02
「ねえもう黒尾でいいからジャージ貸してよ」
「別にいいけどなんか言い方が引っかかる」
帰りのHRが終わっていつも「部活行こう」と誘われるところで、今日は唐突にそんなことを言われた。
ジャージを貸すのは全然いいんだけど、「黒尾でいいから」って何。俺に借りるのが妥協案みたいじゃねーか。
「今日まあまあ寒いじゃん?」
「まあな」
「ジャージ忘れちゃって」
「ほう」
「外でボトル洗うのとか耐えられないなって」
「うん」
「バレー部のみんなは部活始まれば着ないでしょ?」
「だな」
確かに十月に入って、日中は暖かくても夕方以降はだいぶ肌寒くなってきた。俺らは部活中動いてるから暑いくらいになるけど、マネージャーは外で水使ったりもするから身体が冷えてしまうってのはわかる。
「そこでまずは研磨くんに声をかけました。心底嫌な顔をされました」
「……」
何故一番貸してくれなさそうな研磨にまず声をかけるんだよ。みょうじにジャージを貸してと頼まれて、眉間に皺を寄せる研磨の表情が容易に想像できた。
「次にやっくんにお願いしました。背丈同じくらいだからって言ったら怒られました」
「……」
夜久普通に頼めば貸してくれたんだろうけど、その言い方はアウトだな。
「リエーフくんのはでかすぎるし虎くんは女子にジャージ貸すなんて刺激が強いだろうし海くんは菩薩すぎて申し訳ないし芝ちゃんは天使すぎて恐れ多いじゃん?」
「うん……ん?」
リエーフのは確かにでかすぎる。わかる。みょうじに懐いてるとはいえ山本が女子にジャージを貸すなんてハードルが高いってのもわかる。海が菩薩で芝山が天使なのはよくわからない。
「ということで消去法だよ!おめでとう!」
「わーい嬉しいなー」
とりあえず色んな部員をあたってみて最後に俺に辿り着いたってわけね。完全に妥協してんじゃねーか。
それでも好きな子に俺のジャージを着せられることが嬉しくて、断るという選択肢は俺にはなかった。男ってヤツは本当に単純だ。
「まあ別に普通に貸すけど。風邪引くなよ」
「やっぱり私には黒尾だけだよ……!」
「はいはい」
俺が心の中でそんなことを考えてるとも知らず、相変わらずみょうじは心臓に悪いことをさらっと言ってくる。本当に俺だけにしてくんねーかな。ジャージだろうが100円だろうが制汗剤だろうが、何か必要な物があれば全部俺に頼ってくれればいいのに。
そして部活が始まり、みょうじのジャージ姿は思っていた以上の衝撃を俺に与えた。
「やっくん……」
「ん?」
「俺こう見えて、けっこう悶えてる」
「……だろうな」
だってこれはつまり「彼ジャージ」みたいなもんだろ?ただでさえ女子がブカブカのジャージ着てたら可愛いってのに、それが好きな子だったらもう何百倍も可愛いに決まってる。
「あれ、みょうじさんジャージブカブカじゃないすか?」
「うん、黒尾に借りたの」
「ほんとだ!じゃあ今日は一日黒尾さんですね!」
「そだねー、黒尾なまえだねー」
みょうじが俺のジャージを着ていることに気付いたリエーフがキラーパスを出したことによって、「黒尾なまえ」というとんでもないキラーワードが生まれた。
「もう何なのアイツ……」
「本当、みょうじは黒尾振り回すのうまいよなー」
俺もそう思う。
***
「ねえ知ってる?」
「ん?」
土曜日、午前だけの授業が終わって昼飯を食って、アイス食べてる時にみょうじが言い出した。基本的にみょうじは急に話題を振ったり変えたりしてくる。
「最近バレー部のみんな、女子にチヤホヤされてんの」
「え、マジ?」
「マジ。特にね、リエーフくんが人気。ハーフかっこいいよねって」
「あー……まあハーフのスペックはずりーよな」
インターハイでそこそこの成績を収めてからバレー部としての知名度が上がってきたことは感じてたけど、漫画によくある「女子にチヤホヤ」状態が生じるとは。まあ確かにリエーフはハーフなだけあって顔はいい。言動は残念だけど。遠目で見る分には眼福ってのはよくわかる。
「黒尾もそこそこ人気だよ」
「マジか」
「そこそこね」
「そこそこか」
女子に人気があると聞けば男として普通に嬉しい。でもそれよりも気になるのが、そう話すみょうじがどことなく不機嫌なことだ。え、何、俺がチヤホヤされてヤキモチでも妬いてくれてんの?「黒尾が取られちゃう」とかそんな可愛いこと思ってくれてんの?
「なに、ヤキモチ?」
「うん」
「エッ」
「研磨くんや芝ちゃんに悪い虫がつかないかほんと心配」
「……そっちね」
俺なりに攻めた質問に対してみょうじはあっさり頷き、そして見事に期待を裏切った。はいはい、少しでも期待した俺がバカでしたよ。そういう奴だよみょうじは。
「俺の心配はしてくれないわけ?」
「……そういえば黒尾、高校3年間浮ついた話ないけど大丈夫?」
「そういう心配じゃなくて」
もはやわざとなんじゃないかってくらい、みょうじは俺の攻めを躱していく。その言い方はまるで息子の女っ気の無さを心配する母親のように聞こえるからやめてくれませんかね。
「みょうじさー、俺に彼女できたらどう思う?」
「えー……どうも」
「え、それマジで言ってんの?黒尾さん取られちゃうんだよ?」
「別に私の黒尾じゃないし」
「いやまあそうだけどね。そうなんだけどさあ……」
恋愛対象じゃないにしてもみょうじと一番仲が良い男友達は俺だと思ってたのに、それさえも自惚れだっていうのか。こうも無頓着な反応されるとさすがに傷つく。
「ていうか黒尾かっこいいのに何でモテないんだろうね」
「ちょ、モテないって決めつけないでくれます?」
自分で言うのもなんだけど俺は決してモテないわけではない。多分一般的な男子高校生と比べたら女子から告白される回数はちょっと多い方だと思う。
どの告白にも頷いてこなかったのは、みょうじがいるからだろ。他の女子より、たとえ友達という関係値だとしともみょうじと一緒にいる時間を取ったんだ。
「私が近くにいるからかな?」
「!」
「でも……うん、私を超えられない女に黒尾はやれないかな!」
わかってんじゃん。だったらみょうじがもらってくれませんかね。
***(夜久視点)
「やっくんポッキーあげる」
「おーサンキュー」
新しく入ったマネージャーは黒尾の好きな女の子。黒尾から聞いたわけじゃなくて、見てて普通にわかった。恋愛に関しても卒なくこなすイメージがあったから、みょうじの言動のひとつひとつに動揺したり赤面したりする黒尾は新鮮で見てて面白かった。
俺はみょうじのことをマネージャーになってから知ったけど、裏表なくて話しやすいからすぐに友達になれた。他のクセのある部員達とも難なくコミュニケーションをとって、数週間ですっかり部に馴染んだのはもはや褒められるべき才能だと思う。「かわいー」とか言ってくるのは正直ウザいけど。
「今日黒尾は?」
「日直で遅れるって」
みょうじと黒尾は3年間同じクラスらしい。お互いにお互いのことを理解してるって感じで、傍から見たらもう熟年夫婦なんじゃねーかって思うくらいだ。きっと2人が付き合ってるって勘違いしてる奴も多いんじゃないだろうか。
「実際どうなの?」
「何が?」
「黒尾のこと、少しくらいはそういう目で見たことないの?」
ずっと気になってたことを聞いてみた。俺もみょうじとそういう話ができるくらいには仲良くなれたつもりだ。みょうじも鈍くはないはずだから、多少なりとも黒尾の好意に気付いてたりしないのかな。
「ぶっちゃけるとさ、私1年の時黒尾のこと好きだったんだよね」
「……は?」
まさかの爆弾発言を頂いてしまった。
黒尾に一つ貸しでも作ってやろうと企んだのに、何だよ、結局両想いだったってこと?だとしたらとんだ茶番じゃねーか。
「だけどアプローチする前にフられたというか、恋愛対象外宣言されて」
「……どんな?」
「『みょうじは話しやすすぎて女と話してる感じしねー』って」
「……」
「その時に『あ、私は黒尾にとって女の子じゃないんだ』って思っちゃってさ」
黒尾…… みょうじがお前のこと恋愛対象として見てないのって、そもそもお前が原因なんじゃん。「女と話してる感じしねー」はデリカシーなさすぎだろ。
「それでなんか吹っ切れた感じ。今の関係も悪くないしね」
「……」
まあとりあえず、俺から黒尾に言える言葉は一つだけだ……頑張れ。
( 2018.12-2019.1 )
( 2022.5 修正 )
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