×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
01

 
中学生の頃、朝の読書時間用に親から適当に借りたミステリー小説を読んだことがきっかけで本を読むのが好きになった。学生の頃は月に1冊、自分でお金を稼ぐようになってからは月に5冊以上、いろんなジャンルの本を読んだ。漫画もドラマも見ないわけではないけど活字が一番好きだった。
高校では文系に進み、大学では日本文学を専攻した。現在は都内の大手出版社でファッション雑誌の編集に携わっている。最初は希望していた文芸誌に行けなくて落ち込んでいたけれど、3年目ともなれば要領もやりがいもわかってきて多忙ながらも楽しくやっている。

「かんぱーい!!」

ガチャン、と景気の良い音を立ててグラスがぶつかる。年末のえげつない量の仕事を無事に納めて飲むお酒は格別だ。これから一週間、締切に追われる日々から解放される。その喜びのせいか、私はお通しに口をつける前に一杯目のビールを飲み干していた。

「へーー、そっちも大変っすね」
「そうなんですよー」

会社近くの居酒屋で飲み始めて数分、襖を隔てた隣の部屋で週刊少年誌のチームが同様に忘年会をしていることが発覚し、お互いに席を入り交えて飲むことになった。同じ編集といっても仕事のノウハウは全然違う。私が化粧品メーカーや服飾の企業相手にやりとりするのに対して漫画誌の編集さんは漫画家さん個人とのやりとりになる。目の前に座った二つ上の先輩は、担当してる人がクセがあったりこだわりが強かったりで大変なんだと愚痴を溢した。

「みょうじさん彼氏いるの?」
「いませんよー」
「マジで?もったいねぇー」

お酒が進むにつれて話題はプライベートのことに変わっていった。合コンじゃあるまいし、初対面の会社の人にあまり詳しくは聞かれたくない。それに、アルコールがまわってくると男の人の下心は顕著に現れる。特に視線。
最初にその視線に気付いたのは小学校6年生の時だった。周りと比べて発育が良かった私の胸は、服の上からもその膨らみがはっきりとわかって、同級生の男の子、そして大人の男の人も話している時にチラチラと胸を見ているのがわかった。
思春期こそコンプレックスに思って悩んだけれど、今となってはそこまで気にしているわけじゃない。「普通とちょっと違うもの」に目を向けてしまうのは仕方のないことだと思う。見られるだけなら減るもんじゃないしと割り切っている。ただ、アルコールのせいにしてセクハラを受けた経験があるからこの状況は居心地が悪かった。

「ちょっとお手洗いに……!」

トイレに行こうと身を捻った瞬間、私の胸に何かが触れた。それは隣に座っていた男性の手で、どうやらテーブルの唐揚げにお箸を伸ばした瞬間に当たってしまったようだった。

「あ、すみません」
「いえ」

事故を装って触られたのかと思って一瞬すごく嫌な気持ちになってしまったけど、平然と謝ってくれたその男の人から下心は一切感じられなかった。
トイレの鏡を見て胸元の服を引き上げる。男の人と飲むってわかってたらVネックなんて着てこなかったのに。お酒ももう飲まないようにして、飲み放題の時間が終わったらさっさと帰って家で飲み直そう。

「こいつみょうじさんと同期だよ!」

仕事モードのスイッチを入れて席に戻ると、さっきの男の人が私の前に座っていた。

「赤葦です」
「みょうじです」

同期といっても毎年そこそこの人数を採用している会社だし、最初の研修を終えたらそれぞれ部署に配属されるから面識はない。赤葦くんの第一印象は真面目そう。話していてもそのイメージは覆らなかった。加えてちょっとヘン。あと常に何か食べていた。
赤葦くんは高校までバレーをやっていて、今はバレー漫画を担当しているらしい。赤葦くんの落ち着いた話し方と声は心地良くて、同じ文芸誌を希望してたということもあって話していてとても楽しかった。
一番の理由は赤葦くんの視線が全然胸にいかなかったからだと思う。こんなにも視線が気にならない男の人は初めてだ。男の人は胸を見てしまう生き物だという私の認識が覆された。きっと赤葦くんは雑念なんて一切ない、誠実な人なんだろう。


***


「赤葦くん!」
「……どうも」

年が明けてようやく正月ボケがなくなってきた頃、会社の食堂で赤葦くんを見かけて声をかけた。ファッション誌と週刊少年誌はフロアが違うから同じ会社といってもなかなか会う機会はない。加えて編集という仕事柄、外に出ることも多い。社員食堂を利用するのは久しぶりだ。

「一緒に食べていい?」
「うん」

既に座って生姜焼き定食を食べていた赤葦くんの前に座る。赤葦くんも久しぶりの社食らしい。美味しいから毎日でも食べたいんだけどね、なんて雑談をしながら私も豚骨ラーメンをすすった。こうやって話している間も赤葦くんの視線はごはんに集中している。頬いっぱいにお米を含んでもぐもぐしている赤葦くん可愛い。

「メテオアタック読んだよ」
「ありがとう。どうだった?」
「面白かった!私セッターの子好きだなー」

年末年始、家でのんびりする時間が多かった私は赤葦くんが担当しているバレー漫画「メテオアタック」を一気読みした。バレーのことをよく知らない私でもわかりやすくて、魅力的なキャラクター達の言動には何度も心を打たれた。

「最新話読んだ?」
「うん、電子版で読んだよ」
「女子目線でさ、どうだった?」
「すごく良かったよ!ギュンってなった!」

一昨日更新された最新話は電子版で読んだ。今回は日常回というかマネージャーの恋愛に焦点をあてた話で、内気な女の子が勇気を振り絞ってアピールしてるのにバレーバカの主人公が全然気付いてくれなくて、それでも無意識に胸キュンさせてきたシーンで私は枕に顔を埋めて悶えた。少年漫画でこんなドキドキを味わったのは初めての経験だった。

「どういうところに?詳しく教えてもらっていい?」
「え、あ、ハイ」

私が一読者のテンションで話してしまった一方で赤葦くんは仕事の顔をしていた。職業病だなぁと思いながらも、もし逆の立場だったら私も同じ態度をとっていただろうから気持ちはわかる。恋愛シーンに対する女目線での意見を聞きたいんだろう。

「整理して伝えたいから連絡先聞いてもいい?」
「うん」

ジャンルは違えど同じ編集者として何か力になれるかもしれないなら、きちんと協力したいと思う。改めて読み返して意見を伝えるために赤葦くんの連絡先を教えてもらうことにした。
QRコードを読み取ろうと身を乗り出して赤葦くんのスマホに私のスマホをかざしたその時、奥のテーブルにいる女子社員がこちらを見てソワソワしてるのが目に入った。

「ごめん、赤葦くん彼女いる?」
「いないよ」
「よかった。赤葦くん話しやすいからまた声かけちゃうかも。迷惑だったら言ってね」
「……うん」

いくら話しやすいからって赤葦くんの都合を無視してはいけない。社内に彼女がいるというわけじゃないならとりあえず安心した。貴重な同期、そして下心のない男の人として赤葦くんとはもう少し仲良くなりたい。



( 2022.12.23 )

[ 114/127 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]