01
高校の時に付き合った彼氏とは、大学生になって会う機会が減ってすぐ別れることになった。友達だと思っていた男の子に初めて告白されて嬉しかったからっていうのがきっかけだった。好きだと思ってたけど別れを切り出された時にあまりショックを感じなかったから、そこまで好きじゃなかったのかもしれない。後腐れなく終われて良かったとは思う。
"とりあえず付き合ってみよう"はもうやめる。次は最初から好きだと思える人と付き合いたい。ドキドキするような恋をしようと決意した。
『赤葦って絶対名前のこと好きだよね!』
そんなことを考えた時、中学の時のことを思い出した。
『いやいや……』
『名前のことめっちゃ見てるもん』
『でもあまり話したことないよ』
クラスメイトの赤葦くんは物静かで真面目な男の子で、目立つタイプではなかった。あまり話したこともなかったから友人に言われてもいまいちピンとこなかったけど、意識し始めたら確かによく目が合うことに気が付いた。でも本当にそれだけで、目が合ってもすぐに逸らされてしまうし赤葦くんから話しかけられることもなかった。席替えで後ろの席になってもそれは変わらなかった。
『赤葦くん、消しゴム落としたよ』
『……ありがとう』
赤葦くんとしっかり目を合わせて会話したのはこのくらいの記憶しかない。なんてことないやりとりだったにも関わらず今でも憶えてるのは、前に向き直った赤葦くんの耳がすごく赤かったからだ。それがわかった時、直接「好き」と言われたわけでもないのにすごくドキドキしたのを憶えている。
まあ、それ以降も特に何事もなく卒業して違う高校に進学したんだけど。
「名字さん……だよね」
「赤葦くん……?」
そんな赤葦くんと大学生になって再会するなんて。
本屋のバイトでレジに入ってる時、文庫本2つを持ってきた男の人に名前を呼ばれて吃驚した。そこには身長も伸びて大人っぽくなった赤葦くんが立っていた。
「うん、久しぶり」
私が名前を呼ぶと赤葦くんはにっこりと笑った。私の記憶の赤葦くんはいつも無表情だったから笑顔を見たのはこれが初めてかもしれない。数年会わない間に表情が豊かになったみたいだ。
「バイト何時まで?」
「19時までだよ」
中学の時に好かれていたかもしれないと言って、大学になった今でも好かれてるなんてことはありえない。普通に考えればそうなんだけど、レジを去った赤葦くんの耳が赤く見えてしまって変な期待をしてしまった。思わぬ再会に私の心臓が煩く脈打つのを感じた。
***
「お疲れ様」
「!?」
バイトを終えて裏口から出るとそこに赤葦くんがいて、また驚かされてしまった。何でいるの。確かにバイトの終わり時間を聞かれてちょっと疑問に思ったけど、まさか待たれてるなんて思わないじゃん。
「どうしたの?」
「連絡先聞こうと思って。いい?」
「え、あ、うん」
私の連絡先を聞くために1時間くらい待ってくれていたんだろうか。赤葦くん平然としてるけど、バイト終わるまで待って連絡先聞いてくるなんて普通しなくない?
「じゃあ私コード出すね」
「……どうやるの?」
「あ、ここ押して……」
「……ありがとう」
高校3年間で飛躍的にチャラくなったのかと思ったけど、だとしたらトークアプリの操作に慣れていないのはおかしいし、私の連絡先を手に入れてどことなく嬉しそうに見えるのもおかしい。
「家中学の近くだったよね。送ってく」
「え……あ、ありがとう」
何で私の家知ってるの。
中学の時のことがあって、待ち伏せされて連絡先を聞かれたうえに家まで送ってくと言われたらどんなに鈍い人でも「もしかして」って思うはずだ。それでもいまいち確信が持てないのは赤葦くんのテンションが淡々としていることと、赤葦くんが今更私を好きになる要素に思い当たるものがないことが原因だと思う。
***
「じゃあ、また」
「うん。送ってくれてありがとう」
「全然。こちらこそありがとう」
帰り道は高校の時のこととか大学のこととかを話した。久しぶりに会った友人とするような普通の会話だった。
送ってくれたことに対して私がお礼を言うのは当然として、赤葦くんは一体何に対してのありがとうなんだろう。いや深く考えてはいけない。
「えっと、気を付けてね。おやすみ」
「……うん」
赤葦くんは私が玄関を閉めるまでしっかり見送ってくれた。最後の最後ではにかんだように見えたのは気のせいだったんだろうか。
なんとなく気になって、自分の部屋の窓から赤葦くんをこっそり見送る。赤葦くんは少し歩いた後、電柱に額をあてて動かなくなってしまった。傍から見たらちょっと心配してしまう光景だ。
もしかして、またあの時みたいに耳を赤くしてるんだろうか。そう考えると胸がドキドキと煩くなった。
***
「あの子さ、絶対名字さんのこと好きだよね」
「!」
バイトの先輩に中学の友人と全く同じことを言われた。先輩の目線の先には文庫本コーナーに佇む赤葦くんがいる。先日声をかけられた時、先輩も近くにいたから赤葦くんが中学の同級生だということは説明してある。
「そんな風に見えます?」
「うん。だって名字さんのことすごく見てるもん」
「……」
赤葦くんはあれから週に1,2回、私がバイトする本屋に来るようになった。でもそれは別に私がどうこうとかじゃなくて、単に本を読むのが好きだからじゃないのかな……あ、目が合った。隣の先輩が小声で「ほら」と言ってきたけど、文庫本を手に持ってるから普通にレジに並ぼうと視線を向けただけだと思う。
「あ、私この作家さん好き」
「!」
「これ面白いよー」
「……そうなんだ」
赤葦くんがレジに持ってきたのは私の好きな作家さんの最新作だった。気合入れて私自身が売り場を作ったから、こうやってお客さんの目にとまって手にとってもらえるのはすごく嬉しい。
「他にオススメある?」
「この作家さんだったら『夜長』が好きだなー」
「へえ……ごめん、それも持ってきていい?」
「あ、私持ってくるよ。恋愛小説だけどいい?」
「うん」
私も本を読むのは好きだ。自分が好きなものを肯定してもらえるのは嬉しい。赤葦くんも気に入ってくれるといいな。
***
「お疲れ様」
「ど、どうも」
店員とお客さんとして赤葦くんとのやりとりは終えたはずなのに、今日も待たれてた。別に私は送ってほしいとは言ってない。一歩間違えばこれ、ストーカーと思われても仕方ないのでは。まあ嫌じゃないからいいんだけど。
「あ、大事なこと聞くの忘れてた」
「なに?」
「名字さん彼氏いる?」
「いないけど……」
「そう、良かった」
急展開すぎて頭のどこかで「そんなわけない」と否定してきたけど、これはもう決定的なのかもしれない。彼氏の有無を確認して「良かった」なんて言われたら意識しない方が無理だ。赤葦くんは平然とした顔で結構すごいことを言ってくるからどう反応すればいいのかわからない。
「えっと……よく私のこと憶えてたね」
「そりゃ憶えてるよ。初恋だったし」
「へー……え!?」
気恥ずかしくて別の話題を振ってみたら墓穴を掘ってしまった。まさか本人の口からこんなあっさり言われるなんて思ってもみなかった。
「気付いてなかった? 我ながらわかりやすかったと思うんだけど」
「わかりやすくは、なかったよ……」
決してわかりやすくはなかった。だって見られてただけだもん。私だって友達に言われて少しくらい意識してたのに、今みたいに連絡先を聞かれることも一緒に帰ろうって誘われたこともなかったから、可能性を打ち消していた。
「じゃあ今は?」
「え……」
「結構アピールしてるつもりなんだけど……伝わってる?」
「えっと……」
「もっとわかりやすくした方がいいか……」
「つ、伝わってる! 伝わってます!」
「そう……良かった」
これ以上わかりやすくされたら一体何をされるかわからない。慌てて肯定したものの、果たして結果的に良かったのだろうか。
( 2020.5-6 )
( 2022.7 修正 )
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