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03

 
「どうぞ」
「ありがとう」

てっきり社交辞令だと思っていたのに、宮城へ取材に行った赤葦くんは私のリクエスト通りずんだ餅を買ってきてくれた。あまり日持ちがしないからと翌日の日曜日に会っているわけだけど、貴重な休日を私のために使っていただいて申し訳ないと思う。
待ち合わせたのは前回と同じ居酒屋。ここの焼き鳥が美味しいと私が言ったのを憶えていたのか、赤葦くんはまず最初に焼き鳥の盛り合わせを注文した。

「髪切ったね」
「うん」

2週間ぶりに会った赤葦くんは髪の毛がさっぱりしていた。前までは正直、もさもさしてるなと思っていた。忙しくて美容に気を遣えないっていうのはよくわかる。私も仕事で化粧品に携わったりメーカーの人と接したりしなければ、美容院に行く頻度はもっと少なかっただろう。
こうやって改めて見て、今更ながら赤葦くんってかっこいい人だったんだと気が付いた。彼女がいないのはモテないわけじゃなくて、仕事が忙しくて機会がないだけなんだと思う。もったいない。

「赤葦くん彼女できたら教えてね」
「……え?」
「さすがに彼女いたらふたりで飲めないと思って」
「……」

もし彼女ができた時、こうやって私と赤葦くんがふたりで食事してるのを知ったら間違いなく嫌な気分にさせてしまう。かといってこの場に他の誰かを呼びたいとも思わない。赤葦くんに彼女ができた時は潔く身を引くべきだろう。

「名字さん……前に俺に話しやすいって言ってくれたよね」
「うん」
「正直、今までそういうこと言われたことなくて。むしろ声かけにくい方だと自覚してるんだけど……」

確かに世間一般的に見た時、赤葦くんは話しやすい部類の人ではないのかもしれない。それを自覚している赤葦くんにとって、私の「話しやすい」という評価は腑に落ちないみたいだ。

「うーん……ほら、赤葦くんってさ……」
「?」
「おっぱいとか興味ないでしょ?」
「……は?」

納得のいく理由を求められているのなら本当のことを話すしかない。アルコールの力も相まって表現が直接的になってしまったのは、口に出してから反省した。

「私けっこう胸大きい方だから、男の人と話してると視線が気になっちゃうんだよね。赤葦くんはそれがないから話しやすいし、楽しいの」
「……」
「男の人みんな、赤葦くんみたいな聖人だったらいいのに」
「ははは……あっ」
「大丈夫? おしぼりどうぞ」
「ありがとう」

反応に困って愛想笑いを浮かべた赤葦くんはグラスを倒してしまった。幸い中身は少なかったから袖を濡らした程度でおさまった。聖人の赤葦くんにおっぱいの話なんてしてはいけなかったのかもしれない。

「無理にお酒飲まなくていいからね」
「うん。大丈夫。全然」

距離感がわからなくなるくらい酔っ払っている可能性を考えて一応言っておいた。赤葦くんはいかんせん顔に出ないからわからない。そんな赤葦くんが理性を失うくらい酔っ払ったらどうなっちゃうんだろう……そんな考えが一瞬浮かんできてすぐに打ち消した。同僚である私は知る必要のないことだ。


***(赤葦視点)


「はあ……」
「赤葦テンション低っ!!」
「失恋したんだって」
「してません。絶望的なだけです」
「それ大丈夫??」

大丈夫ではない。みょうじさんとふたりきりの食事に浮かれていたのが一週間前。俺のことを1ミリたりとも恋愛対象として見ていないことが発覚したのも一週間前。
半年に一回くらいの頻度で開催される梟谷男子バレー部の同窓会……いつもは楽しい席になるのだが、今の俺はどうしても先輩たちの近況報告を穏やかに聞ける状態ではなかった。そんな俺の異変はすぐに気付かれてしまった。失恋を否定したのは虚栄だ。告白していないというだけで、実質は失恋と変わらないと思う。
遅れて来た木兎さんに事情を説明する木葉さんを横目で見ながら、3杯目のウーロンハイを飲み干した。今日は酒がよく進む。

「恋愛対象じゃないって、何でそう思ったの?」
「……おっぱいに興味ないと思われてました」
「おっ……!?」

直接的な単語に動揺したのか、木葉さんが持っていた枝豆を床に落とした。俺もみょうじさんから告げられた時は動揺しすぎてグラスを倒してしまった。

「そういう下心がないから一緒にいてくれるらしいです」
「あーー……」

正直、みょうじさんは積極的に声をかけてくれるしふたりきりでの食事もしてるし、けっこういい感じなのではと思ってしまっていた。もしも時間を戻せるのなら一週間前の俺に「自惚れるな」と教えてやりたい。
胸に視線を向けないのはみょうじさんのことが好きだからこその配慮だったのに、まさかそれが裏目に出るなんて。

「おっぱいに興味ない男なんていないよなー!!」
「はい、おっぱいは大好きです」
「おおお……」
「こりゃ相当参ってんな」

木兎さんの言う通りおっぱいに興味ない男なんていない。もしも見ていいのなら、触っていいのなら、喜んで見るし触る。それが好きな相手なら10倍前のめりになるのが本能だ。

「これから恋愛対象になればいいじゃん」
「どうやって……?」

みょうじさんは胸を見ない俺だからこそ仲良くしてくれている。そしてそれが「聖人」だと思い込まれている原因でもある。異性として見てもらうために下心を露わにしたら、きっとみょうじさんは幻滅して俺から離れていってしまう気がした。下心を見せずに恋愛対象として認識してもらうにはいったいどうすればいいのか、皆目見当もつかない。

「動物園行ったら?」
「!!」

木兎さんの純粋無垢な提言に俺は衝撃を受けた。恋愛するのが久しぶりすぎてアプローチの基本を忘れていた。そうか、昼間デートに誘ってみればいいのか。変に考えすぎてしまうのは昔からの悪い癖だ。

「そうします。ありがとうございます木兎さん」
「おう! 恋愛相談は俺に任せろ!」


***(夢主視点)


私は今、突然すぎる心境の変化に戸惑っている。

「みょうじさんおはよう」
「お、おはよ!」

赤葦くんのことが好きかもしれない……なんて、本当に突然すぎる。
きっかけは二の腕。先週の居酒屋での食事で赤葦くんがグラスを倒してしまい、濡れた袖を捲ったことによって露わになった二の腕に、私の目は釘付けになってしまった。色白の肌に程よくついた筋肉、そしてうっすらと浮き出た血管。赤葦くんの二の腕は私のどストライクだった。それからというものの、食事にも会話にも集中できず私はチラチラと赤葦くんの二の腕を見てはドキドキしていた。そう、私は赤葦くんの二の腕に男性的な魅力を感じた……つまり、赤葦くんのことをいやらしい目で見てしまったのだ。「赤葦くんは下心がないから一緒にいて楽しい」と、本人に伝えた矢先にこのザマである。

「明日監査だからデスク片付けなきゃだー」
「ふふ、うちは昨日終わったよ」

今だって、私にうっすらと笑顔を向けてくれる赤葦くんを見てこんなにもドキドキしている。少し気を緩めれば二の腕とか喉仏とか、赤葦くんの男性的なところに視線がいってしまいそうで意識的に目を逸らした。

「あのさ、」
「私総務課寄ってくから、じゃ!」

私はなんだか居た堪れなくて、特に用のない2階へ向かった。
男の人の視線が気になるとか、偉そうに言える立場じゃなかった。私がそういう視線に気付くように、赤葦くんだって私の下心が含まれた視線に気付くかもしれない。そうしたら、赤葦くんは私を軽蔑するだろう。

「なまえー」
「優子……」

階段を登りきった先に同期で入社した総務課の優子がニヤニヤした面持ちで待ち構えていた。

「見たぞー。赤葦くんと付き合ってんの?」
「あはは……そんなわけないよ……」

赤葦くんと一緒にいるのを見て勘違いされるのは初めてのことじゃない。そんなわけないと自分で否定して悲しくなった。
そして更に絶望的なことに気付いてしまった。私が赤葦くんのことを好きになったところで、この恋愛はほぼ見込みゼロなのでは。何故ならば赤葦くんは私のことをそういう風に見ていないから。胸を一切見てこないということは、私のことを女性として意識していないということ。だからこそ私は赤葦くんと一緒にいたいと望んだわけだけど。今になってみればこの関係性はしがらみでしかなかった。赤葦くんがもっとスケベだったらよかったのに。

「……はああ」
「え、どした?」

そんなことを考え始めてしまった自分が浅ましくて、壁に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。大きな胸をコンプレックスに思っているくせに、いざという時に利用しようだなんて。こんな思考回路の女、赤葦くんに好きになってもらえるわけがない。

「……私の魅力って胸以外にあるのかな……」
「は!? あるよ!!」


***


私のただならぬ様子を見かねて、優子はすぐに私をご飯に誘ってくれた。なんとか仕事を19時で終わらせてやってきたのはいつもの居酒屋。ここが一番会社から近いし、何より焼き鳥が美味しいのだ。家の冷蔵庫に何も無い時はここでぼんじりと焼きおにぎりを食べて帰ることもある。

「別にそれ普通じゃない?」
「!」

私が思い悩んでいることを正直に話すと、優子はそんなことかと笑い飛ばしてくれた。更に「チンコ見てるわけじゃないんだから」というパワーワードまで戴いて、確かにその通りだと納得してしまった。

「でもさあ、赤葦くん私のおっぱいに興味ないんだよ?」
「それねー、ちょっと信じらんないなあ」

私の恋心が不純なものではないにしても、赤葦くんが私に対して恋愛感情が一切無いのならお話にならない。

「下心の有無に関わらずFカップがそこにあったら普通見るよ。女の私でも見る」
「そうか……」
「だから一切見ないのは逆に不自然だと思うわけよ」

実際女の人にも胸を見られることはあるけど、それは下心ではなくて単なる好奇心によるものなんだと思う。例えば道を歩いていて、目の前をやたらでかい犬が通ったら誰だって目を向ける……そんな感じのことだ。そう考えると赤葦くんが一度も見てこないのは確かに不自然に思えてきた。もしかして、見ないように意識しているんだろうか。

「赤葦くんが実はおっぱい星人だったらどうする?」
「……」

赤葦くんがおっぱいに興味がなくても、実は興味津々だったとしても、私の気持ちは変わらない。赤葦くんの彼女になりたい。一度おっぱいのことは置いといて、赤葦くんに好きになってもらえるための努力をしていこう。



( 2023.3.5 )

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