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05

 
やらかした。完全にやってしまった。もう取り返しがつかないかもしれない。せっかくいい感じに進んでいたデートだったのに、酒に呑まれて失態を犯すなんてダサすぎる。
確かにかなり酔ってはいたものの、自分のしでかしたことはしっかりと憶えている。寝ぼけてみょうじさんの胸をガン見してしまったこと。木兎さんの胸筋を触って敵わないと勝手に落ち込んだこと。そして、ほぼ告白のようなことを本人の前で言ってしまったこと。
告白はいずれするつもりだった。「結果オーライ」と笑えたのならどんなによかったか。酔っ払った醜態を晒し、胸をガン見した後という最悪のタイミングだった。更に「胸が大きいから好きになったんじゃない」とか、きっと言い訳にしか聞こえなかっただろう。身体目当ての変態野郎と思われても仕方ない。
帰りの車で事の顛末を木兎さんに話したら豪快に笑い飛ばされた。笑い事ではない。本当に。「また今度ちゃんと告白すればいいじゃん」という助言には同意するけれど、その「今度」のチャンスを貰えるとは限らないのだ。
何度も謝罪の連絡を入れようとスマホを手に取ったけど結局できずに週末になってしまった。もちろんみょうじさんからも連絡はない。この5日間、今までになく仕事に没頭して、もはや仕事中の記憶がない。徹夜明けの宇内さんにも心配された程だから相当酷い顔をしていたんだと思う。
これ以上うじうじしてみょうじさんとの関係が消滅してしまうのは絶対に嫌だ。罵倒されようが平手打ちをくらおうが、まずは誠心誠意謝ろうと決意して、仕事終わりに会社の出口でみょうじさんを待ち伏せた。退社していく何人かに怪訝な目で見られたけど今はなりふりなんて構っていられない。

「みょうじさん」
「あ……赤葦くん。お疲れ様」

30分くらい待ったところでみょうじさんの姿を見つけた。すかさず駆け寄ると、みょうじさんは戸惑った様子を見せながらも足を止めてくれた。とりあえずは無視されなくてよかった。

「この前は本当に申し訳ありませんでした」
「え!?」
「これで許されるとは思ってないけど貰ってほしい」
「ちょ、得意先じゃないんだから」

買ってきた菓子折りを差し出して深く頭を下げたら、みょうじさんの明るいツッコミと笑い声が聞こえた。「頭上げて」という言葉に甘えて腰を戻すと、みょうじさんが優しい笑顔を向けてくれていて女神かと思った。

「それに謝る必要ないよ」
「いやあるよ」
「だって嫌じゃなかったもん」
「!」

そして女神の口から出てきた爆弾発言に体が硬直した。嫌じゃないって、何が。胸を見られるのが嫌じゃなかった?いや、前に「男の人の視線が気になる」ってはっきり言っていた。じゃあ今の発言の意図とは?
頭の回転はそれなりに速いと自負していたのに、今の俺の頭の中は思考がグチャグチャで大渋滞を起こしていた。

「私も赤葦くんに謝らなきゃいけないことがあるの」
「え、何?」
「ここじゃ言いにくいから……うち来る?」
「は!?ダメだろ!」

突拍子もない誘いに驚きすぎて、思わず強い口調で否定してしまった。胸をガン見してきた男を家に呼ぶなんて、いったいどうしてしまったんだ。

「でも居酒屋だとうるさいし……静かでふたりきりになれるところがいいんだけど」

居酒屋だとうるさいっていう言い分はわかる。静かでふたりきりになれる場所が限られるってこともわかる。でも、そこだけは絶対ダメだ。

「もうわかってると思うけど……俺、みょうじさんのこと、そういう目で見てるわけだし……」
「うん、私もだよ」
「!?」

みょうじさんのことをいやらしい目で見ている男を家に呼んだら危ないよと諭したつもりだったのに、みょうじさんには全く響いていない。それどころかまたとんでもないことを言っている。
いったいどうしてしまったんだ。狼狽える俺に対してみょうじさんには謎の貫禄があった。これは俺が言った言葉の意味も、自分が言った言葉の意味もちゃんと理解している感じだ。にっこりと笑みを浮かべるみょうじさんの顔は赤かった。
土曜日の告白に対するみょうじさんの意思を示してくれているんだろう。女性にここまで言わせてしまった自分のダサさを痛感した。謝罪よりも、まずは好きなんだと胸を張って伝えれば少しは格好がついただろうか。

「俺の家でよければ……」

なけなしの理性がみょうじさんの家に行くのはダメだとブレーキをかけたものの、俺の家が代替案として正解なのかはわからない。果たして俺はこの後、みょうじさんの前でかっこよく振る舞えるだろうか。


***


まさか好きな人が家に来るなんて微塵も思っていなかったため、少しだけ部屋を片付ける時間を貰った。取り込んだまま放置していた洗濯物はクローゼットの中に放り込み、乱雑に積み重ねていた雑誌や小説はベッドの下に隠した。女性を呼べる部屋とは程遠いけれど、最低限は整えられたと思う。昨日ちゃんとゴミ出ししておいてよかった。

「ごめん散らかってて」
「ううん全然」

コンビニで買った軽食と俺があげた菓子折りをテーブルに広げてみると、いつも使っているテーブルがなんだか小さく感じた。19時。ご飯どきなのに全然お腹が空いていない。空腹感よりも緊張が優っているんだろう。俺もみょうじさんも食べ物に手を伸ばそうとはしなかった。

「謝りたいことって何?」
「前に『赤葦くんは下心がないから話しやすい』って言ったの憶えてる?」
「あ、うん」

改めて告白をする前にみょうじさんが言っていた「謝りたいこと」を聞いてみた。その言葉は衝撃を受けたからよく憶えている。

「あんなこと言ったくせにさ、その後すぐ赤葦くんに対して下心を持つようになっちゃって、申し訳なくて」
「……みょうじさんが?俺に?」
「うん」

色気のある男性というのも確かに存在するけど、いったい俺のどこに下心を感じさせるような部分があったんだろうか。いまいちピンとこない。

「あのね、腕の筋肉が……めちゃくちゃタイプです」
「!」

そういえば、みょうじさんは木兎さんの胸筋にも反応していた。みょうじさんが筋肉フェチだという俺の推測は当たっていたみたいだ。

「筋肉全般が好きっていうわけじゃなくて、赤葦くんのその感じがどんぴしゃなの。だから木兎さんの胸筋はタイプではなくて……」

理屈はよくわからないけど、ムキムキがいいというわけではないらしい。難しい。そんなに俺の腕の筋肉はいいものなのか。腕まくりをして改めて見ても自分ではよくわからなかった。

「つまり……うん、赤葦くんのことをそういう目で見ています」

正直下心と言う程ではないと思うけど、腕がきっかけで俺のことを意識してくれるようになったんだったら万々歳だ。こんな角度からバレーをやっていて良かったと思う日が来るとは。贅肉に変わってしまわないように腕の筋トレだけは継続していこうと決意した。

「俺だって、けっこう序盤から下心はあったよ」
「ほんとに?」
「みょうじさんが嫌がるだろうから絶対見ないようにすごく意識してた」
「見てくれてよかったのに」

見ていいとはっきり許可を得た途端、みょうじさんの胸元に視線がいってしまった。俺だから見られてもいい、というニュアンスに早速調子に乗ってしまった自分に呆れる。

「あとね、安心した」
「安心?」
「赤葦くんもちゃんとそういうの興味あるんだって」
「……そりゃあるよ」

俺だって人並みにおっぱいは好きだ。女性の胸に興味がないという男はほぼいないと思う。女性特有の柔らかい膨らみはとても神秘的で魅力的だ。好きな人の胸となればその柔らかさを想像して悶々とすることだってある。俺の場合、一度事故で触ってしまったものだから本当にヤバかった。

「でも、それで好きになったわけじゃないから」

確かにみょうじさんを意識するようになったきっかけは胸かもしれないけど、決して胸が大きいから好きになったわけではない。そこは絶対に誤解してほしくないからはっきりと伝えた。
メテオアタックの感想を細かくわかりやすく教えてくれたり、俺の些細な変化に気付いてくれたりする優しさ、屈託のない笑い方も、その時にできる笑窪も大好きだ。

「うん。私も筋肉だけで好きになったわけじゃないよ」

みょうじさんからも同じようなことを言ってもらえてこんなにも心が満たされることがあるのかと浸っていたら、重要なことに気付いた。話の流れで告白した感じになってしまった。ちゃんと向き合って、改まって、「好きだよ」と伝えるつもりだったのに。

「みょうじさん」
「うん」

この言葉だけはしっかり伝えなければと正座してみょうじさんに向き直ると、みょうじさんも背筋を伸ばしてまっすぐ俺を見つめ返してくれた。

「好きだよ」
「私も、好き」

みょうじさんの赤く染まった優しい笑顔のおかけで、その言葉はすんなりと出てきた。
徹底的に下心を隠したせいでややこしくなってしまったのかもしれないけど、結果的にはみょうじさんのフェチを知ることができたし良かったと思う。

「……腕触る?」
「じゃあ……お言葉に甘えて」

俺の腕が好きだと言ってくれるんだったら恋人となった今、好きにしてくれて構わない。告白直後の照れくささを紛らわせるために腕を差し出してみたけど、みょうじさんの触り方が優しすぎてなんか変な気分になってしまいそうだ。冷静に考えて、彼女が俺の家で俺の体に触れている状況ってヤバくないか。

「えっと……おっぱい触る?」
「……」

みょうじさんも何かしら思うことがあったのか、おどけたようにそんなことを言ってきた。確かに俺はみょうじさんが望むならいくらでも触らせてあげたいと思う。でも、逆はダメだろ。俺の腕とみょうじさんの胸を同等に扱ってはいけない。触りたいか触りたくないかで言えばもちろん触りたいけど、それは今じゃない。

「今はこっちがいい」
「!」

恋人としてのみょうじさんに触れていいということだったら、今は胸よりも唇がいい。頬を撫でて唇の端をなぞると、みょうじさんは静かに目を閉じた。
そういえばここも柔らかかったな、と触れた瞬間思い出したけどもう手遅れだ。温かくて柔らかいその感触に、俺はすぐに夢中になってしまった。3秒くらいで離れようと思っていたのに、角度を変えて何度も何度も味わってしまう。ダメだ、やめやれない。

「ん……」

薄く目を開けると、みょうじさんの熱っぽい瞳が俺を見つめていた。吸い込まれてしまいそうだ。見惚れていたら長い睫毛が揺れて、俺の首にみょうじさんの腕がまわされた。ぎゅうっと引き寄せられて唇も身体もより一層密着する。胸板に当たる柔らかい感触から気を逸らすため、俺は必死に唇を貪った。
この日、キスだけで終われた俺を誰か褒めてほしい。



( 2023.10.27 )

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