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04

 
夕方5時頃。部活後、私はいつもより念入りに汗拭きシートで体中を拭いた。鼻を腕に近付けて最終確認……うん、汗臭くないはず。
ロッカーの中に入れたお気に入りの紙袋を手に取ると、いよいよかと緊張してきた。この中には先日角名くんに貸してもらったタオルが入っている。今日はこの後角名くんと合流して、このタオルを返さないといけない。
ちなみに角名くんのラインのIDは私が聞く前に侑くんから送られてきた。「報告よろしく」という最後の一文は見て見ぬフリをした。思いがけず角名くんの連絡先を聞くことができたし、学校がない夏休みにこうやって角名くんと会えるのは素直に嬉しい。

「お、お疲れ様」
「うん、ひつじさんもお疲れ」

ドキドキしながら待ち合わせ場所に行くと既に角名くんが立っていた。角名くんの練習着を見て、この前侑くんに水をかけられた時のことを思い出す。あの時はバレー部の人達で水浴びをしていたようで、みんな上半身裸で目のやり場に困った。特に角名くんと目が合った瞬間、真っ赤になってしまったのが自分でもわかった。階段を踏み外してしがみついてしまった時にわかっていたけど、しっかりした腹筋を目の当たりにしてどうしようもなく照れてしまった。
あかん、こんなこと考えてたらまた赤くなってしまう。意味のわからんところで赤面なんかして、角名くんに変に思われたくない。

「タオルありがとう」
「うん。……あれ、これは?」
「あ……大したことないんやけど、お礼」
「そっか、ありがとう」

そのままタオルだけ渡すのはそっけない気がして、紙袋の中にはクッキーも忍ばせておいた。どこにでもある市販のクッキー。手作りは重すぎるかなとか、ちゃんとしたやつでも気合い入れすぎかなとかグルグル考えた結果、どこのコンビニにも売っているコレになった。

「えっと……」

たくさん悩んで準備したのにあっという間に用事は済んでしまった。この後どうすればええんやろ。これでバイバイするのもなんか変な感じするし、せっかく休みの日に角名くんに会えたんだからもう少し一緒にいたいっていうのが本音だ。

「せっかくだし送ってく」
「あ、ありがとう!」
「……フフ、嬉しそうだね」
「!」

そんなことを考えていたら角名くんから嬉しい申し出があって、つい食い気味に反応してしまった。嬉しそうと本人から指摘されてものすごく恥ずかしい。図星だから何も反論できず赤くなった顔を伏せることしかできなかった。
角名くんはいったいどこまで気付いてるんだろう。私が角名くんのことええなって思ってることはもうバレちゃってるのかな。伏せた顔を恐る恐る上げてみると角名くんがこっちを見ていた。にっこりと笑った角名くんの顔は心臓に悪い。

ドン!

どんどん煩くなっていく私の心臓の音を大きな音がかき消してくれた。内臓に響くこの音は花火の音だ。

「……お祭り?」
「そんな時期やねえ」

そういえば、毎年夏休みにこの辺で地域のお祭りがあった気がする。そこまで大きなお祭りじゃないけど神社を中心に屋台が並んで、花火もそれなりに上がる。近くの中高生にとっては十分な規模だ。

「ふーん……ひつじさん行ったことある?」
「小学生の時に友達と言ったんが最後やなあ」

小さい頃は毎年近所の子とか学校の友達とかと一緒に行っていたな、懐かしい。最近は人混みが嫌だからって遠くから花火を眺めるくらいで会場に赴くことはなくなった。

「行ってみよっか。腹減ったし、何か食いたい」
「う、うん!」

角名くんからの嬉しいお誘いに舞い上がって、食い気味に返事をしてしまった。そんな私を見て角名くんが優しく笑う。角名くんがこんなにたくさん笑う人だなんて知らなかった。


***


タオルを返すために待ち合わせしただけなのに、角名くんと一緒にお祭りに行けるなんて。こんなんデートみたいやんか。
久しぶりに会場に来てみたけど、いろんな屋台がズラリと並んでいてたくさんの人で賑わっていた。稲校生もチラホラ見かける。2人でいるとこ見られたら、付き合うてると勘違いされてしまうかもしれない。私は正直そう思われても満更じゃないけど、角名くんにとって迷惑にはなりたくない。とは思いつつも、角名くんと一緒にお祭りに行くという誘惑には勝てなかった。

「何食べる?」
「お祭りっていったらやっぱ焼きそばかなあ」
「いいね。焼きそばの屋台どっかにあったな」
「さっき通り過ぎたと思う」

あくまでも目的は部活で空になったお腹を満たすため。デートみたいだと浮かれる邪心に言い聞かせる。
私もさっきまではお腹ペコペコだったのに、角名くんの隣で緊張しているせいか今は全く空腹を感じなかった。お腹というより胸がいっぱいなのかもしれない。提案したものの、焼きそばなんて食べられる気がしなかった。

「あっ、ごめんなさい!」

そんなことを考えていたらすれ違う人と肩がぶつかってしまった。私は咄嗟に謝って、相手の男の人も軽く頭を下げてくれた。いい人でよかった。
地元の小さなお祭りといえどもそれなりの人混みで、ちょっとでもよそ見をしたら今みたいに人にぶつかってしまうし、逸れてしまうかもしれない。バッグの端の方、持ったら角名くん迷惑やろか。

「ん」
「!」

何もストラップの付いていないバッグを見ていた私の視界に映ったのは角名くんの掌。私に向けて差し出されてるってことは、握ってもいいよってことだろうか。

「いやいやそんな……!」
「ひつじさんまた転んでパンツ披露しそうだし」
「きょ、今日ズボンやし!」
「はは、そうだね」

角名くんが笑う度に胸のどこかがきゅうっとなる。多分だけど、角名くんはいつもニコニコしてるようなタイプではない。角名くんが笑う時、切長の瞳が緩やかに弓形になることを知っている女子は少ないんじゃないだろうか。あわよくば、私だけであってほしい。
いつまでも動こうとしない私に痺れを切らしたのか、角名くんが私の右手をグッと引いてきた。私の右手と角名くんの左手が繋がれる。冷たくて、大きい。

「や、やっぱ、チョコバナナにする……」

こんなんドキドキしすぎて焼きそばなんて食べられない。


***


「みょうじちゃん昨日見たで〜!」
「!?」

翌朝、昨日の余韻に浸りながら校門をくぐった瞬間、背中をバシバシと叩かれて夢見心地から目が覚めた。侑くんだ。ニヤニヤ顔の侑くんに見られた昨日の出来事に、思い当たる節はひとつしかなかった。

「な、何を……」
「角名とデートしてたやん!やるぅー!」

万が一の可能性に賭けてとぼけてみたけど無意味だった。ばっちり見られていた。

「デートと違くて!タオル返すために会って、たまたまお祭りやってて、たまたまお腹空いとって……!」
「手ェ繋いでたのに?」
「!!」

まさかそんなところまで見られていたなんて。侑くんに言われて、また角名くんの手の温度と感触を思い出してしまった。もういろんな意味で恥ずかしい。

「恥ずかしがることないんやで〜。角名のこと好きなんやろ?」
「……うん」
「え? 何て??」
「……」

また侑くんの悪い癖が出た。角名くんのことが好きという事実を改めて突きつけられて私が小さく頷くと、侑くんは耳に手を当ててわざとらしいジェスチャーをしてきた。

「ほらほら言うてみ!スッキリするから!」
「……すき」

半ば脅されて私は角名くんへの気持ちを口にした。もはや不良に絡まれてる気分だ。望み通りの言葉を聞くと侑くんは満足そうににっこりと笑った。確かに、口に出してみたら少しスッキリしたかもしれない。

「スッキリしたや……アッ」
「?」

私の頭をぽんぽんと撫でていた侑くんが急に固まってしまった。どうしたんだろうと見てみるけど侑くんの視線は私の目とはちょっとズレているように感じる。その視線を追って後ろを振り返るとギリギリ人影が校舎裏に消えてくのだけが見えた。友達でも見つけたのかな。

「すまんみょうじちゃん……角名に誤解させてまったかもしれん……」
「え?」
「今のやりとり、多分角名に聞かれた」
「!」
「みょうじちゃんが俺に『好き』言うとるって思われたかも……」
「!?」

さっき校舎裏に消えた人影は角名くんだったらしい。その事実を踏まえた上でさっきの自分の言動を振り返って、事の重大さを理解した。私が侑くんに告白したんだと勘違いされてたらどうしよう。

「わ、私っ……誤解、解いてくる……!」
「おん! 頑張りやー!」

角名くんにだけは誤解されたくない。誤解されてしまうくらいだったら「角名くんのことが好き」と素直に伝えた方がいいに決まってる。私は校舎裏に消えた角名くんを追った。

「あっ、角名く……ッ!?」

少し走ったところで角名くんの後ろ姿を見つけて、そのまま駆け寄ったら焦ったせいか足がもつれて転んでしまった。

「……」
「……」

地面に手と足をつく私とそれを見下ろす角名くん。角名くんの前で転ぶのは未遂も含めたらこれで3回目だ。自分の鈍くささを嘆きながらも、まずはパンツが見えてないか確認した。うん、大丈夫。

「プッ……ひつじさん、それ狙ってないよね?」
「あはは……痛い……」

角名くんは呆れたように笑って私の手を引いて立たせてくれた。掌を重ねた時に昨日のことがフラッシュバックする。2日連続で角名くんの手に触れられるなんて、こんな幸せなことあっていいんだろうか。

「あ、あああの……!」
「ん?」

きゅんとしてる場合じゃない。私は誤解を解くために走ってきたんだ。

「わ、私が好きなのは、角名くんやからっ……!!」
「うん、知ってる」
「え!?」

私の一世一代の告白に対して角名くんは冷静に「知ってる」と言い放った。どういうこと?誤解されとらんやん。侑くんの話と違う。

「俺のこと好きになってくれてありがとう。俺もみょうじさんのこと好きだよ」
「え、あれ……え!?」

想定外の連続に私の粗末な頭がついていけない。誤解はされてなかった。それは良かった。そして角名くんも私のことを「好き」と言った。それはつまり両想いというわけで……え?ていうか今初めて「ひつじさん」じゃなくて名前を呼ばれた気がする。

「これからよろしく」
「あっはいこちらこそ!」

事態を把握できた頃、私は角名くんと付き合うことになっていた。



( 2018.9-10 )
( 2022.5 修正 )

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