02
果たして赤葦くんは笑うのか。合宿中、私はそんなことばかりが気になってしまっていた。私に対して笑ってくれないのはまあ当然として、他の人はどうなんだろう。木兎さんや黒尾さんは付き合いが長いはずだ。そう思って今日一日練習風景を観察してみたけど、やっぱり誰を相手にしても赤葦くんの表情は変わらなかった。
「名字さん赤葦に惚れちゃった?」
「え!?」
ぼんやり赤葦くんを見ていたら背後から声をかけられて、振り返るとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた黒尾さんがいた。
「やけに熱視線送ってるじゃん」
「あ……違うんです。赤葦くん、笑わないかなーって見てて」
「うん?」
確かに今日一日赤葦くんばかり見ていたらそう思われても仕方がないのもしれない。私は冷静に否定して、事の経緯を黒尾さんに説明した。
「なるほどねェ……」
「黒尾さんには笑ってくれたことあります?」
「……ないな」
「そうなんですね……」
去年から面識のある黒尾さんにも笑顔は見せていないなんて。私はなかなかハードルが高い目標を設定してしまったのかもしれない。
「でも何でそんな赤葦の笑顔見たいの?」
「え……」
「うちの研磨のは気にならない?」
「あ、確かに孤爪くんの笑顔もレアですね……」
普段笑わない人が笑ってくれるっていうところに価値があるんだと思う。そうなると確かに孤爪くんの笑顔も気になってきた。きっと可愛いに違いない。
「変な話してないで、集合だって」
「ご、ごめん!」
黒尾さんの隣に佇んでいた孤爪に目を向けて笑顔を想像しようとしたらすぐに逃げられてしまった。
***
「ヘイヘイヘーーイ! 名前ちゃんウチの赤葦にちょっかい出してんだってぇ〜?」
「え!? ち、違います!」
木兎さんになんか変な感じで伝わってしまっているのは、十中八九黒尾さんのせいだ。事実じゃないことをそんな大声で言わないでほしい。
「木兎さんは赤葦くんの笑顔見たことあります?」
「え? うーん……? 気にしたことなかった!」
「そ、そうですか」
「いやいや多少笑ってるぞ。試合中とか」
「そうかぁー?」
同じ学校の木兎さんなら赤葦くんの笑顔を見たことがあるだろうと思って聞いたのに、木兎さんはあまり興味がないらしい。代わりに木葉さんが答えてくれた。
「まあ大口開けて笑うタイプじゃねーわな」
「じゃあ誰が赤葦を爆笑させられるか勝負しよ!」
「えっ?」
「あ! おーいあかーしーー!!」
なんだか勝手によくわからない勝負が始まってしまった。
木兎さんはちょうど通りかかった赤葦くんに駆け寄って大きな身振り手振りで何かを伝えているが、やっぱり赤葦くんの表情は変わらなかった。
***
「うーん……」
赤葦くんはどうしたら笑ってくれるんだろう。洗濯物を取り込みながらそんなことばかり考えていた。黒尾さんにも言われたけど何でこんなに気になるのか、自分でもよくわからなくなってきた。
「……名字さん」
「は、はい!」
「これ落ちてたよ」
「あ、ありがとう!」
赤葦くんのことを考えてる時に赤葦くんに話しかけられて変にドキドキしてしまった。落ちていたビブスを拾ってくれただけなのに。
「なんか今日木兎さんがやたら絡んでくるんだけど……名字さんも共犯って本当?」
「!?」
バ、バレてる……!でも共犯にされるのは心外だ。発案者は木兎さんだし、私は特別アクションを起こしているわけじゃない。
「ごめんね……迷惑だったよね……」
「いや、名字さんに何かされたわけじゃないし……ていうか何してるの?」
「え? 赤葦くんの笑顔を見たいなーって思った……ん、だけど……」
「!」
言い終わってから気づいた。もしかして今、結構恥ずかしいことをしてしまったのでは。赤葦くんの表情を窺ってみたら驚いた顔をして、そして口元に手を当てて視線を泳がせた。
「……」
もしかして照れてる……?少し耳が赤いような気がする。
「……見ないで」
じろじろと見ていたら私の視線に気づいた赤葦くんが拾ったビブスを頭にかぶせて目隠しされた。笑顔を見られたわけじゃないけど、照れた顔とその行動に胸の奥がきゅんとした。
***
夏の合宿が終わって、少しは赤葦くんと仲良くなれたと思う。赤葦くんは一見クールそうに見えて無口なわけではない。話しかければ答えてくれるし話題もそれなりに膨らむ。ただし、まだ笑顔は見せてもらえていない。代わりに照れた顔は見られたけど。
「……!」
木兎さんから連絡がきた。黒尾さんから私のIDを聞いたらしく、合宿が終わった直後からちょくちょく連絡をくれる。内容はいつも同じ、赤葦くんの画像だ。今日はおにぎりを食べてる赤葦くんをくれた。か、可愛い……。私の指は自然と保存ボタンを押した。
合宿中に赤葦くんの笑顔を見たいなんて私が零してしまったことが原因で、黒尾さんが木兎さんと結託していろいろと世話をやいてくれるのがなんだか申し訳ない。そういうことではないんだけどなあ。
確かに照れた赤葦くんを見てきゅんとしたのは事実だし、このおにぎり食べてる赤葦くんも可愛いと思う。でも好きとかではなくて、これは単なる好奇心なんだと思う。
「!」
赤葦くんの画像を見てニヤニヤしていたら木兎さんから電話がかかってきた。
「はい!」
『名字さんごめん、木兎さんから変な写真送られてきてるでしょ』
「あ、赤葦くん?」
『うん』
木兎さんの携帯から電話をかけてきたのは赤葦くんだった。多分私に写真を送ってることがバレて携帯を取り上げられてしまったんだろう。そのことに関しては私も共犯だから赤葦くんが謝ることではない。
「変な写真じゃないよ。色んな赤葦くん見れて嬉しい」
『……』
木兎さんをフォローしなきゃと思って出た言葉は思いのほか恥ずかしいものになってしまい、電話口の赤葦くんも黙ってしまった。電話の向こうで、どんな顔をしてるんだろう。
『まさか保存してないよね?』
「えっ……」
『……はあ』
図星をつかれて言葉に詰まったらため息をつかれてしまった。保存してることもバレた。きもいって思われたかもしれない。
「あ、別に私が頼んだわけじゃないよ?」
『うん、それはわかってるよ』
『赤葦返せよーーー!!』
「あ……」
電話の向こうで木兎さんが携帯を取り上げたのがわかった。せめてもの弁明はできて良かった。これ以上こっそり写真もらうのはよくないし、今度は直接連絡をとってみたいな。次の合宿で連絡先を聞こう。
***
「名字ちゃんウェーイ」
「え?」
カシャ
部活の休憩時間にいきなり黒尾さんに写真を撮られた。不意打ちだったから全然顔を作れていない。きっと素っ頓狂な顔をした私が写ってしまっただろう。
「どうしたんですか?」
「んー?」
私の質問はそっちのけで黒尾さんはニヤニヤとスマホを操作している。何してるんだろう。覗き見たいけど黒尾さんの背が高くて全然見えない。
「赤葦とはどう? 順調?」
「え? 特に何も」
「またまたぁー!」
何か勘違いされてる気がする。
「付き合ってんじゃないの?」
「そんな! 付き合ってませんよ」
「え?」
「え?」
黒尾さんと会話がかみ合わない。どうしてかはわからないけど、黒尾さんは私が赤葦くんと付き合ってると思ってるみたいだ。赤葦くんとはあれ以来連絡さえ取ってないのに、どうしてそう思われたんだろう。
「まあいいや。ねえ、インカメどうやんの?」
「え? ここ押して……」
「おーなった。はい名字ちゃんピースピース!」
「えっ、あ、はい」
カシャ
今度は何故かインカメで黒尾さんとツーショットを撮った。そしてまたすぐにスマホを操作する黒尾さん。意外とSNSとかやるタイプなのかな。
「赤葦がさ、名字ちゃんの写真欲しいんだって」
「……!?」
スマホを操作しながら言われた言葉に衝撃を受けた。じゃあ今まさに撮った写真を赤葦くんに送っているということですか。絶対変な顔してた、恥ずかしい。
「だから付き合ってると思ったんだけど?」
「ち、違います! あー……きっと仕返しだ……!」
「仕返し?」
赤葦くんだって私の写真が本気で欲しいなんて思っていないはず。知らないところで自分の写真が他人の手に渡る恥ずかしさを味わわせてやるってことなんだろう。
「木兎さんが私に赤葦くんの写真を送ってくれて、ありがたく貰ってたことが赤葦くんにバレちゃって……」
「ふーん……おっ」
「?」
「はは、『ツーショットは腹が立つのでいらないです』って言われちゃった」
「!」
黒尾さんが見せてくれた赤葦くんとのトーク画面には確かにそう書いてあった。何でツーショットは腹が立つの。そんな事言われたら変に意識してしまう。
「赤葦の連絡先教えてあげようか?」
「こ、今度、自分で聞きます……」
( 2019.4-6 )
( 2022.7 修正 )
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