りがわからなくなってきた。呼吸や歩き方、普段意識せずにできていることさえぎこちなくなっている気がする。この有様で「なんでもないです」だなんて、とてもじゃないけど繕えなかった。

「もっとこう……しっかりしたいんですけど、なんかうまくいかなくて。北さんにも注意されてばっかやし……」
「……そうか?」
「はい……毎日……」
「……」

北さんに相応しい女になるため、という目的だけ隠して正直に答えた。こんなことを言ったところで北さんからは正論パンチを戴くことになるだろう。そう思って身構えていたのに、北さんは何も言わず立ち止まって考え込んでしまった。それも逆に怖い。

「私……北さんに嫌われたくないんです」
「嫌いなわけないやろ」

好きになってもらえないとしても、嫌われたくはない。勇気を振り絞って言ってみたら間髪入れずに否定してくれて、少し救われた。

「そうか……毎日声かけよって意識してたんやけど……注意になってまったのはスマン。怖がらせたな」
「こ、怖くないです!」

話が戻った。とりあえず注意を怖がってるわけではないと否定したけど、その前の「毎日声かけよって意識してた」っていう言葉が気になりすぎて声が裏返ってしまった。

「嫌いな奴に毎日話しかけると思うか?」
「……いいえ」

私だったら嫌いな人とはなるべく距離を保ちたいと思う。できればあまり会話したくない。毎日声をかけてもらってるということは、私は北さんに嫌われていないということでいいはず。

「グミいつも食っとるとか、嫌いだったら知るわけないやろ」
「た、確かに……?」

そういえば、私がグミを常備食としていることも知っていた。よく一緒にご飯を食べている双子達にだって指摘されたことはない。ましてや嫌いだったら眼中にも入らないはずだ。これはつまり、北さんに興味を持ってもらえてるということでいいんだろうか。

「……『かわええ』なんて、みょうじにしか言ったことない」
「!」

北さんが誰かに対して「かわええ」と言うのは聞いたことがないし、軽々しくそういうことを言う人じゃないとも思う。ということは……そういうことなんだろうか。自分で結論を出すのは怖くて、探るように見上げると北さんはにっこりと優しく笑った。言葉はなかったけどそれが肯定を意味しているんだとわかった。

「入部してきた時はリベロも知らんでコイツ大丈夫かって思っとったけど……」
「う……」
「そっからめっちゃ勉強したやろ。図書室で本借りたり単語帳作ったり」
「!」

不純な動機で入部した私は、当初ポジションの名前もルールもちんぶんかんぷんだった。さすがにヤバいと思って勉強を始めたら、バレーボールというスポーツの面白さと奥深さにどんどんハマっていった。
マネージャーとしての成長は自覚しているけど、何で北さんは勉強方法まで知っているんだろう。

「あと、合宿の時に米粒一粒も残さんと食べてんのもええなって思ったし、迷子の子どもをお笑い芸人の真似して笑わせてたのも、優しい子やなあって思った」

米粒ひとつも残さず食べるのは習慣で特に意識していることじゃないし、学校の近くで迷子になってた子どもを交番に連れて行ったことなんてすっかり忘れていた。
北さんがそんな細かいところまで見ていてくれたなんて夢にも思わなかった。私ばかりが北さんを好きで、私ばかりが北さんを目で追っているんだと思っていた。

「……見とるよ」
「!」
「みょうじのこと好きやからな」

北さんの口からはっきりとその言葉が告げられて、ようやく確信が持てた。もしかして、とざわついていた心がストンと落ち着いてじんわり温かい。北さんの優しい眼差しを受けて、疑う余地はなかった。
別に誰かに褒めてほしくてやっていたことじゃないけど、好きな人が見ていてくれたという事実がとても嬉しい。

「わ、私、北さんのこと好きなんです」
「うん」
「めっちゃ好きなんです。ずっと好きなんです」
「うん」
「北さんに相応しくなりたくていろいろやってみたけど、うまくいかなくて」
「うん」
「フられると思たら怖くて告白できなくて……」
「うん」

気持ちが高揚しているせいか声が震える。私のたどたどしい言葉ひとつひとつに、北さんは丁寧に相槌を打ってくれた。

「好きぃ……」
「うん」

私も北さんのこういうところが好きとか具体的に伝えたかったのに、いろんな言葉でこの感情を表現したかったのに、私の口から出てくるのは「好き」というフレーズばかり。こんなに押し付けがましい告白でも、北さんは嫌な顔ひとつせず受け止めてくれた。

「俺も好きやで」
「ひいいい」
「悲鳴て」

北さんからの「好き」にはまだまだ耐性がない。思わず小さな悲鳴をあげた私を見て、北さんは「ははは」と楽しそうに笑った。北さんが口を開けて笑うのは珍しい。無意識に目に焼き付けようと見つめたけど、これからはこの笑顔を頻繁に見られるようになるんだろうか。そんな可能性に気づいてしまって、慣れてしまうのは勿体無いなと思った。このドキドキは、どうかずっと色褪せないでほしい。

「私、北さんの彼女になれるんですか」
「うん。なってくれるか」
「はい!!」

私が北さんに相応しい女であるとは思えないけれど、もはや相応しいとか相応しくないとかどうでもよくなっていた。北さんが選んでくれた私だったら、胸を張って隣に並べる。
私が元気よく返事をすると北さんはまたにっこりと笑った。



( 2023.12.3 )

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