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01

 
朝練に行くために毎朝だいたい6時ちょっと前に起きて7時過ぎくらいには学校に到着している。俺も侑も早起きは得意な方ではないけれど、バレーのためならと目が覚めるから不思議なもんや。
その日はたまたま一本早いバスに乗れて、いつもより10分くらい早く学校に着いた。侑は寝坊したから置いてった。
たった10分早いだけなのに、体育館までの景色がなんとなく違うように感じた。朝の澄んだ空気を肺いっぱいに味わいながらのんびり歩いていると、何でかいつも素通りしていた弓道場が気になった。この時間だと弓道部もまだ集まらんらしい。いつもだったらトントンと矢が的に当たる音が聞こえている。
なんとなく網越しに中を覗いてみたら一人だけ人がいた。道着を着て静かに座っているのは髪をポニーテールにまとめた女子だった。目を瞑って微動だにしない時間が続く。不思議に思ったけど、なんとなくその行為には意味があるんだと思った。

「!」

向こうが目を瞑ってんのをいいことにまじまじと見ていたら何の前触れもなく静かに目を開いた。その凛とした視線は真正面を見据えていて俺は映っとらんのに、何でかドキッとして息を止めた。呼吸の音さえも聞こえてしまうんじゃないかと思った。

「……」

目を開けたその人はゆっくりと立ち上がって弓を構えた。その間も視線は真正面を見据えている。ゆっくり弓を引く動作に見入っていたら、いつの間にか矢が放たれていた。直後、トンと矢が的に当たる音が聞こえた。ど真ん中や。
所詮高校生の部活動のほんの一部。そのはずなのに俺はなんだか普通の人間は見てはあかん、神秘的な儀式を見てしまったような……そんな不思議な感覚に陥った。

朝見た弓道部員の正体はすぐにわかった。何故なら同じクラスだったから。名前はみょうじさん。今日のHRの出欠で確認した。喋ったことはない。でも関東出身の子だってことは知っていた。なかなかおらんし、標準語だし。
授業中にチラリと盗み見た教室のみょうじさんは背筋をピシっと伸ばして前を向いていた。その横顔はやっぱり凛としていて素直に綺麗やなあと思った。


***


『治くん』

みょうじさんが俺の名前を呼んだ。たったそれだけのことなのに、みょうじさんの小さくて赤い唇から出るとそれがものすごく特別な言葉のような気がした。
……そんなことを考えたのは今朝の夢の中。そらそうや、みょうじさんとはろくに話したこともないのに俺の名前呼ぶなんてことあるか。昨日存在を認識したばかりのみょうじさんを夢に見て、しかも名前を呼んでもらうとか何を考えとんねん俺。

「……」

今日も一本早いバスに乗った俺は弓道場を横目にのんびり歩く。そしてみょうじさんが2本矢を打つのを見てから体育館へ向かう。今日もど真ん中や。かっこええ。
侑がいなくてよかった。アイツがおったら煩くて、きっとみょうじさんの邪魔をしてまう。

話したことはないけど、みょうじさんはどっちかというと優等生だと思う。スカートは校則の膝下。髪の毛はきっちりポニーテール。授業態度は真面目。勉強も多分、俺よりはできる。運動はどうなんやろ。今日の体育でのサッカーの様子を見ている限り運動神経抜群って感じではなさそうだった。ボールをつま先で蹴っとったし、変な方向飛んでいってた。走る度に揺れるポニーテールがなんかかわええと思った。てか肌めっちゃ白い。俺も室内スポーツだから黒くはないけど、やっぱ女子の白さって特有の良さがあんねんな。うなじ、ええなあ。

「治が女子の方を見とる!」
「珍し!巨乳の水島さん!?」
「……誰?」
「いい加減クラスメイトくらい覚えろや!」


***


今日もみょうじさんが夢に出てきた。夢の中のみょうじさんは体操服姿で俺の目の前にいて、俺は夢なのをいいことに不躾にその肌を触っていた。柔らかい。すべすべしとる。これ本当に夢なんか。

『ふふ、くすぐったいよ治くん』

するとみょうじさんははにかんで、逃げるように身じろいだ。本物もこんな風に笑うんやろか。
みょうじさんの夢を見ると必ずいつもより早く起きた。結果、一本早いバスに乗ることになってみょうじさんの朝練を見届けてから練習を始める……いつの間にかそれが日課になってきた。
そういえば弓道ってどんなルールなんやろ。的に当てるってのはわかるけど、どうやって勝敗つけんのかとかわからんな。暇な時ググってみよかな。

「席替えすんぞー」

担任の声にクラスがざわつく。もうそんな時期か。今の席は前の方だからもう少し後ろに行きたい。後ろの田中が「治でかくて黒板見えん」とか言いよるし。でかい奴は後ろってもう決めてまえばええのに。

「……」

くじを引いた結果、俺は希望通り一番後ろの席を獲得した。頭の片隅で考えとったみょうじさんと隣の席になるという漫画的展開は起きることはなかった。でも前よりかは近いな。みょうじさんは隣の列の3個前。見やすい位置や。
あ、隣の女子と話して笑とる。夢で見た笑い方とおんなじや。俺の想像力すごないか。


***


今日の夢はやばかった。

『ん…治くん……』

俺はみょうじさんとキスをしていた。やば、何これ。目を瞑って俺に身を委ねるみょうじさんを見てると、なんかもうめちゃくちゃにしてやりたいと思ってしまった。

『んっ……』

小さな唇を咬みつくように貪るとみょうじさんから苦しそうな吐息が漏れる。ものすごく悪いことをしてるみたいでドキドキした。でもやめたない。俺の手でもっとみょうじさんを乱したい。

「……」

ってとこで目が覚めて、とんでもない罪悪感に襲われた。そんな夢のせいでいつもの時間になりつつあったバスを一本逃した俺はバス停から学校まで走った。もう練習終わってしまったやろか。少し息を切らして弓道場まで辿り着くと、ちょうどこれから矢を放つところだった。間に合った。

「……!」
「!」

みょうじさんが矢を打つ前の一瞬、俺の方を見た。その後すぐ飛んでった矢は的には当たったけどいつもと比べると随分端っこの方だった。
やば、いつもより息上がってたからか気付かれてまった。集中力が途切れたんや。邪魔してまった。侑ならこんなんキレとるわ。謝った方がええんかな。でも今まで話したこともない俺が急に話しかけたらびっくりさせてしまうかも。つーか、俺が朝練覗き見てたって時点で引かれてないやろか。いやそもそも俺のこと知っとんのか?
……朝練終わってから考えよ。


***


結局朝から昼になるまで話しかけられなかった。だって今まで話したこともないのに急に話しかけたらみょうじさんはもちろん、周りも何事やってなるやろ。向こうも別にいつも通りだったし、特に気にすることもなかったんかな。

「!」

昼休みは残り10分。飲み物を買いに自販機のとこまで行ったらみょうじさんがいた。なかなか手がボタンに伸びないから悩んでるんやろか。ここで話しかけられなかったらヘタレ決定や。

「みょうじさん」
「あっ……ごめんね、私まだ決められてないから宮くん先にどうぞ」

当たり前だけど本物のみょうじさんは俺のことを名前ではなく名字で呼んだ。みょうじさんの声はなんだかすごく柔らかかった。音読とかで声自体は聞いていたけど、近くで聞くとまた違ってええな。
みょうじさんが自販機の前を譲ってくれたから俺は予め用意してあった120円を入れていつものボタンを押した。

「今朝ごめんな」
「え?」
「朝練邪魔してまった」
「あ……ううん、そんなことないよ。私の集中力が足りなかっただけだよ」

やっと言えた。なんとなくみょうじさんは「そんなことない」って言ってくれると思っていたけどその通りだった。ええ子や。

「ルーティンてあるもんな。悪いことしたって朝から気にしとってん」
「本当気にしなくていいよ。えっと……宮くんはバレー部だよね」
「うん」
「全国大会いくんだよね?すごいなあ」

話したことないのに俺がバレー部ってこと知ってくれてたんか。まあ比較的有名である自負はあるけど、それでも嬉しかった。

「弓道ってウチ強いん?」
「うん、名門だよ。弓道やるために私こっちに来たんだ」
「出身どこ?」
「神奈川だよ」
「そら遠いとこから」
「ふふ、うん」

あ、笑た。かわええな。
今まで遠い存在だと思っていたみょうじさんが俺の前で表情を動かしてくれるのが嬉しい。何か俺ファンみたいやな。

「……飲むもん決まった?」
「あっ」

笑た顔が可愛くて言葉に詰まった俺は誤魔化すように話題を戻した。はっとするみょうじさん。忘れてたんやな。みょうじさんは恥ずかしそうにはにかんだ。かわええ。

「宮くんは何にしたの?」
「ぐんぐんグルト」
「……それ以上身長伸ばすの?」
「伸びるとこまで伸ばしたろ思て」
「ふふ、2メートル超えたらすごいね」
「2メートルか……私生活がめんどくさそうやな」

普通にみょうじさんと喋ってるという、少し前までは考えもしなかった現実がむず痒い。朝練の時のみょうじさんのイメージが強くて、なんとなく気軽に話しかけちゃいけない雰囲気を勝手に感じとっていたけど、こうやって話してみると普通の女の子や。

「じゃあ今日は私もぐんぐんグルトにしよう」
「お、真似された」
「うん、真似っこ」

今度はいたずらに笑った。何やそれ可愛すぎか。



( 2018.2-5 )
( 2022.7 修正 )

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