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01

 
「なまえちゃんお願い……!」
「いいけど……」

一生のお願いと言わんばかりに頼まれたら断れない。我ながら損な性格をしてると思うけど、眉を下げる優子ちゃんを見たらやっぱり力になりたいと思ったんだから仕方ない。
窓側一番後ろの席に座って無表情で外を眺める人物に目を向ける。確かに、影山くんはちょっと話しかけづらい雰囲気が出ている。背も高いから威圧感があって優子ちゃんみたいな内気な女の子は気圧されてしまうんだろう。一生のお願いの内容は、朝集めるように言われた数学の宿題を出してもらうこと。朝のHRから居眠りを決めていた影山くんの分が足りないらしい。数学の佐藤先生は提出物には煩い。影山くんだけならまだしも、教科委員の優子ちゃんの評価まで下がってしまうのはよくない。これも学級委員の務めだと腹をくくって影山くんの前に立った。

「影山くん」
「……?」

影山くんと話すのはこれが初めてだ。影山くんは孤立してるってわけじゃないけどあまり社交的なタイプではないと思う。特に女の子と話してる姿は印象に無い。
声をかけると切れ長の目が私を見上げた。確かにこの鋭い視線で見下ろされたら怯んじゃうだろうなと思った。

「数学の宿題まだ出してないよね?」
「あ……すんません、後で自分で出し行くんで」
「今持ってない?多分先生も早めにチェックしたいだろうし、集めるように言われてる教科委員のためにも今出してあげてほしいんだけど」
「……」

少し言い方がキツく聞こえてしまったかもしれないと、全部言い終わってから後悔した。私は小さい頃から良くも悪くもものをはっきり言ってしまうことが多くて、その言葉が知らないうちに人を傷つけてしまったこともあった。

「そうか。悪い」

怒らせてしまったかもしれないと内心冷や汗をかいてると、影山くんはあっけらかんと素直に謝ってくれた。どうやら特に気にしてないみたいだ。

「最後の問題だけ空欄だけどいいすか」
「佐藤先生、空欄許さないタイプだから間違っても何か書いた方がいいよ」
「うす」

影山くんって、意外と素直でいい子なのかもしれない。私に言われた通り最後の解答欄に書いた「x=5」の文字は年相応の男の子らしくて少し可愛いと思った。


***


「……」

翌日の昼休み、自販機の前で眉間に皺を寄せる影山くんを見つけた。自販機と財布を交互に見て何やら悩んでいる様子だ。

「影山くん」
「!」

昨日の件で影山くんに対する偏見はもうない。後ろから声をかけると思っていたより驚かせてしまって申し訳なくなった。

「お金足りないの?」
「……うす」

いくら?と聞くと20円と返ってきたから自分のポケットから小銭を出して影山くんに渡した。

「いいんすか」
「うん」
「ありがとうございます」

影山くんは10円玉2枚を受け取ると、私に向かって深々と頭を下げた。さっきから何故か敬語だし、影山くんってなんか変に礼儀正しい。同い年だし敬語はやめてほしいんだけどな。
この2日間でクラスメイトの影山くんについてたくさん知ることができた気がする。明日は「おはよう」と挨拶ぐらいしてみようかな。そしてもう少し仲良くなれたら、敬語はやめてとお願いしよう。


***
 

「あの」
「!」

翌日の昼休み、いつものように友達4人で机をくっつけてお弁当を食べているとぎこちない様子の影山くんが近づいてきて、声をかけられたのは私だった。友達の丸くなった瞳が私に集まる。友達だけじゃない、教室にいるクラスメイトの多くの視線が向けられているような気がした。

「……オレ好きですか」
「え!?」
「いちごオレ、好きですか」
「う、うん」

一瞬「俺のこと好きですか」と聞かれてるのかと思ってテンパってしまったけど違った。いちごオレ?何故か影山くんの手にはいちごオレのパックが握られていた。影山くんがよく飲んでるのはぐんぐんヨーグルのはずだ。

「この前のお礼っす」
「え……ありがとう」

この前のお礼って、20円のお礼ってことだろうか。20円のお礼に紙パックの飲み物ひとつって割に合わないのに。影山くんってこういう計算もよくできないのかな、ととても失礼なことを考えつつ、影山くんの厚意としていちごオレはありがたく頂戴した。

「どういうこと!?」
「いつの間に!?」

お弁当を既に食べ終えているらしい影山くんが自主練へ向かった後、私は友達の質問攻めに遭うことになった。興奮してるところ申し訳ないけど期待しているようなことは一切ない。冷静に説明したら友達も納得してクールダウンしてくれた。

「影山くんって彼女いるのかな」
「かっこいいけど……どうだろうね」

影山くんは顔が整っている。入学したばかりの頃はクラスの女子達も色めき立っていたものの、授業中に白目剥いて寝てる姿が露呈してからすっかり落ち着いてしまっていた。話しかけにくい一匹狼的な雰囲気もあって、影山くんの実態を知る者は少なくともクラスにはいない。更に恋愛してるところなんて全然想像できない。影山くんも好きな女の子に対しては顔を赤らめたり男らしくリードしたりするんだろうか。やっぱり想像できなくて、すぐに私は考えることを放棄した。


***


「あの」
「どうしたの?」

その日の放課後、また影山くんに話しかけられた。

「みょうじさん英語得意ですよね」
「あ、うん」

まず私の名前を知ってたことに驚いた。同じクラスとはいえ、影山くんはクラスメイトにあまり興味が無いものだと思っていたから。私が英語得意ってことは何で知ってたんだろう。気になったけど聞けなかった。

「よかったら今日の宿題のとこ、教えてくれませんか」
「うん、いいよ」

更に勉強を教えてほしいと頼まれて驚いた。授業中に寝ちゃうくらいだから影山くんは勉強に熱心なタイプではないはずだ。私の前の椅子に座った影山くんに理由を聞いてみると、部活の東京合宿に行くために赤点を回避しようと頑張っているらしい。

「バレー部だっけ?」
「うす」
「アタックとか打つの?」
「俺はセッターだけど……まあ、たまに打ちます」

バレーのことよく知らないくせに変な質問しちゃったかなと、影山くんの返答を聞いて反省した。セッターはギリギリわかる。トスを上げる人だ。

「ヒー……ハー?」
「HerはSheの目的格。Heの目的格はHimだよ」
「目的格??」
「えっとね……」

正直影山くんの頭脳は私が思っていたよりもやばかった。果たして赤点回避ができるかどうか。でも、頼まれたからには全力で協力してあげたい。苦手な勉強も頑張れちゃう程、影山くんにとってバレーは大切なんだろう。

「ありがとうございます」
「ふふっ」
「?」

私の説明で目的格をなんとなく理解できたらしい影山くんは笑顔でお礼を言ってくれた。影山くんの笑顔を見るのはこれが初めてだったけど、無理して意識的に笑ってくれたんだとわかった。ぎこちないにも程があるし、正直ちょっと怖い。でも私のために作ってくれた笑顔だと思うと可愛らしくも思えてきて、つい笑ってしまった。

「同い年だし、敬語やめてほしいな」
「お、おう」

バレーをやってる時の影山くんはもっと自然に笑ったり喜んだりするんだろうか。チームメイトとはどんな話をするんだろう。もっと影山くんのことを知りたいと思った。


( 2022.11.23 )

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