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04

 
北さんと結婚したい。
昨日、北さんと一緒に干し柿を食べるという幸せ体験をしてしまったせいか、私の目標がより欲深いものに更新されてしまった。もちろんそれ以前に彼氏彼女のいちゃこらラブラブも経験したいわけだから、今までの目標を捨てるわけではない。
私なりに頑張ってきて「かわいい後輩」にはなれていると思う。でもそれじゃダメだ。私は北さんに「付き合いたい女の子」って思ってもらいたい。最初は玉砕覚悟だなんて言ったけど、北さんのことを知れば知る程玉砕なんてしたくないと思うようになってしまった。
気付けば11月も後半。自分で決めた春高までというタイムリミットが刻一刻と迫っている。あと1ヶ月と少しで、私は北さんに相応しい女になれるんだろうか。

「みょうじ今日のワンピース見た?? ヤバない!?」
「見た。ヤバい」

こうやってクラスの男子とジャンプ漫画の話で盛り上がってる時点でアウトなんかな。じゃあ女子とコスメの話とかしてたらええのか……いや、北さん化粧バチバチの女は好きじゃなさそう。
北さんとお似合いなのは落ち着いていて、清潔感があって、だらしなくない女の子……うちのクラスで言ったら高橋さんと山本さんあたりだろうか。

「ねえ山田」
「おん?」
「高橋さんと山本さん、かわええよな」
「な、なんやねんいきなり」

女の私から見ても二人はかわええと思う。男子から見たらどうなんやろ。一般的な意見を求めて山田に聞いてみた。

「うーん……どっちも清楚系やんなー」
「男子って清楚系好きなん?」
「まー嫌いな男はおらんやろ。でも俺は……」
「そっかー」

清楚系が嫌いな男はいないらしい。これは興味深い情報を貰った。もしこれが本当なら、私が清楚系になれば北さんの恋愛対象になれる可能性が上がるということになる。
この時の私は焦りのせいか、安直な考えしかできなくなっていた。


***


「角名も清楚系好き?」
「……その質問何なの」
「今みんなに聞いてまわっとんの」
「らしいね。監督にまで聞くのはどうかと思う」

清楚系最強説を立証すべく、今日一日会う男子みんなに聞いてまわっている。多分30人には聞いた。そして今のところ「嫌い」と答える人には出会っていない。清楚系すげえ。

「で、好き?」
「それ北さんに直接聞けば済むんじゃないの?」
「聞けるわけないやんかーー」

角名はすぐに私がこの質問をしている理由を察して核心を突いてきた。直接聞けたらこんなことしていない。それに、こんなアンケートをとったところでどうにもならないってことくらい、本当は気付いてる。それでも縋りたかった。何でもいいから、可能性あるよって背中を押してほしかった。

「ねえ、角名はどうしたらええと思う?」
「もう襲っちゃえば?」
「そうか……襲っちゃえばええんか……」
「……」

私が大してツッコミもせず受け入れたのを見て相当切羽詰まっている状態だと察したのか、角名は同情の視線を向けてきた。

「みょうじが今から清楚系になるのは無理だから……」
「言い切った……」

ようやく真面目にアドバイスしてくれると思えばこの言い様である。無理なのか……頑張ればいけると思ってた。そもそも清楚系がどういうものかあまり理解できてないけど。

「ギャップを狙うのはどう?」
「ギャップ……!」

「ギャップ萌え」という言葉は聞いたことがある。それがどういうことなのかもなんとなく理解できている。コワモテヤンキーが雨に濡れる猫に優しくしたり、地味眼鏡ちゃんが実は超美人だったりするやつだ。
少し前に北さんがパチパチグミを食べておめめパチパチしちゃう姿を見て悶えたことがある。あれもきっとギャップ萌えの一種だと思う。つまりギャップ萌えは男女共通のフェチと言えるかもしれない。
心理戦に強い角名らしい、的確なアドバイスに心の底から感謝した。


***


結果から言おう。ギャップ作戦は失敗した。
ギャップ萌えについていろいろ調べて、まずは外見のギャップから試してみることにした。普段まとめている髪をおろして前髪の分け目を反対にしたたけでけっこう雰囲気が変わったと自分でも思っていた。北さんドキっとしてくれるやろか、と鏡の前で胸を躍らせていたのが朝の7時。
朝練が終わる頃に体育館を覗きに行って、ちょうど鉢合わせた北さんは私の髪型を見て「寝坊したんか」と言った。もちろん北さんに悪気はない。悪気がないからこそ、ショックが大きかった。
しばらく立ち直れないでいたら体育の授業中にバスケットボールが顔面に当たった。鼻にツーンとした痛みが広がって、青褪めた友達から鼻血が出てることを知らされた。
そして現在保健室。鼻の穴にティッシュを詰めた状態でぼーっと窓の外を眺めている。先生には血が止まったら戻るように言われたけど、ひとりだけの保健室は居心地が良くて私のお尻はなかなか椅子から離れようとしない。

「おーいみょうじ大丈夫かー?」

ぼんやり見ていた外にサッカーを終えた男子の集団がゾロゾロ現れて、その中から山田が駆け寄ってきた。クラスの男子ほぼ全員にティッシュを鼻に詰めてる姿を見られたかもしれないけど、なんかもうどうでもよかった。

「今日いつもと髪違うし、様子変やし……何かあったんか?」
「ハハハ……」

山田は私がいつもと違うことに気づいてくれていた。さすが毎週欠かさずジャンプについて語る友人である。

「やっぱ清楚系になるしかないんかな……」
「……みょうじはそのままでええと思う」
「山田……心の友よ……」
「違う。ちゃんと聞いてや」
「え?」

どう足掻いても清楚系にはなれない私を慰めてくれているんだと、オーバーめにリアクションをしたら少し強めの語気で諭された。見上げた山田の顔がいつになく真剣で、私は余計なことを言わないように口を閉じた。

「俺はみょうじと喋るのめっちゃ楽しいし、みょうじの笑い方かわええって思う」
「え、お、おん」

もしかして……これはそういう感じなんか。山田の顔赤いし、めっちゃ真剣だし、自惚れじゃないと思う。山田が私のこと好きだったなんて、1ミリも考えたことなかった。どうしよう。私も山田とジャンプの話するのは楽しいけど、そういう気持ちは一切ない。

「俺、みょうじのこと……」
「ごめん! 私山田のことは友達やと思っとる」

早く教えてあげなきゃという一心で山田の告白を遮ってしまい、それが見当違いの親切心だということに遅れて気づいた。

「食い気味にフんなや……せめて全部言わせぇ……」
「告白されたん初めてで……なんかごめん」
「……まあはっきり言ってもらった方が楽やわ。みょうじらしいし」

告白されるのが初めてでテンパったとはいえ、山田には悪いことをしてしまった。もし私が北さんに告白しようとして、全部言う前に「ごめん」と断られたら立ち直れないかもしれない。最低なことをした私を山田は笑って許してくれた。

「てかよく鼻にティッシュ詰めとる女に告白できたな」
「それは……しゃあないやろ。みょうじやし」

せめてこれから先も友達でいられるようにと、いつもの感じで言葉を交わしてから手を振って別れた。きっと教室ではまたいつも通り振る舞える。
こんなにいいヤツなのに、私の答えが変えられないのが申し訳ないと思う。好きな人に好きになってもらえるなんて、奇跡に近いのかもしれない。そう思うと来る告白に向けての気持ちが少し楽になった。

ガラガラ
「!?」

授業も終わったみたいだしそろそろ戻るかと思った時、保健室のドアが開いた。銀色の髪の毛が見えた瞬間、私は鼻に詰めていたティッシュを素早く抜き取った。

「怪我したんか?」
「バスケでボール当たって鼻血出ました!!」
「……」

北さんの質問に正直に答えた。鼻にティッシュ詰めてる姿は多分見られてないけど、また鈍臭いヤツと呆れられたかもしれない。沈黙の間が怖い。

「今日髪結んどらんから視界悪かったんと違うか」
「そうですね……」

北さんの正論にぐうの音も出ない。
少し俯いたらサイドの髪がサラサラと流れて視界の端に映った。北さんの言う通りだ。ギャップ萌えを狙った末路が鼻血とは、まあ私らしいオチだと思う。

「みょうじは……」
「!?」

顔まわりの髪が視界の端から消えたかと思えば、なんだか耳元がくすぐったい。北さんの手が私の顔に向かって伸びている。北さんが私の髪を耳にかけたんだと理解した瞬間、耳がブワァっと熱くなるのを感じた。

「顔まわり見せた方がかわええと思う……俺はな」

俯いていた視線を上げれば、腰を少し曲げた北さんが私の顔を覗き込んでいた。そのまっすぐな瞳を直視できなくて、私はすぐにまた視線を落とした。北さんの綺麗な上履きが見える。私と違って、きっと毎週持ち帰って洗ってるんやろな。
腕一本分の近さにある好きな人の顔。そして「かわええ」という褒め言葉。晒された右耳がどんどん熱を帯びていく。その熱は顔にまで伝染してきて、なんかもうのぼせてしまいそうだ。また鼻血出てきたらどうしよう。

「一生顔まわり見せていきます……!」
「一生はやりすぎやろ」

たとえ99人にブサイクと言われようが、北さん一人が可愛いと言ってくれれば私は生きていける。北さんには笑われてしまったけど、告白する時にはこの想いが本気だと真剣に伝えたい。今この瞬間はまだ、「かわいい後輩」の私でいよう。もう片方の髪を耳にかけて、私はへらっと笑った。



( 2023.11.18 )

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